朝日昇る頃に
「……んぁ?」
閉じていた目を、開く……落ちていた意識が、徐々に覚醒していくのを感じる。ここは……教室か。朝日が、差し込んできている。
そうだった、俺は学園内の一室を休憩場所に選んで……壁を背にした状態で、いつの間にか寝てしまったのだ。
肩に、重みを感じた。そちらを見ると、そこには無防備な寝顔をさらした、ノアリの顔があった。並んで寝て、もたれかかってきたのか。
周囲に、人の気配は……ないな。寝る前は、少なからず人はいたはずだが……夜のうちに、どこかに移動したのか。こんな状況で、深くは眠れなかったのか、場所を移したってとこか。
「すぅ……」
「気持ちよさそうに寝ちゃって、まぁ」
こんな状況でなければ、その寝顔を目に焼き付けた後、起きたノアリをしばらくからかってやるつもりだが……さすがに、この状況でそんな気は起きない。
せめて、目を覚ますまでおとなしく肩を貸してやろう。そう思っていたところへ……
「ん……ん?」
規則的な寝息が途切れ、うっすらとノアリの目が開いた。その瞳はぼんやりとしており、正面を虚ろな視線で見つめている。
寝起きで、頭がぼーっとしているのだろう。
「よぅ、起きたか」
「……」
呼びかけても、返答はない。そのまま数秒が経ち……ノアリの首が動き、視線が俺を捉えた。
なんだろう……俺は寝起きのノアリの表情を知っているわけではないが、それでも、その瞳はどこか虚ろげで、俺を見ているようで見ていない……
「っ!?」
それは、突然のことだった。背中を、打ち付けたような衝撃。いや、実際に打ち付けたのだ。
背もたれにしていた、壁に……ではない。床にだ。床に……押し倒された。
誰に……? そんなの、考えるまでもなく……今、俺の上に、いる人物だ。
「ノ、アリ……?」
そこに、ノアリがいた。俺の両肩を、それぞれの手で掴み、俺を床に押し倒した。それは、強い力ではない……思わぬノアリの行動に、すっかり反応ができなかった。
ノアリは俺を押し倒したまま、相変わらず虚ろな瞳で俺を見下ろしている。しかも、もぞもぞと動いて……俺の腹の上に、乗っかるように、体を移動させる。
「の、ノアリ、さん……?」
「……」
その、あまりにも突拍子もない行動に、完全に反応が遅れる。なんとか呼んだ名前にも、反応はない。
これは、ただ寝ぼけている……だけじゃ……?
「って、おい!?」
あまり正気とは言えないノアリの姿。その原因を考えていたが、思わず思考が途切れてしまう。目の前の光景が、一変したからだ。
俺を押し倒した状態のノアリは、あろうことか自らの服に手をかけていた。そして、そのままなんの抵抗もなく、脱ぎ始めた。
「うぉあぁああ!?」
その、突拍子もないどころの話じゃない光景に、俺は大声で叫びそうになった……が、なんとか声を押し殺す。大声を上げて、それに驚いた誰かが来て、もしこの姿を見られたら……
それだけは、なんとしても避けなければ! とはいえ、このままというわけにもいかない。
カッターシャツのボタンを外し、桃色の下着がチラチラと露になる。シャツのボタンをすべて外したところで、再び俺の両肩を掴む。
しまった、黙って見てないで抵抗していれば……いや、こうして乗られているだけなのに、体が動かせないほどの重量感が襲ってくる。ノアリの体重がこれほど重いはずもないのに!
そのままノアリは、俺の顔に自らの顔を近づけてくる。改めて見ると、整った顔立ちは大人としての魅力も見て取れる。
「って、そうじゃない! 離れろノアリー!」
普段ならばともかく、今のノアリは明らかにおかしい。なんとかやめさせようとするが、身も動かせない状態ではたいした抵抗にもならない。
その、整った顔が眼前に迫り、お互いの鼻先が触れ合った瞬間……
「ななな、なにしてるんですかぁ!?」
「!」
その場に、悲鳴のような声が響き渡った。ふと、ノアリの動きも止まる。
同時に、声の方角……教室の入り口へ目を向けると……
「み、ミライヤ……!」
そこには、ミライヤがいた。助けが来てくれた、という気持ちと、見られた、という気持ちとが交錯する。
今の状況は、俺がノアリに押し倒されている……しかも、ノアリはシャツのボタンを外した上で、肩まではだけてしまっている。綺麗な金髪は艶めかに光り、なにより俺に迫っていた。
それだけで、言い訳のしようもない状態だ。
「いや、ミライヤ、これはちが……わない、というか、俺もよくわかっていないと、いうか……!」
「む……おぉ」
固まるミライヤの後ろから、クルドが顔を覗かせる。クルドにまで見られた!
驚きに固まるミライヤ、そしてなぜか感心した様子で顎を撫でているクルド。やっぱりこれ勘違いされていないか!?
「ふむ、なるほど……おそらくこれは、竜族の本能が自我を上回って……」
「なにをのんきに解説しているんですか! ノアリ様だめです!」
クルドはなぜかこの状況に一定の納得を得ているようだ。そんなことより、とりあえずこの状況をどうにかしてほしいんだが!
ミライヤはミライヤで、顔を真っ赤にしたまま、俺たちに……ノアリに、突っ込んでいく。俺の上からノアリを退かせようと、両手を前に突き出して。
しかし、俺でもどうしてかノアリを退かせられない。体重云々の話ではなく、まるで岩のようだ。
そんな状態のノアリを、ミライヤの細腕で弾き飛ばせるはずもなく……
「っ!?」
……しかし、その想定とは裏腹に、俺の上から重みがなくなった。それは、ミライヤがノアリを突き飛ばしたからだ……そう、突き飛ばしたのだ。
どれほどの力で……いや、ミライヤならば本気でどついたところで、今のノアリを弾き飛ばせはしないだろう。だが、現実としてミライヤはノアリを突き飛ばした。
油断していたのか、それとも予想だにもしていなかったのか……ノアリは弾き飛ばされ、近くの机に衝突して散らかす。
「ノアリ……は、無事みたいだな」
あの程度なら、ノアリは怪我をしてはいないだろう。
なんにせよ、助かった……
「ミライヤ、助かっ……」
「不潔です!」
「ぶへーい!?」
ミライヤに礼を告げようとしたところ、その勢いのままにミライヤに頬を叩かれた。鋭い一撃だった。
頬が、ヒリヒリ……いやビリビリ?する。俺、なにもしていないのに……




