2人きりの時間
「ふぅ……」
軽い食事を終え、俺は学園内の一室の床に座り込む。ここにいる人たちは結構な人数だが、騎士学園もまたかなりの広さだ。
こうして、自由にくつろげる空間くらいはある。
「……ミライヤたち、大丈夫かしら」
「うん?」
そう言って、隣に座るのはノアリだ。他に、教室内に人はいるし、他の部屋に移っている者もいる。
ほとんどは、食堂に残ったままか、眠ったままの人たちの側にいるが。
「大丈夫だ。クルドがいるしな」
ミライヤとクルドは、見張りを買って出てくれた。特に、クルドは魔族の気配がわかるため、出現したらすぐにわかるとのこと。
戦力的な意味で言えば、クルドひとりに任せて充分ではある。だが、そういうわけにもいかないだろう。助けに来てくれただけでもありがたいのに、任せきりなど。
それはミライヤも同じだったようで、自ら見張りに名乗りを上げた。多分、怪我した俺が同じように名乗りあげても、理由をつけて拒否されただろう。
「明日は、なんて言われても俺が交代するけど」
「でもクルド、いや竜族は何日寝ないでも平気だって言ってたわよ。……あ、じゃあ私もそうなのかしら」
「だからはいそうですかとは言えないさ。あとお前はちゃんと寝なさい」
他にも、見張りを申し出てくれた人は少なからずいる。捕まっていた人たちは、多少の抵抗をも封じられていたため、大きく暴れさえしなければ危害を加えられることはなかったという。
今の状況に納得していないのは皆同じだが、不満を爆発させる人と、それを押し殺す人……それで、にぶんされている形だ。
「……大変なことになっちゃったわね」
「そうだな」
今日だけで、思わぬ事態が起こった。魔族の襲撃に、ノアリの暴走。そして今なお続く緊迫状態。
いつまでも、緊張感を持ったままではいられない。だが、あまりにリラックスし続けるのも心配だ。適度な緊張感を持たなければ。
だが……今は、ミライヤとクルドに見張りを任せてある。なのに、休んでいる俺たちまで気を張っていたら、2人の行為を無駄にしてしまうことになる。
「今のうちに、しっかり休んどこうぜ」
「……うん」
硬い床の上だが、疲れが溜まっているためかすぐに寝られそうだ。学園にはいくつか布団もあるようだが、それらは老人や子供に優先して使わせている。
だから俺は、床で構わないのだが……
「ノアリ、お前は布団貰ってきたほうがいいんじゃないか?」
「……ううん、いいよこのままで」
と、頑なに布団を貰ってこようとはしない。本人が、いいならこれ以上は深く言えない。
もしかしたら、自分が暴走して迷惑をかけたことを、気に病んでいるのかもしれない。気にすることないのにな。
「なぁ……」
「……すぅ」
ふと、隣から寝息が聞こえてきた。先ほどまで話していたノアリだ。やはり、疲れが溜まっていたらしい。
こんな状況だ。ノアリの力は、また確実に必要になる。そのために、しっかり休息を取ってもらわないと。
「ふぁ……俺も、寝るか」
このまま起きている意味もない。隣で眠るノアリを横目で確認してから……俺は、目を閉じた。
…………
「……」
「……」
騎士学園屋上……平時であれば、授業中を除けば誰かしら生徒で賑わう場所だ。生徒だけでなく、教員も利用することは多い。
普段から解放されているのがこの屋上。しかし、普段の賑やかさを感じられないほどに、そこは静かだった。
そこには、2つの人影が、佇むのみ。
(……き、気まずい……!)
内ひとり、ミライヤは緊張から、だんまりになっていた。それは、隣に立つ人物が原因だ。
ちらりと隣を見る。そこには、これまで出会ったどんな人物よりも逞しく見える、竜族のクルドがいた。
2人は今、魔族襲撃に備えての見張りをしている。それぞれが、自ら見張りを買って出た形になっているのだが……
「……我と、気まずいか?」
「ひゃい!?」
突然話しかけられ、ミライヤは大袈裟に肩を跳ねあげる。
元々、あまり積極的ではない少女だ。加えて、『魔導書』事件が尾を引き、男がすっかり苦手になってしまった。
ヤークワードたちのフォローのおかげで、ある程度平気にはなったが……
「そんなに緊張する必要はないが……そもそも、ならばなぜ己から見張りを買って出た?」
そのつもりはないのだろうが、クルドの鋭い視線が、ミライヤを射抜く。クルドはミライヤの事情を知らないが、その指摘は的を得ている。
こうも緊張する相手と、2人きりになることがわかりきっていたはずだ。にもかかわらず、ミライヤはそれを選んだ。
なにか、理由があるかと思っていたのだが……
「もしや、ヤークの友人だから少しでも話をしたい、か? であれば、その必要はない。義務感で居られても、我は……」
「……それも、あります。でも、それだけじゃ、ありません」
腕を組み、堂々と立つこの竜族は、はっきり言って怖い。だが、それは見た目だけの話だ。
まったく関係のない自分たちを、助けに来てくれた。それに、ヤークワードがあんなに仲良くしている。
「私が……義務感とかじゃなく。私が、話してみたかったんです」
「! 我と、か?」
「はい。その、そう意気込んだはいいんですけど、ご覧のありさまで説得力はないですが」
恥ずかしそうに、笑う少女をクルドは黙って見る。
クルド自身、人間と関わった経験など数えるほどしかない。ジャネビアに、ヤークワード……そして、竜王の血を届けに来た際、数人と話した程度。
エルフ族であり、ジャネビアの孫であるアンジー。そしてヤネッサとも知った仲だ。2人とも挨拶しておきたかったが、アンジーは眠ったまま。ヤネッサに至っては居場所が分からない。
「あの、クルドさんが迷惑なら、その……」
「……いや。そんなことはない。我も、同族以外と話す機会がないのでな。話のタネが見つからんだけだ」
「……ふふっ」
表情は変わらないが、どこか照れくさそうにも見える。その姿に、ミライヤは思わず吹き出した。
「?」
「あ、すみません。なんだか、意外だなと思って」
「そうか?」
どうやら、うまい具合に緊張感はなくなったらしい。
まさか、こうして竜族と2人きりになるなんて、ミライヤ自身思ってもみなかったことだ。そもそも、竜族の存在自体、知らなかったし。
「……私も、少しでもみんなの役に立ちたくて。自分になにができるかわからないけど……やれることは、やりたいんです」
竜族という強大な存在に、自分のちっぽけな気持ちを話しても、意味ないだろうか。
それでも、クルドは笑うことなく、黙って聞いてくれていた。




