戦争国
「ともかくだ。ノアリが再び、力を暴走させては、また厄介なことになる」
「でも……私自身、どうやってあの力を引き出しているのか、わからないし」
ノアリは意識的に、力を解放しているわけではない。むしろ、無我夢中という表現が正しいだろう。
本人が言うように、自分がどうやってあの力を出しているのか、わかっていない。それどころか、本人はただ力いっぱい戦っているだけで、妙な力に支配された……といった感覚なのかもしれない。
「まあ、わからないことをうじうじと考えていても、仕方ない」
「……今クルドから不安になるようなこと言われたんだけど?」
「だが、力に呑まれることを恐れるあまり、全力を出せないのでは意味があるまい?」
「それは……そうだけど」
これは本人にしかわからない悩みだ。いつ、また暴走してしまうかもわからない。おそらくは、感情が昂ぶった時……つまり、戦闘時にそうなる可能性が高い。
だが、クルドの言うように力の暴走を気にしてばかりでは、全力で戦えまい。
ノアリほどの戦力が全力を出せないのは、こちらとしても痛い。
「ま、その時はその時さ。さっきクルドからなんかアドバイス貰ってたみたいだし、それを実践してみたらどうだ?」
「……別に、アドバイスってわけじゃ……」
ノアリは、なぜか俺を見ながら頬を赤らめている。さっきクルドになにを言われたんだ。
とにかく、ノアリには……全力でやってもらいたい。また暴走したら、その時はその時ってことで。
「話の途中だろうが、少しいいか」
「! が……父上」
そこに割り込んでくる声があった。さっきまで人々を落ち着けていた、ガラドだ。
どうやら、あれだけやいやいと騒いでいた人たちは、静かになったようだ。たったひとりであの場を鎮めるとは、さすがは勇者様ってところか。
「ガラド殿。皆、落ち着いたようだな」
「あぁ。なかなか苦労したが……で、そちらの話は?」
「はは、今後の対策を考えているのですが、やはりいつ現れるともわからぬ、戦力もわからぬ相手について考えることが多くてな」
あの魔族は、宣戦布告をしに来たと言っていた。つまり、その後の時間制限とは関係なく、一度は撤退するつもりだったわけだ。
今回の宣戦布告に来たのは、あの魔族ひとり。しかし、人々の影から、魔族を呼び出した……魔族の戦力は、ここの人たちの数と同じだけあると言える。
「私は……いえ、私たちは、影からいきなり魔族が現れて、捕まりました。また、同じようなことをされたら……」
不安そうに、ミライヤが言う。影から現れた魔族たちは、いつの間にか消えていたが……また、同じように影から現れる可能性はある。
自分の影から魔族が……なんて。不気味な話だ。
「しかも、魔族の強さは並の人間よりも強い」
「その上、魔族は魔術を使える、か」
肉体的にも、魔術という超常的な力的にも。人間は、魔族に大きく劣る。
エルフ族が魔法を使えれば、また違った話になるのだろうが。
「アンジーも眠っている……か」
先ほど確認した中に、アンジーもいたようだ。が、他のみんなと同様、眠っていた。先生もだ。
起きたままの人間と眠ってしまった人間。その違いはわからないが、今起きている中で戦えそうなのは……俺、ノアリ、ミライヤ、クルド、ガラドくらいのものだ。
他は、さっきガラドに当たり散らしていた偉そうなおっさんたち、ぬくぬく育っているような貴族ばかり。
騎士学園の生徒や教師も、いくらかは残っているだろう。が、戦える人でもここで眠っている人たちを守ってもらうのも何人か必要だ。
「それに、怪我をしたままの者もいる。ヤークだって、手が折れたままだろう」
「え? あぁ、これくらい大丈夫ですよ」
実力として申し分なくても、怪我を負っている人は多い。そして、いつもならば怪我くらい、エルフ族に治してもらえるのだが……
魔力の封じられたこの結界の中で、エルフ族は動くことすらままならない。
……それに、だ。さっきも思ったが、ここにいるエルフ族が明らかに少ない。というか、起きているエルフ族がいない。
「万全でも魔族の相手は厳しいのにな」
ガラドやクルドクラスなら、多少の怪我があっても問題なく戦えるだろう。ノアリも、滅多なことではダメージを受けない。
俺はすでに、片手が折れている。これでは、万全とは言えない。
「ま、どうしようもないことを嘆いても仕方ないですよ」
「そうだな。そういえば、あの魔族の目的は世界征服……そう言っていたんだったな、ヤーク」
ここに来るまでの間、俺はガラドに成り行きを軽く話していた。魔族が現れた経緯や、目的についてまでも。
俺は、あの魔族の顔を思い出しながら話す。まあ顔は仮面のようなもので見えなかった……いや、あれ自体が顔か?
まあ、どうでもいいが。
「俺たち人間にもわかるよう端的に言えば、とは言ってましたが」
「……わかりやすくって、それ結局目的が世界征服ってことに変わりはないってことですよね?」
「まあな」
「その足掛かりとして、この国を攻めたと……」
あの時は、なにをバカなことを言っているんだと思っていたが。たった一体の魔族に、ここまでの事態にされるなんて。
しかも、その言葉に嘘はないように、感じられた。
「あいつは……王の不在となったこの国なら、崩すのは容易いと、言っていた」
「……そうか」
奴は、この国の情勢を知っていた。国王が病に死に、次の王が決まっていないことを。国王が亡くなっても、次期国王がまだ決まっていないことを。
それはつまり……第一王子であったシュベルトが殺され、第二王子であったリーダ様が複雑な立場にあると。そのことも、知っているということだろうか。
……そういや、リーダ様もここにはいないっぽいな。起きてても寝てても居たらもっと騒ぎになっているだろうし。
「……なあ、もしかしたらなんだが」
そこで、なにかを思いついたというように、ガラドが顔を上げた。自然と、皆の視線が向かう。
気のせいだろうか。その表情は、硬い。
「どうしました?」
「あぁ……突拍子もない話ではあるんだが。このゲルド王国は、隣国などとは協定関係にあるんだ」
「協定?」
「争いを避けるために、協議して取り決めをすることよ」
本人の言うように、突拍子もない話にミライヤが首を傾げる。それに説明を加えていくノアリ。
だが、この話がどうしたというのだろうか。互いの国で争いを起こさない不可侵条約を結んでいるとは、聞いていたが。
「協定内容については、俺も詳しくは知らないが……それは、亡くなった国王によって結ばれたものだと聞いている」
「そんなに昔に結ばれたものじゃないってことですか」
「あぁ。協定関係を結ぶより前は、頻繫とはいかないが戦を繰り返していたらしい」
少し前までは、言い方を選ばなければ戦争国だった……と。今じゃ考えられないな。
「実は……戦は、この国から仕掛けることが多かったらしい」
「え? そんな、どうして……」
「戦の理由など決まっている。食料調達、領土拡大、そして支配権の獲得……いついかなる時代も、戦とは私利私欲によって生まれるものだ」
この国が、戦争を仕掛けていた……その事実に驚くノアリだが、彼女に答えを返したのは意外にもクルドだった。
長年、この世界を見てきたクルドだからこそ、その重みが違う。
「……だから、このゲルド王国はわりと、恨みを買っていたらしい」
「そんな……」
「いつ他国から攻め込まれてもおかしくない……そこで、目を付けたのが俺たちだ」
「俺たち?」
「あぁ。他国は、簡単に攻め込もうと考えることはできなくなった」
「……そうか。誰だって、魔王を倒す勇者の居る国を、攻めようなんて思わないから」
つまりは、協定とは言うが他から手を出されないための都合のいい条約のようなものか。
こちらには勇者がいる。勇者パーティーメンバーがいる。だから攻められまい。だがこちらも貴国を攻めない。代わりに要求する……といった具合に。
そりゃあ、余計に恨みを買うだろうなぁ。
「この国が結構ひどいってのはわかりましたけど……それと、魔族になんの関係が?」
「ちょっとヤーク、もう少し歯に衣着せなさいよ」
「はは、構わない。事実だしな」
そこで、ガラドは咳払い。
「もしも、魔族がこの国の現状を、他国に話したとしたら?」
「……!」
魔族が、他国にこの国の現状を話す……それを聞いて、俺はゾッとした。
今この国の現状は見ての通り。それに、条約を結んだ国王もいないのだ。まさに恰好の的。
「まさか、魔族の狙いは戦争を起こすこと……?」
「時間制限があったとはいえ、やろうと思えば魔族だけで俺たちを皆殺しにできたはずだ。そうしなかった理由は……」
「いやでも、いくらなんでも……が、ガラドさんは結局、眠っていないんですし。ガラドさんを恐れて、他の国は襲ってこなかったんですよね?」
「でも、可能性のひとつではあるかもしれないわ。それに、大半の人間が眠りに落ちた国、なんてうまみのある話だもの」
「……ふむ」
まだ、可能性のひとつでしかない。だが、あり得る話でも、ある。
魔族は、俺たちに……人間に、戦争を起こさせようと、している? それが、世界征服とどうつながるってんだ?




