竜族の血
「えっと……その、ノアリ様の力、というのは、コントロールできないんでしょうか?」
申し訳なさそうにするノアリを見て、聞いていいか迷っていたらしきミライヤだったが、恐る恐る手を上げ、口を開く。
それは、俺が考えていたことと、同じ内容のものであった。
「それは……ノアリ次第だろうな」
「……私、あのときは頭がぼーっとして。ただ、ここで私が負けたら、みんなひどい目にあうって考えたら……」
「……なるほどな」
ノアリ自ら、あの力を引き出したわけではない。
俺も経験があるが……あまりに怒りが湧き上がると、自分の思った以上の力が出る。ただ、それをせえいぎょするとかは考える前に、目の前にいる敵を倒すためだけに力を振るう。
ノアリの場合も、そうなのだろう。彼女の場合、思った以上の力が明確な形として出ただけで。
「力に慣れれば、使いこなせることもできるだろうが……今は、そのような時間はないだろうな」
「じゃあ、私、どうしたら……」
心配なのだ、ノアリは。自分の中にある強大な力を、制御する術がないことが。
もしかしたら、また魔族との戦いになった時……同じようなことが起こるのではと。
「なぁに、また暴走したら殴って止めてやる」
「……」
「冗談だ、そんな顔をするな」
冗談に聞こえないぜクルド……
「こほん。だが……お前はおそらく、その力を制御する術を、無意識のうちに手に入れているはずだ」
「え、どういうこと!?」
改めて告げられるクルドの言葉に、ノアリは前のめりになって話の続きを促す。
ノアリ自身が力を制御する術を知らないというのに、もう手に入れているというのはどういうことだ?
「以前……半年程前か。この辺りで、強大な魔力を感知した。わかるか?」
「半年……強大な魔力……」
クルドは、半年前に強大な魔力を感知したという。それを聞いて、考え込む。
うーん……半年前の、か……
「あ、シン・セイメイ!」
「うむ。その時に、一瞬だが、竜族の気配も察知した。今思えば、あれはノアリ……正確には、ノアリの力が覚醒したことを意味していたのだろう」
「へ。わ、私?」
シン・セイメイとの激突。あの時、竜族の気配を感知していただって? それも、一瞬。
それを聞いて、俺の中で点と点が結びついていく。セイメイにやられても、ノアリはほぼ無傷だった。
竜族は頑丈な皮膚が特徴だという。
「セイメイとの戦いの最中、ノアリの中の竜族の血が目覚めていた?」
「そうだ」
「え、でも……あの時、私別に意識が飛んだりとかなかったわよ? そ、それとも、自分でも気づかないうちになにかしてたの!?」
「そうではない。あの時、ノアリは初めて竜族の血を覚醒しつつ、制御していたのだ」
ふむ……セイメイとの戦いで、ノアリは竜族の血を覚醒させた。初めてでありながら、今回のように暴走することはなかった。
それは、なぜか。
「え、制御って……でも、ホントに竜族の血が覚醒してたのか、自分じゃわからないし……」
「竜族の……いや、竜族に限った話ではないが。人間族以外の一部の種族の特徴として、"負わせた傷に対しての、魔力による回復を遅らせる"というものがある。心当たりはないか?」
「負わせた傷……回復……あ!」
さらなる説明を聞き、俺は当時のことを思い出す。
セイメイは、腕を斬られるほどの深手を負っても、魔術によりそれを即座に回復させた。
だが、ノアリに斬られた腕は、回復させなかった……いや、できなかった?
「あれは、ノアリが竜族の血を覚醒させたから……?」
「竜族に負わされた傷、それを回復させるには時間を要する。人間が負わせた傷ならば、セイメイほどの男が放置しておく理由はないからな」
そういうことか……セイメイが腕を斬られても、治さなかった理由。治せなかった……それこそが、ノアリが竜族の血を覚醒させた理由になる。
……ん? クルドは、人間以外の一部の種族って言ったよな。
「……」
その可能性に気付いたのだろう、ミライヤも表情を硬くしていた。
あの時……ミライヤも、雷の如き剣でセイメイの腕を斬り落とした。それを、セイメイが治さなかったことに。いや……治せなかったのだとしたら?
それだけじゃない……俺も、最後に負わせた傷があった。だが、他の傷は治したのに、最後の一太刀だけ、治さなかった。
「……?」
俺も、それにミライヤも、竜族の血を体内に得た経験なんてないはずだ。
ならば……あの現象は、いったい……?
セイメイがこちらを混乱させるためにわざと治さなかった? なんのために?
もし、そうでないとしたら……本当に、傷を治せなかったのだとしたら……俺とミライヤは、いったい……?
「じゃあ、なんであの時私、力を制御でき……というか、暴走しなかったのかしら」
「ふむ……そうだな。たとえば、特定の人物への強い想いから、力は覚醒し且つ力を自身のものへと昇華した、とかな」
「とく、ていの……?」
「あぁ。今回のように、ただ人々を守る、といった漠然なものではなく。強い想いだ。その者を守る……役に立ちたい。そういった強い想いは、時として血の暴走をも凌駕する。心当たりは……」
「べ、別にないわよ!」
考え事に没頭していたためか、ノアリがクルドになにかを聞いているその内容は、わからなかった。
ただ、その後ノアリは俺を見ては、顔を赤くしたり睨んだり、落ち着きのない様子だった。




