見るに堪えない
「あ、ヤーク様!」
「ミライ……おっとと」
学園内に入り、食堂に着くと、俺たちを見つけて駆け寄ってくる影がひとつ。それは、ミライヤのものだ。
無事だったことに安堵していると……ミライヤは俺の前で止まることなく、そのまま抱き着いてくる。
油断していたため、後ろに倒れそうなのを、なんとか踏ん張る。おぉ、そんなぎゅっと抱き着かれたらいろいろ当たっちゃう……
「ちょ、ミライヤ……」
「ぐすっ……よかった、です……っ」
「……」
恥ずかしいので離れてもらおうとしたが……俺の胸に顔を埋め、泣く彼女を見てはなにも言えなくなってしまう。そうだよな、不安だったよな……
とりあえずは、ミライヤが落ち着くまでは、こうしておこう。
「皆さん、お待たせしました」
「ふん……」
改めて食堂を見渡せば、一箇所に多くの人々が集まっている。もちろん国中すべて、とはいかないがある程度の人間が、ここに集められているんだ。
ガラドは、ほとんどの人たちが気絶していたと言っていた。そして、ここにいるのは気を失っていない人たち……
別の場所に、気絶した人間がこれ以上いる、ってことか。
「まったく、いったいどうなっとるんだ」
「そうよそうよ」
さて……ほとんどは怯えた様子だが、当然そんなお行儀のいい人たちばかりではない。
現状に不満を持つ人はいる。
「おい、いったいなにが起きているんだ!」
「それはまだ、なんとも……」
「あいつらあれだろ、魔族ってやつだろ! 魔族はあんたが倒したんじゃないのか!」
「えぇ、それは……」
「勇者ならなんとかしろ!」
「そうよそうよ!」
……やれやれ、父上も大変なことだ。不満ばかりを漏らす連中の、相手をしなければならないのだから。
たいていこういう場面では、人の不満というのは爆発する……そして、それをぶつけるべき相手がいれば、攻撃相手を見つけたとばかりに不満をぶつける。
しかも、ガラド・フォン・ライオス……実際にかつて魔王を討ったはずの勇者が、ここにはいる。勇者ならば人々が困っていたら助けるのは当然だと、好き勝手言いまくる。
その上、魔王を倒し滅んだはずの魔族が復活しているのだ。お前の不手際だ、なんとかしろと、声高々に叫ぶわけだ。
「ま、俺には関係ないか……」
ガラドが人々からどう思われ言われようと、俺には関係ない。これが本当の親なら、なにか思ったかもしれないが……いや、ヤークワードの親であるのは、間違いないんだが。
どうなってもいいと思っているから、俺は口を挟まない。
不満は不満を呼び、やがて黙っていた連中も声を上げる。大人も子供も、相手が『勇者』であろうと関係なしだ。
「ひ、ひどい……ガラド様を責めても、なんにもならないのに……」
「……」
先ほどまで俺の胸で泣いていたミライヤが、人々に、ガラドに、悲しげな視線を向けている。
こんなときに、他人の心配が出来るのかこの子は……ミライヤの爪の垢を、あいつらに煎じて飲ませてやりたいな。
「ヤーク様……」
「う……」
そんなミライヤが、俺を見上げてくる。語らずともわかる……どうにかしてくださいませんか、だ。泣いたばかりのせいか、目は潤んでいる。
別に俺はこのまま、ガラドが悪者にされようが、どうでもいいんだが……そんな表情をされると……
「はぁ、しかたな……」
「ヤーク、彼女を頼む」
「へ?」
ガラドは知ったこっちゃないが、ミライヤの頼みは断れない。そう思って、一歩前に出ようとした時……隣から、声をかけられた。
彼女……ノアリを渡され、彼は前へ出る。その頼もしい背中が、一歩一歩と歩みを進めていく。
「魔族が現れた理由については、私にもわかりません。ですが、皆様に危害が加わらないように、精いっぱい……」
「どうせ奴らの狙いはあんただろう!? 私たちは巻き込まれ損だ!」
「そうよそうよ!」
「精いっぱい頑張るなら、さっさと魔族を殺してこい! そもそも、あんたが魔族を滅ぼしていればこんなことには……」
「やかましいぞ、貴様ら!!!」
! ……その場に、怒号が轟いた。
人々の声であふれかえっていた食堂内は、すぐに静かになった。それほどに、今の声は……人々を強制的に黙らせる、力があった。
「く、クルドさん……?」
「な、なんだ貴様は!」
困惑するガラドと人々。その視線を一身に受け、それでもクルドは堂々と立っていた。
「さっきから聞いていれば、不幸は全部他人のせい……か。まったく見ているに堪えんな」
「なっ……なんだその言い方は! 私を誰だと思っている! 上級貴族であるアルバンナ家の……」
「知ったことではない」
ただでさえ、クルドはでかい。その上、この威圧感だ……俺も、初めて会った時は殺されるかと、思ったものだ。
クルドの人となり、いや竜となりを知ってからは、それは大きな間違いだとわかったが。
「なん……」
「済んだことをいつまでもぐちぐちと、玉の小さい男だ。不幸を他人のせいにすれば現状が変わるのか? ならば貴様らで勝手にやっていろ」
「な、なんだ貴様いきなり出てきて! 私は間違ったことなど言っていない!」
「ガラド殿が魔族を滅ぼさなかったから……か?」
「そうだ!」
……あのおっさんすげえな。この状況で、クルドに噛みつくなんて。俺だったら小便漏らして気絶する自信があるぞ。
「それは違うな。魔族は確かに消滅していた。魔王を討ったことで、奴らは完全に消滅していたんだ」
「な、ならなんでそいつらが今になって、現れるんだ!」
「さあな」
「第一、なぜそれが貴様にわかる!」
クルドの言葉は、どこか真を突いている。自信満々に話しているからだろうか。いや、確信があるんだ。
クルドは、魔族の気配がわかる。だから……
「なぜ、か……それは俺が……」
なぜそれがわかるか……そう問われ、クルドはその場で力を込める。おいおい、クルドの奴、まさか……
大気が、振動しているような感覚。クルドの体に、異変が起こる……その背中からは翼が、腰からは尻尾が生える。
以前、クルドは人間の姿をしていたが尻尾はそのままだった。この10年の間に、尻尾も隠せるようになっていたんだ。
人の姿……且つ、翼と尻尾の生えた姿へと、変化した。まさに、先ほどのノアリのようだ。
「俺が、魔族の気配がわかる……竜族だからだ」
目の前に、竜族が現れる……それも、すでにこの世にはいないというのが人々の常識だ。その常識が、今壊れ……
数秒後……人々の間からは、悲鳴が上がった。




