もし死んだとしても
俺を認識できないほどに正気を失っている、ノアリの姿は……
朱色の鱗に体の所々は覆われ、背中からは翼、お尻付近からは尻尾が生えている。
それに、鋭い牙と爪……どう見ても、人間族の特徴とはかけ離れてしまっている。これは……
「竜族……?」
以前、見たことの……いや会ったことのある、竜族の姿に酷似していた。
竜族とは、今はもう忘れ去られた種族。セイメイ曰く遥か昔にこの世界に君臨していた4種族のひとつ。
俺も、その存在は実際に会うまでは知らなかった。おそらく今の時代、竜族の存在をはっきり認識しているのは俺やアンジー、ヤネッサ、それにジャネビアさんといった、直接会った者だけだろう。
「グルルル……!」
「ノアリ……」
ヤバいな……ノアリの動きに、なんとかついていくだけでも精一杯なのに、右半身がもうほとんど動かない。
おまけに、ノアリから感じる殺意はいっそう強まっているようだ。参った。
「ガァアアア!」
「ちっ……!」
体が動かなくなる、その瞬間まであがくつもりであるが、それでもノアリが元に戻らなければ……
考えろ、考えろ、考えろ……! ノアリの猛攻を左半身だけでかわしつつ、ノアリをもとに戻る方法を!
「っ……」
今のところ、ノアリは直接的な打撃しか打ってこない。遠距離から攻撃する術がないのか、それともそこまで意識が回っていないのか。
ともかく、ノアリの攻撃が防げる今が、チャンスなんだ。
そもそも、どうしてノアリが竜族と似た姿になったんだ? ノアリに竜族の話をしたことはあるが、竜族と直接会ったことなんて……
「ぁ……」
そこまで考えて、遅すぎる見解にたどり着く。そうだ、あったじゃないか……ノアリと竜族を、結びつけるものが。
それは、竜王の血……『呪病』にかかったノアリを救うため、竜王から血を貰い……それを、彼女に飲ませた。
結果として、ノアリは呪いから解放された。あれしか、助ける手立てがなかった……とは、いえだ、
じゃあノアリが、ああなってしまったのは……俺の……
「ヴァアアィ!」
「! げはっ……」
防御と考え事とを同時に行うのは無理があったのか、少しだけ思考に意識を引っ張られてしまったのか……防ぐのが遅れた、ノアリの蹴りが俺の腹部に直撃した。
あ、今……いやな音が、した。アバラ何本か、イッたかも……
「ぅっ、かぁ……はっ……」
思わずその場に、膝をついてしまう。まずい、まずいまずい……へたれている場合じゃあ、ない。立て、立ち上がれヤークワード……!
なんとか顔を上げると、そこには俺を冷たく見下ろすノアリの目。そして、ノアリは足を振り上げて……
「……ェハ」
小さく笑い、俺の脳天目掛けて、足を振り下ろした……
ガンッ……
「っ……?」
頭を潰され、命を絶たれる……そんな俺の思いとは裏腹に、ノアリの足は俺の頭に直撃する寸前で、止まった。
なにが、起こったのか……なぜ、攻撃を途中で……
「ァ……ヤー、ク……」
「! ノアリ!?」
「に、ゲ…………!」
小さく、しかし確かに、ノアリの言葉が聞こえた。逃げてと……そう、言おうとしたのだ。
しかし、すぐにノアリの目は狂気に染まり、俺の顔を横切って足を地面へと打ち落とした。
小さく、地面がへこんだ。
「ノアリ、お前……!?」
「ゥう、ぁあああぁアアア!」
俺がなにを言うよりも先に、ノアリに襟元を掴まれ……思い切り、ぶん投げられた。
咄嗟のことに、着地も出来ずに俺は、地面に打ち付けられた。
しかし、これは攻撃ではない。ノアリは、俺を逃がそうとしてわざと遠くにぶん投げて……
「だけど、お前を見捨てて、逃げられるわけないだろ!」
ここでノアリを見捨てて逃げて、それでどうなる。俺にすら襲い掛かってきたノアリだ、気絶している人々になにをするかわからない。
そして、ノアリが正気に戻った時……自分がしたことを覚えていた時。ノアリは、どうなってしまうか。
「そんな真似、させるか……!」
己の行いを恨み、呪い……もしかしたら、自死をも考えるかもしれない。
そんなこと、させてたまるものか!
「お前が俺を逃がそうとしてくれるのと、同じくらい……俺はお前を、助けたいんだ……! もし俺が、死んだとしても……」
ノアリがああなったのが竜王の血にあるのなら、原因は俺にある。ノアリに、余計な十字架を背負わせはしない。
正直今の俺の力では、ノアリを止めることも叶わないだろう。それなら、それでも……俺が、できることを全部やってやる……!
「大切な者を助けたい、か。その意気やよし!」
「……え?」
その瞬間、声が聞こえた。この場に響くほどの、バカでかい声。俺でもノアリでもない……ガラドか?
いや、ガラドは向こうで、気を失っている者たちを見ている。第一、今声は空から聞こえた。
自然と、視線は上へと向いていた。そこに……影が、あった。
「人……いや……」
なにかが、落ちてくる……それは人の姿をしているように見えたが、違う。平均男性よりも、一回り大きい。
それは、落下の勢いを止めることなく、地面へと衝突する。……いや、かすかにだが、着地したように見えた。あんな上空から落ちて、着地したのか?
ドォ……ン……
激しい地響き、そして土煙を巻き上げる。
正体不明の乱入者の存在に、俺は警戒レベルを引き上げる。先ほどの言葉は、まるで俺の意気を気に入った、といったものだったが……
「そう殺気立つな、ヤーク」
「! 俺の、名前」
土煙の中で立ち上がるその人物は、なぜか俺の名前を口にした。どういうことだ、この男は俺を知っているのか?
そんな中、次第に土煙が晴れ……その背中が、姿が、露となっていく。
「……ぁ」
その姿に、俺はとてつもない懐かしさを感じた。会ったことがあるのは、たった一度……数日間だけだ。
でも、俺は覚えている。その姿を。肌を覆う赤色の鱗を、頭の両側から生えた2本の赤黒い角を、髪と同じ色をした尻尾を。
澄んだように綺麗な真紅の色を。
「く……クルド?」
「応。久しいな、ヤーク」
今しがた上空から落下してきたのは……そこに立っていたのは、以前竜族の街ジャビルヤで出会い、交流した竜族の男。
クルドで、あった。




