敗北
「……ほぅ」
魔族が、感心したような声を漏らしている。
今一体、なにが起こったのか……それは、俺にはわからない。ただ理解できることは、目に映った情報だけ。
俺の首を貫いたはずの、漆黒の剣……その、折れた剣先が舞う、光景だけであった。
「! お、らぁ!」
「ぐっ……」
呆気に取られている暇はない。俺は、確かに生じた隙を見逃さず、上体を勢いよく起こす。
魔族の顔面に、頭突きをお見舞いし……その衝撃で、魔族は軽く後ずさりをする。
「っ、まったく、あなたがたは……!」
「はぁ、はぁ……」
今俺は、死んだ……死んだと、思った。それが、どうして生きているのか。
その理由は分からないが……まだ、戦えるってことだ。立ち上がり、魔族を見据える。
「まさか、刺される直前に魔力を首筋に集め、とっさに防御に使うとは……面白いことをしますね」
「? 魔力?」
なにを言っているんだ、こいつは? 魔力を首に、だと? それで剣撃を防いだと?
こいつがなにを言っているのか、理解が出来ない。人間は魔力なんて使えないし、そもそもこの結界の中では魔力は使えないはずだ。
魔族は、別だが。
「おや、もしや自覚なしですか……やれやれ。また仕切り直しと、いうわけで……」
漆黒の剣が折れようと、正直そんなに関係ない。なにせ、先ほどは剣を持っていないこいつに、いいようにやられていたのだから。
それでも、ここで引くわけにはいかない……だがそこで、魔族の言葉が不自然に止まる。
「……あぁ、もうこんな時間ですか」
自分の手のひらを見て、魔族は何事か呟く。時間? どういうことだ。
それと同時、周囲に異変が起こる。人々の影から出現した魔族、それらが消え始めたのだ。
「……は?」
徐々に透明になり、消えていく。なにが起こっている?
ガラドがなにかした……わけでもなさそうだ。ガラドも、驚いた様子を見せている。
「やれやれ。やはりまだ時期が早かったということですか」
「おい! いったいなにを……」
「活動時間の限界、というやつですね」
活動時間の限界、だと? それはどういう……って、言葉通りの意味なのだろうが。
すると、他の魔族だけではない。目の前の魔族も、消え始めているではないか。
……終わった、のか?
「いや、じゃあお前ら……いったい、なにしにここへ……」
「言ったでしょう、国を制圧すると。思わぬ邪魔はありましたが、目的は達成されました」
「はぁ!?」
訳の分からんことを言いやがって……!
だが、どういうわけか魔族は消える。ならば、制圧された国も捕まった人たちも、結局は元通りで……
ドサッ……
「!」
なにかが、倒れる音……そちらに目を剥けると、捕まっていた人が倒れていくではないか。それも、ひとりや2人ではない。何人もだ。
魔族は消えゆく、代わりに人々は倒れていく……
「お前、なにをした!」
「やれやれ、すべてを説明せねばなりませんか? まあ簡単に言うならば……次、我々が攻め入るときまで、彼らには眠っていてもらう。そのための仕掛けを、先ほど作動させました」
「眠って……?」
魔族の目的とやらは、さっぱりわからない。だが、国を制圧しなにもしないはずが、ない。
活動時間と言っていた。つまり、活動時間の限界があることは事前にわかっていたことになる。
その上で、決して長くない時間で、なにか細工をした。
「お前ら、また来るつもりか!」
「えぇ。本来ならばもう少し活動できるはずだったのですが、少々手違いが。なぁに、心配はいりません。眠った彼らは死にはしませんから。ただ、少々寝心地は悪いかも、しれませんね?」
またこいつらは、攻めてくる。それまでに、みんなは起きない……だと、いうのなら!
「お前をここで倒せば、済む話だろ!」
俺は、魔族に斬りかかる。しかし、走り出したところで意識がぐらつき……思わず、膝をついてしまう。
なんだ、こりゃあ……
「あなたは当たりのようだ。なにも、この国の全員を眠らせることはできません。何人かは、あなたのように意識があることでしょう」
「!」
「それに、これはあなたにとって朗報なのですよ?」
魔族はゆっくりと、俺に近づき……目の前で、足を止めた。
「このまま殺し合えば、どちらが死ぬかは目に見えているでしょう」
「っ……」
「命を拾ったこと、感謝することです」
「まっ……」
せめて、最後に一矢報いたい……そう思って、顔を上げる。
……そこには、すでに魔族の姿はなかった。
「! ……くそぉ!」
地面を殴りつける俺の、声は……ただ虚しく、空に響いていった。
いきなり魔族に攻め入られたかと思ったら、まんまと国を制圧されて。世界征服の足掛かりだと言いながら、活動時間に限りがある中で……国中の人々を捕まえ、意識を奪い眠らされた。間違いなく、敗北したんだ。魔族に。
確かに、あのまま戦っていれば、俺は……とはいえ、この状況を素直に、助かったとは言いたくない。
「ぅ……ウゥ……!」
「ノアリ……」
考えることは、山ほどある……頭がごちゃごちゃしている。少し、休みたい。
しかし、状況はそれを許してはくれない。先ほど吹き飛ばされたノアリ、彼女の容態も確認しなければ。
「……うそだろ」
彼女の、足音が聞こえる……どうやら、彼女も気は失っていなかったらしい。
それは、喜ばしいことだ……だが、異変が続いていることは、すぐにわかった。
ノアリの目は、赤く変色したまま……敵を見定める目を、俺に向けていた。




