暴走する力
その場に響く……いや、轟くと表現してもいいほどの、激しい声。胸の奥底まで、届くような重々しい声……
それを発しているのは、今魔族に背中を突き刺され続けていた、ノアリだ。彼女は、これまでに聞いたことのないような声を、上げている。
それどころか、およそ人が出せるとは、思えないほどの声で……
「ノア……」
「うぁアァあぁああ!」
次の瞬間、目を疑うような光景が映った。これまで、ただ無抵抗に魔族の攻撃を受けるしかなかったノアリが……
魔族の顔面に、拳を打ち付けたのだ。それだけならば、驚きこそすれ目を疑うような光景ではない。ただ、反撃したのだから。
問題は……俺からも見えるほど、その威力が桁外れだということだ。顔面を捉えた拳は、地面をも陥没させていく。ドシィ……と、地が割れる音が響く。
「っ……」
「ウぁアァあア!」
その後もノアリは、右の拳で、左の拳で……交互に、拳を打ち付けていく。いつの間にか魔族の腹に跨がり、殴りやすい位置へと移動していた。
それは、あまりに一方的な……暴力。襲われたのはこっちなのに、なんだか素直に喜べないほどに。
「……っ」
ガンッ……!
しかし、魔族もやられてばかりではいなかった。拳の連撃、その隙をつき、魔族は勢いよく上半身を起こし、ノアリの額へと頭突きをぶつける。
その衝撃にノアリの動きは止まり、さらに魔族はノアリの顔の前に手のひらをかざすと、ノアリが後ろに吹っ飛ぶ。あれは、魔力の衝撃でふっ飛ばしたのか……?
「あ……」
後ろにふっ飛んだノアリは地面を転がり、うつ伏せに倒れるが、すぐに起き上がる。その顔は、やはりいつものノアリとは別人のように、激しく歪んでいた。
いつもの、ノアリを知っているのに……思わず、鳥肌が、立ってしまうほど。
「ガァああァアア!」
なおもノアリは、雄叫びを上げながら魔族へと向かう。魔族は落ち着いた様子で立ち上がり、剣を手にしていた。
ノアリに殴られた顔は、仮面のような顔はひび割れ、かすかに割れていた。その奥に、なにがあるのか……
「……なにも、ない?」
しかし、そこにあったのは闇……空洞のような、闇だ。あの、骸骨のような仮面を被っていると思っていた。ならば、その中に本当の顔があるはずだとも。
だと言うのに、そこにはなにもなく……不気味な、感じがした。
「ハハッ」
「ゥウ!」
ガンッ!
ノアリが腕を振るい、魔族は漆黒の剣を振るう。二つがぶつかり、鈍い音を響かせた。
漆黒の剣、あれはかなりの切れ味のはず……だが、ノアリの腕は斬れていない。先ほども肩から先を落とせないようであったが、まるでノアリの腕は剣と同等の硬さを持っているよう。
それは、あり得ない光景でもあった。
「いい、いいですよ! これです私が求めていたのは……互いに緊張の張り詰めた命のやり取り! 一歩間違えば死に繋がる、高揚!」
「ガァあ!」
剣と腕とか、ぶつかり合う。何度も、何度も。金属同士がぶつかり合うような音が響き、その度に火花が散る。
相変わらず、魔族の表情は読めない。それでも、どこか楽しげにしているというのは、わかった。
こんな状況で……笑って、いる。
「惜しむらくは、あなた、意識が飛んでいるようだ。まことに残念ですよ」
「!」
魔族は漆黒の剣、ノアリは両腕が武器のようなものだ。が、魔族は魔力を腕に纏わせることで、それを武器としている。四刀ともいえる武器が交錯する。
魔族は、ノアリの腹部を蹴り飛ばす。やはり、今のノアリは正気では、ない。
よたよたとふらつくノアリだが、その目は魔族を離さない。
「グゥああァ!」
「まさに、獣……!」
パン……!
ノアリの放つ拳を、魔族が受け止める……すると、その衝撃でノアリの、服の袖が弾け飛んだ。
「え……?」
その、露になった肌に、俺は愕然とした。おそらくはガラドも。
なぜなら、その肌は朱色に……染まっていた。いや、染まるというのは語弊だ。あれは……朱色の、鱗か?
ノアリの肌は、朱色の鱗で覆われていた。あの鱗、見覚えがある……そう、もう10年は昔になる。
たった一度だけ、会った……竜族の、体に。似ていた……




