向けられる視線
アンジーとヤネッサのおかげで、俺たちの傷の手当ては順調に済んでいった。軽傷、重傷、様々な傷を刻まれてしまっていたが、幸運にもどこかの部位が欠損した、なんてことはない。
そのため、回復は順調だった。
ただ、抜けてしまった歯まで生えてきたのには驚いた。
『魔導書事件』の話になるが、ヤネッサのときも欠損した部位はあった。
ただあれは腕で、なくなった部位から生やすどころか時間が経ってしまったせいで、くっつけることもできなかった。
腕に比べれば、歯は幾分復活しやすい部位ということなのだろう。
「……歯が……生えてる」
その割に、治してくれたヤネッサ自身が驚いた様子だったのは気になったが。
「……もう、大丈夫です。ありがとうございます、アンジー様」
「や、そんな、頭を上げてください」
向こうでは、意識を取り戻したアンジェさんとリエナが、アンジーに頭を下げていた。手当てしてもらったのだ、感謝の念は当然だ。
特に、リエナは死ぬ手前までいっていた……いや、実際には死んでいた。それを実際に救ったのは、ミライヤだが……
ともあれ、普段仕える立場のアンジーは、こうして頭を下げられることに慣れていないのだろう。
「アンジェもリエナも、そのくらいに。アンジーさんやヤネッサには後日改めて礼をしたい……が、今はここを離れた方が良さそうだ」
「……そうだな」
この場所には、人払いの結界が張ってあった。それが解かれた今、徐々に人の目は集まりつつあるのだ。
いつまでもこんな所に、留まっているわけにもいくまい。
「ひとまず、学園に戻る?」
「そうね」
俺たちは、学園へ向けて歩き始める。道中、アンジーとヤネッサに、セイメイの一件を軽く説明しながら。
……自分でも説明しながら、思い出していた。ノアリとミライヤ、それぞれの変化を。ノアリはやたら頑丈だったし、ミライヤはわざわざ思い出す必要すらないほどの変化だった。
その身に雷を纏い、すさまじい速さで斬り抜く。以前ノアリが、ミライヤの居合いは雷みたいだ、なんて言っていたが、あれでは本当に……
それに、2人がセイメイの腕を斬った際、なぜかセイメイは腕を再生させなかった。もしくはできなかった。
それに至っては、俺の最後の一太刀もなのだが……
「ねえヤーク、気づいてる?」
「ん? ……あぁ」
こうして歩いているだけなのに、居心地の悪さを感じてしまう。それは、ノアリも気づいていたらしい。とすれば、他のみんなも……
考え事をしていても、感じてしまう……周囲からの、視線。
視線を向けられること自体は、わりともう慣れた。『勇者』の家系だなんだというのも、もう割り切っているつもりだ。
……が、これはそういった物珍しさからくる視線ではない。
「これは……」
王族が、貴族が、町中を歩いている。それだけでも、人々の好奇の目は集まる。だが、これは物珍しさ以上に、とある感情が含まれている。
それは……シュベルトへの、疑念を含んだ視線。
「あれが、第一王子……」
「でも、本当は正式な第一王子じゃないんでしょ?」
「ずっと俺らを騙してたんだよな」
……そんな声は、もちろん聞こえてこない。シュベルトが第一王子であろうとなかろうと、シュベルトが王族であることに変わりはないからだ。
それでも……俺には、周囲の視線が、まるでこう言っているかのように、感じられたのだ。
「……」
周囲からの視線に、誰もなにも言わない。それを一番感じている、シュベルトでさえ。
考えてみれば、リーダ様の放送があってから、シュベルトと学園の外を出歩いていない。シュベルト本人も、ひとりで出ることはなかっただろうが……
改めて、向けられる視線の、厳しさを感じる。
「つ、つきましたね」
気づけば、学園の前についていた。それまでの道のりが、やたら長く感じたのは、果たして気のせいだろうか。
忘れていたわけではない……だが、今のシュベルトが外を歩けば、今のような視線を向けられるのだ。にも関わらず、シュベルトは俺たちのピンチに駆けつけてくれた。
「今日は改めて、ありがとうな2人とも」
「いえ、むしろ駆けつけるのが遅くなってしまい申し訳ございません」
「仕方ないよそれは」
「ヤーク、困ったことがあったらいつでも頼ってね!」
「はは、あぁ」
学園についた後は、アンジーとヤネッサとはお別れだ。本当なら、俺が2人を送り届けたかったところだが……
2人には悪いが、今日は疲れた。回復魔法で傷は癒えても、疲労までは回復していないのだから。
「シュベルトも、アンジェさんも、リエナも、ありがとうな」
「いいさ、困ったときはお互い様だ。ヤークには、いろいろ気を遣わせているしな」
「そんなこと……」
誰も、先ほど向けられた視線については話さない……だが、これは避けては通れない道だ。明日にでもきっと、話をすることになるだろう。
今日は、それだけの余裕が、みんなに残ってないだけで。
「はぁ、早くシャワー浴びたいわ」
「私もです」
そうやって、お互いの疲労を誤魔化すように、軽口をたたきあう。そうして、男子寮を女子寮に分かれて、それぞれの方向に進んでいく。
明日からは、また別の問題について考えることになる。そのためにも、今日はゆっくり休もう。
だが、不思議とこれまでのような、どうしたらいいのかという思いは小さくなっていた。今日、死ぬ思いをしたからか……あれに比べれば、どんな問題でも解決できる。そう、思ったからだ。
まだ国民の目は厳しいが、リーダ様もこれ以上ちょっかいはかけてこないだろうし。表立ってなにかが起こる様子もない。みんなで揃えば、きっといい案も浮かぶ。
そう、軽く考えてしまっていた……だが、実際のところ。表立って事が起こっていないだけで、事は動きつつあったのだ。静かに、しかし着実に。




