大丈夫、問題ない
「ノアリ! ミライヤ!」
視界に広がるのは……俺を助けようとしてくれたであろう、ノアリとミライヤが、それぞれ吹っ飛ばされている所だった。
セイメイの左手がノアリの腹部にめり込み、ミライヤは頭部を蹴られ……吹き飛ばさていく。その先に大岩があったためそれに衝突したことでノアリの勢いは止まるが、ミライヤは遠くへと飛んでいく。
「て、めぇ……!」
「おぉ?」
ノアリとミライヤが、少しでも気を散らしてくれたおかげか。セイメイの攻撃は、少し軽くなっていた。その隙を突き、思い切り力を込めて押し返す。
全体重をかけて、押し返せ……!
「お、らぁ!」
「おっとと……ほほぉ、いい力じゃな」
思いの限り力を込め、剣を押し返す。セイメイは少し後ずさるようにして、少し驚いたようであるがそれでも余裕そうだ。
くそ、こっちは押し返すだけで精一杯だってのに……息ひとつ、切らしてないのかよ。
「はぁ、はぁ……」
「戦意も気力も、引きはがす勢いで打ったのじゃがな。いい目をしておる……む、なにか剣に纏っておるな?」
「……?」
セイメイがなにを言っているのかよくわからないが、すぐに仕掛け直してくることはなさそうだ。俺は、剣を構え直し、警戒を続けたまま……少しずつ、移動する。
まず、近くにいるノアリの安否を確認しないと。あんな重い一撃を貰って、岩に激突したんだ。まさか、死んではいないと思うが……
「安心せい、殺すほどの力は使っとらんわい」
「!」
それは俺の心を、読んだかのような台詞。
不思議なことに、セイメイは動く様子はない。ただ、俺の姿を見ている。まるで、なにをするのか面白そうに観察しているようだ。
「ノアリ、ノアリ無事か!?」
俺はノアリが激突した岩の近くに移動する。ノアリは岩を背に、座り込むように倒れている。
話しかけても、応答がない。セイメイはあんなことを言っていたが、俺の中では悪い予感ばかりが……
「ん……く、けほっ……」
「ノアリ!」
弱々しくも、咳き込むノアリは、確かに生きていることを教えてくれた。それだけで、一安心だ。
だが、もう動くことは出来まい。骨の何本か、折れていてもおかしくはないのだから。
「ノアリ、生きてるな? お前は、そこでじっとして……」
「……うん、大丈夫よ。あんまり、痛くないから」
「いや、痛くないって……!?」
痛くないから大丈夫……それは、ノアリの強がりだ。ノアリはそういうところがある。だが、あの一撃がそんなやわなものじゃないことくらい、わかっている。
死ぬほどのものじゃなくても、動けやしない。だから、そんな強がりなんて言わず、そこでおとなしくしていて……
そう思いながら、振り向いた俺の目に映ったのは、驚くべきものだった。
「な、なんで……?」
「だから、痛くないんだって。ほら」
……ノアリは、立ち上がっていた。ケロッとした表情を浮かべ、何事もなかったかのように。
それさえも、強がりではないかと思った。だが、ノアリはその場で軽く跳ねたり、くるっと回って一回転したり……健康体であることを、アピールした。
それだけじゃない……服こそ、ボロボロで破れているところだってある。だが、出血している部分が、ないのだ。
「お前……大丈夫、なのか?」
「だから、そう言ってるじゃない」
強がりでなく、本当だ。本当に、大丈夫だと言うのだ。
だが、あんな重い一撃を受け、受け身も取らずに岩にぶつかって、無傷なんてことがあるか?
「ほらヤーク、相手から目を離さない!」
「え、あ、あぁ」
ノアリの言葉に、弾かれるようにセイメイを見る。セイメイは、未だ仕掛けてくる様子がない。
いや……それどころか、セイメイさえも呆気に取られているような……?
「はて……加減を見誤ったか。それとも……?」
ノアリが無傷であることに、当のセイメイも不思議そうにして、左手を握ったり開いたりして見つめている。
もしかすると、予想以上に俺へ意識を集中していたから、ノアリとミライヤへの攻撃の威力が本人が思っている以上に弱かったのかもしれない。
そういうことならば、ミライヤも無事なはずだ……!
「ねえ、ミライヤは……」
「あっちの方に飛ばされてった。お前も、岩にぶつからなかったらどこまで飛んでいたか」
ミライヤが無事だとして、このまま放置しておくわけにもいかない。だが、セイメイが簡単に通してくれるだろうか?
先ほどと同じような一撃を、また受けたら……どうなるかわからない。切れた左手も、じくじく痛み出した。どのみち、にらみ合いは得策じゃない。
「ノアリ、俺がセイメイの相手をする。だから、お前はその間にミライヤを……」
「はぁ!? あんたひとりで、どうすんのよ! さっきだって、私たちが助けに入らなきゃどうなってたか」
「それは、そうだが……」
「私がやるわよ。気を付ければ多分さっきみたいな攻撃でも避けられると思うし、だから……」
「いや、それこそ無茶だろ」
「でもミライヤをあのままにしておけないでしょ!」
「来ぬか? ならばこちらから行くぞ?」
俺がノアリがとやっている間に、ぞくりとしたプレッシャーがかかる。また、これか……!
正直な話、ひとりでも2人でもどうにかなる気がしない。ならば、俺が少しでも引き付けて、ミライヤを助けに行ってもらった方が……
「主らの得物と同じ剣で相手をしてやるのじゃ。もう少し粘れよ?」
「っ、来るぞノアリ!」
「わかってるわよ!」
「ははぁっ……っ……?」
来る……そう、構え今度こそは見逃さない。さっきのような突風が来ても、それに目を奪われずセイメイだけに集中する。
……そう、警戒心を最大に引き上げていたというのに。セイメイは、動く気配がない……いや、なくなった、といった方が正しいか。
今にも襲い掛かって来そうだったのに、急に動きが止まったのだ。そして、なぜか顔を動かし、キョロキョロと周囲を見回している。
まるで、なにかを探しているかのようだ。
「はて……人払いの結界は、ちゃんと機能しておるんじゃがの」
「え……」
「どーも、皆さん」
人払いの、結界……さっきセイメイは、人払いは済ませていると言っていた。つまり、これだけ騒いでも誰も騒ぎに気付かないのは、そういう結界を張っているからだ。
その、結界についての言及。その直後だ、俺のものでもセイメイのものでも、ノアリのものでもない声がしたのは。
聞き覚えのある、その声の主は……
「り、リーダ……様……?」
「はい、リーダです」
リーダ・フラ・ゲルド……この国の、第二王子だった。いつものように笑顔を浮かべている。
なんで、リーダ様がここに……結界、って言ってたよな。誰でも、入れる場所じゃないはずだ。なのに……
……その手に、手のひらサイズの石を持っている。あれは、見覚えが……
「ほほぉ、魔石か」
即座に気付いたセイメイの言葉。そう、それは魔石だ。
あれを使って、結界の中に入ってきたってことか。
「リーダ……確か、この国の第二王子じゃったか。例の投影魔術を起こした人物……主の協力者たるエルフは、よほどの魔術師であるようじゃな」
「そう言ってもらえて、彼も喜んでいると思いますよ」
リーダ様は、投影魔術の騒ぎを起こしたことで、彼の協力者にエルフがいることはわかっていた。セイメイ曰く、そいつは高度な魔力を持っているとも。
そいつが、リーダ様に結界を抜けるための魔石を渡した、ということか。
リーダ様は、セイメイを捜していた。そのために、大掛かりな投影魔術を使った。そして、今直接、2人は対面した。
「シン・セイメイ……会いたかったですよ」
「んん? はて……儂らに面識はあったかの?」
「いえ、個人的な目的で探していただけです」
リーダ様がなんの目的でここに現れたのか、それはわからない。だが、今2人は対峙したままだ。
この隙に、ミライヤを捜しにいくか……? いや、いかにシュベルトを貶めたっていっても、セイメイと2人きりにするのは……
「しかし、たったひとりで儂の前に姿を現すとは。その気概は褒めてやろうぞ」
「ひとりじゃ、ありませんよ」
「ヤーク!」
「え?」
ここに来たのは、リーダ様ひとりじゃない……もしかして、協力者であるエルフも来ているのか?
そんな予想は、続いて俺を呼ぶ声に裏切られた。またも、聞き覚えのあるその声は……
「しゅ、シュベルト!?」
「あ、アンジェさんにリエナ!?」
リーダ様の後ろから現れ、こちらに走って向かってくる……シュベルト、アンジェさん、リエナの姿だった。




