今は忘れ去られた4つの種族
突如現れた、例のエルフ……名を、シン・セイメイという。
本人曰く、面白そうだからここに現れたと言うが、悪いがこっちはちっとも面白くない。いろいろと、考えなければならないことが多いというのに。
「そう鬱陶しそうな顔をするな。同じ転生者同士、仲良くしようではないか」
「俺は、あんたと仲良くするつもりはない」
「なんじゃ、いろいろと教えてやったのに、愛想のない男じゃの」
……確かに、こいつには1年前、転生魔術というものについていろいろと教えてもらいはしたが。結局、俺自身のことはなにもわからなかった。誰が、なんの目的で俺を転生させたのか。
それが分からない以上、俺にとってはたいした情報ではない。
「じゃ、俺は行くとこがあるんで……」
「第一王子の所か? 今はひとりにしておいた方がいいと思うがの」
「……?」
屋上から出ていこうとする俺に、シン・セイメイは意味深な言葉をかけてくる。くそ、相変わらず人の注意を引くのがうまい話し方をしやがる。
「どういう意味だ?」
「誰しも、ひとりになりたい時というのはあるもの。それに、第一王子は次期国王の座を本気で狙っておった……その道が絶たれつつあるのだから、落ち込みこそしようものよ」
「!」
シュベルトが……次期国王の座を、狙っていた? なんだそれ、初耳なんだけど……
そりゃ、俺からシュベルトに、次期国王を目指しているのかとか、聞いたことはない。シュベルトからも、そんな話は聞いたことはない。
ただ、第一王子という立場である以上、自然とそうなるという……それだけの、気持ちで接していた。
「第一王子という立場上、否応なく次期国王の座につく、と思っておったか? いやいや、あやつは本気で、ある目的のために次期国王の座を狙っておったよ」
「ある目的……?」
「カッカ、少々喋り過ぎたの。後のことは本人から聞くといい」
「……」
なんでお前がそんなことを知っているんだ……とか、聞きたいことはある。だが、シュベルトの目的をシュベルト本人ではなく、第三者から聞くのは気が引ける。
ただ、適当を言っているだけかもしれない。だが、この男の言葉には妙な説得力がある。
「カッカッカ、この場に留まることを選択したか。それに、主も気まずかろう……あやつの婚約者、そして侍女。女2人で、第一王子を慰めておる最中かもしれぬぞ?」
「! シュベルトたちがそんなこと……!」
「怒るな怒るな、軽い冗談……いやじょーく、というやつじゃろうが」
こいつはとにかく、俺と話がしたいのだろうか? そのために、俺をこの場に留める言葉を選んでいる。
……もしかして、俺をこの場に留めているのは、俺をシュベルトの所に行かせたくないからとか? 俺がシュベルトの所に行くことで、こいつに都合の悪いことが……
「そう疑心を向けるでない。儂は善意から言っておるのじゃぞ? それに、主の気になっておることも、儂ならわかるかもしれぬ」
「……気になっていること?」
「そうとも。例えば……先の投影魔術を行った者について、とかの」
青年の見た目で、老人のような話し方をされると、ギャップがすごいが……もう慣れた。いや、それよりもだ。
今、とんでもなく気になることを言ったぞ!
「投影……魔術? もしかして、あのスクリーン映像のことか? エルフの仕業なのか?」
「……なんじゃ、気がついておらなんだか?」
いや、薄々予感はしていた……あんな、人間には不可能な現象。エルフ族か、それか魔石が絡んでいるのだと。
だが、その魔術とやらの名称までは、わからなかった。……また、魔術か。
「リーダ様に、エルフ族がついてるんだろうってのはなんとなく予想してた」
「ふむ。では主の想定しておる通りじゃ。第二王子が、とあるエルフの協力の下投影魔術にて、己の姿、声を一定範囲に届けた。およそ学園の敷地内じゃろうな。よもや、この時代にそれほど高度な魔術を使える者が居ようとはな」
投影魔術ってのは、どうやら相当高度なものらしい。この学園に居る、高度な魔力を持ったエルフといえば……
……クロード先生、か?
「いや、ないな」
そもそもあの人は自ら、リーダ様に注意するように言った。そんな人が、リーダ様に協力するわけがないか。
となると、外部から何者かが侵入したとか? この学園のセキュリティは万全だが、それほど高度な魔力を持つエルフならば侵入できるかもしれない。
……こいつみたいに。
「ん、なんじゃ」
「……いや」
なんにせよ、リーダ様と協力者のエルフ。もしかしたら他にもいるかもしれないが……彼らが、なにを考えてこんなことをしたのか。
……いや、考えるまでもないか。シュベルトを、第一王子から王位継承の権利を剥奪すること。第一王子ではなくなっても、王子という立場には変わりない。だが、第一王子でなくなれば、おまけに国民からの信頼を失えば、確実に次期国王にはなれなくなる。
リーダ様は、自分が国王になるために、シュベルトを引きずり降ろそうとしている。
それが悪いこととは、俺には判断できない。リーダ様だってどうしても、国王になりたいのかもしれない。だが……
「しかし、人の世とはまっこと愚かなものよな。出自を明かされた程度で、次期王位がぐらつくとは。鬼族や魔族など、種族によって力ある者ならば、誰が王であろうと文句などなかったというのに」
「……人ってのはややこしいんだよ」
そう、人間とは難しく、愚かなのだ。血筋ひとつで、簡単に差別することだってできる。貴族か、平民か……ただ、それだけの違いで。
シュベルトが、国王と女王でなく、国王と側室の子だったからといって、王族であることは変わらない。それは、これまでにも側室との子が存在していたことから、明らかだ。
問題は、その事実を隠し、女王との子として発表してしまったこと。罪があると言えば、そんな発表をしてしまった現国王だが……血筋を気にする貴族連中が、果たして今後なにを思うのか、俺にはわからない。
そう考えると、確かに力で王を決めるってのは、怖いがシンプルな……
「……鬼族?」
ふと、聞いたことのない種族の名が出てきた。魔族は、当然知っている。直接戦ったことがあるのだから。だが、鬼? そんなの、知らないぞ。
よほど変な顔でもしていたのか、俺の顔を見たシン・セイメイは呆れたように息を吐いた。
「その顔、もしやとは思うが……鬼族の名を、知らんのか?」
「あぁ、知らん」
「……はぁ」
わかりやすく、ため息を吐かれた。そして、近くのベンチに腰を下ろし、さらにため息。
「よもやよもやよ。鬼族の名も残ってはおらんのか……嘆かわしい時代になったものよ」
なんだか、俺が申し訳ないことをしている気分だ。
だが、実際に聞いたことも見たこともない。俺は転生してから、暇さえあれば鍛錬か本を読んでいたが……そんな名前、どこにも載っていなかった。
「けど、そんなに落ち込むこと?」
「……はぁ」
何度目かのため息を吐かれた。
「よいか。かつてこの世の頂点に立った種族が4つ居った。竜族、鬼族、命族、魔族……それぞれの長を王とし、竜王、鬼王、命王、魔王と名乗った」
「頂点なのに、4種族なの?」
「それぞれの勢力バランスが拮抗しとったんじゃよ。で、王が世界を4つに分け、互いに干渉をなくすことで世界に均衡を保った。……かつて世界の実権を握るまで上り詰めた4つの種族。よもや存在すら、認知されていないものもいるとは」
……正直、規模が大きすぎてさっぱりだ。だが、聞き覚えのある単語もいくつかある。
竜王……かつて会った竜族の長、ザババージャさんが竜王だった。考えてみれば、竜族についても、ジャネビアさんが武勇伝として本に残してなきゃ、その存在も知らなかったかもしれない。
それに、魔王もか。……人間族の名前がないけど、人間が生まれる遥か昔の話ってことかな。
が、聞き覚えのないものがもうひとつ。
「命族、命王……?」
「今で言う、エルフ族のことじゃ。我らは、生命を司る種として存在していた。時代の流れによって、呼び名が変わったようじゃがな」
なるほど、エルフ族か。やっぱり、すごい種族なんだなエルフ族って。
種族の長を王とするなら……今の命王は、ジャネビアさんってことになるんだろうか?
「ちなみに、始まりの命王……最古の王は、この儂じゃ」
「……は?」
得意げに、シン・セイメイが笑う。始まりのって……でも、嘘つく必要もないしな。
そういえば、魔術を作り出したのもこいつだって話だったな。じゃあエルフの王は、体内の魔力力で決まるとかかな。
「ま、世間的には儂は死んだことになっとるがな。転生を繰り返し、時代を渡っておるからの」
……自ら転生をし、時代を渡っているというこの男。かつての4種族の名前が忘れられたこと、時代の衰退に嘆いている節もあるが、どこか楽しそうにも見える。
「鬼族ってやつだけ、聞いたことがない。いや、鬼って単語は知ってるけど、それが実在した種族だなんて」
「無知とは愚かしいものよな。鬼族とは、古来より雷を操るとされている種族。見た目は人間と変わらんよ。ただ、額から生えておる角が特徴よ」
雷を操る、角が生えた種族か……角が生えてるってのは知っている鬼のイメージそのものだが、実際にそんな種族がいたなんて信じられないな。
けど、実際に竜族だっていたんだ。今も、どこかにいるのかもしれない。
「かつてはその存在を知らぬ者は居らぬほどだったというのに……今や名を変えた、エルフ族だけが世に残っておるとはな。それとも、名を変えることで時代に適応した結果というのか」
知っている種族が、もうこの時代では認知されていない。ってのはどんな気持ちなんだろうな。俺には関係のないことではあるが。
鬼族はもちろん、竜族だって認知されてはいない。魔族だって、魔王を討ち倒してからはこの世から消えたようだし。かつての世界の名残は、もうないのだろう。
「……ちなみに、魔王って死んだら、どうなる?」
ふと俺は、自分でも気づかないうちにこんなことを聞いていた。なぜだろう……ずっと、胸の奥で引っかかっていたことだからだろうか。
再び甦る……その言葉が、気になって仕方がないのだ。
「んん? ……魔族、いや魔王は少し特殊でな。魔王が死んでも、次の魔王が選出される。何十年か、何百年か……新たな魔王が生まれる。そして、魔王の誕生と共に、魔族も出現する」
「……選出? 誰が、どうやって」
「そこまでは知らん」
……魔王は、蘇る。それを知っていたから、あの時魔王はそんなことを、言ったのだろうか? ……なんだか、腑に落ちない。
それに、魔王は国宝で消滅したはずだ。それでも、蘇るなんてことがあるのか? なんか、胸の辺りが、ざわざわする。
「つまり主は、魔王に興味があるわけじゃな?」
「それは……」
「自発的に儂に質問したもの、それに興味がないわけではないからの。そうかそう……儂は、主の転生前の姿も名前も知らん。じゃが……うっすらと、見えてきたぞ?」
別に、この男に転生前の俺のことを知られてもどうとも思わないが……やっぱ、見透かされてるのは変な気分だ。
「さて、と。儂ゃそろそろ帰る」
「は?」
急に立ち上がり、帰るなんて言い始めた。あれだけ散々話して俺をこの場に留めておいて。いや最終的に残っていたのは俺だけども。
自由過ぎる……しかし、周囲を見てみれば夕日が沈みかけている。かなり話し込んでいたらしい。
「ま、今の時代に残っていない王のことよりも、主は第一王子のことを考えてやるがいい」
「……一応聞くけど、リーダ様に協力しているエルフの名前とかって」
「知らん」
だよな……だが、協力者にエルフがいるとわかっただけでも、充分な収穫だ。
この時間ならば、シュベルトも落ち着いているはずだ。リーダ様に協力しているエルフのことも、話し合わないとな。
「一応、礼は言っとく」
「カッカ、いい心がけじゃ。また見えようぞ、転生者よ」
びゅうっ……と、強い風が吹く。たまらず目を閉じてしまい、その僅か数秒後……風がやみ、目を開けると、そこにシン・セイメイはいなかった。いきなり現れて、いきなり消えるとは。
……ホントにあいつ、話に来ただけなんだろうか。暇、なんだろうか。




