混乱
シュベルト・フラ・ゲルドには、ゲルド王国次期国王としての、王位継承権はない……そう宣言したのは、シュベルトの弟である、リーダ・フラ・ゲルドだった。リーダ様の存在が、シュベルトにとっての良くないことになる……そう感じていたのに、結果こんなことになってしまった!
ゲルド王国第一王子でありながら、その血筋は国王と女王のものではない。国王と側室のもの……本来は女王との第一子を次期国王ととするはずが、側室との子を次期国王として発表した。
それは王族の中でも一部しか知らないほどに、トップシークレットな事柄だ。シュベルトの婚約者であるアンジェさんから聞いたノアリ、ミライヤ……彼女たちから聞いた俺など、王族以外も知っている可能性はあるが。
そう考えれば、第三者の口から、シュベルトの出自の秘密が漏れる可能性はないとは言えなかった。それでも、話す相手はちゃんと信頼の置ける人物のはずだ。
だが……
「まさか、実の弟から……!」
シュベルトの出自の秘密は、実の弟であるリーダ様から明かされた。シュベルトは、国王と側室の間に一番最初に産まれた人物……しかし、リーダ様は国王と女王の間に産まれた、本来であれば第一王子となるべき人物。
産まれた順番が違ったことで、複雑な関係になってしまった。もしも国王が、側室とではなく……それこそ歴史の王族に倣い、女王との間に第一子を設けていたならば、このような事態にはならなかっただろう。
その場合、シュベルトは第一王子という肩書すらなくなるわけだが……俺にとっては、友人がどのような肩書だろうと、大した問題ではない……!
「シュベルト!」
俺は、校内へと入り、その足で階段を駆け上り……屋上へと続く扉を、蹴破るように開いた。そう、俺の目的地は屋上……ここに、目当ての人物がいるはずだ。
確証はないが、それでもおおよその見当は、この場所を思い浮かべていた。
「……ヤーク?」
屋上の中心へと進む俺にかけられた声は、毎日聞き慣れた……しかし、どこか震えている声。振り向き、少し移動。屋上に入ってきた扉……そこにある壁の上に、人影が立っていた。
3つの影。それが誰であるか、考えるまでもなくわかった。
「シュベルト……」
そこにいたのは、探していたシュベルトだ。さらに、その横にはアンジェさん。それにシュベルトの侍女である、リエナもいる。
屋上の扉、その壁の上は少し広めのスペースがある。人が5人くらいならば余裕で座れるくらいの。シュベルトたち3人は、そこで昼食をとっていたのだろう。
俺は、壁に設置されていたハシゴを登り、シュベルトの目の前へ。
「ヤーク、どうして、ここに」
……いつも明るく、初対面の俺にもフレンドリーに接してくれたシュベルトが……どこか、暗い。落ち込んでいる……というよりは、ショックを受けている、といったほうが正しいだろうか。
ショックを受けている、その理由……それは、考えるまでもない。
『……兄シュベルトは、次期国王に、ふさわしくはない! 僕こそが、次期国王としての正当な血筋を受け継いでいる!』
今なお、演説のように続く、リーダの言葉だ。ここでも、地面にスクリーンが、リーダ様の顔が、映っている。
校内を走っている間も聞こえていた……シュベルトの出自が、偽りであったこと、よってシュベルトは次期国王にふさわしくないこと、自分こそが国王と女王の血筋を受け継いだ正当な後継者であること……
それはシュベルトを貶めると同時に、自分が次期国王に立候補する、といったものだ。リーダ様に、シュベルトを貶める意思があるのかはわからない……結果そうなっているだけかもしれない。
だが、それは同じことだ。リーダ様にシュベルトを貶める意思があろうとなかろうと、これを聞いた生徒たち、教師たちは、少なからずシュベルトへの態度を変えるだろう。
「……まったく、やられたよ」
身内からの、このような行為。なんと言葉をかけたらいいのか。それがわからず黙り込む俺に、シュベルトは苦笑いを浮かべつつ、言う。
「出自を、このような形で明かされるとは。これじゃ、みんなからの信頼なんて地に落ちたようなものだよ」
……シュベルトは、リーダ様のようにカリスマ性がある、わけではない。いや、カリスマ性はあるんだ……ただ、リーダ様のように派閥が作られるほど、人が集まってこないだけだ。
それは人気がないからではなく、第一王子という肩書ゆえに気軽に声をかけられないから。逆に第二王子という肩書のリーダ様には、案外気安く話しかけることができ……いつしか、人が集まるようになる。
シュベルトはフレンドリーで、話せばいい人なのはみんなわかっている。それでも、同じ組以外で積極的に話しかけてくる者がいないのも事実。だからどうしても、話しかけやすさでリーダ様に劣ってしまう。
「申し訳ありません。このような事態、未然に防ぐことができれば……」
力なく笑うシュベルトに、頭を下げる人物がいた。リエナだ。彼女は、シュベルトの侍女として、今回の件に責任を感じているのかもしれない。
リエナも、シュベルトの出自については知っていたらしい。そんな彼女に対し、シュベルトは……
「いや、リエナのせいじゃない。であるはずがない。こんなの、誰も予見なんてできないよ」
そう、返した。そうだ、こんなの、誰にも予見できるはずがない。まさか身内から、こういった話を暴露されるなんて。
屋上から、校庭を見渡すと……やはり、混乱した様子の生徒ばかりだ。屋上に他に生徒がいないのは良かったが、迂闊に校内に戻ればどうなることか。
「シュベルト様……ここは、身を隠しておいた方がいいと思います」
「私も、そう思うわ。なにが起こるかわからないもの」
リエナ、そしてアンジェさんの言葉には、俺も同感だ。今はまだ混乱だけで済んでいるが……これが悪化したら、どうなってしまうか。
予想できないからこそ、今は姿を隠しておいた方がいい。
「午後の授業も、休んだ方がいい。俺も、みんなの反応を集めてみるから」
「……すまない、頼む」
……しかし、この放送……のようなもの。まさか、校外にまで発せられてないだろうか? 校内だけでも大混乱が予想されるのに、もしも校外にまで情報が渡ったら……
そうでないことを祈るしか、ないか……!




