褐色エルフの教師
新年、あけましておめでとうございます!
今年も、よろしくお願いします!
キャーシュの一件があり、その後別れ、俺とノアリは学園へと戻った。キャーシュはどうやら、通っている学園が休日だったようで、だから休日にお出かけをしていたのだという。
キャーシュの通っている学園は、騎士学園とはまったく違い、騎士学園が武であるならキャーシュの通っている学園は知。まあ頭のいいやつが通う所だ。
ライオス家は俺が長男だが、ほぼほぼ家督を継ぐのはキャーシュみたいな感じになっている。この国では、長男だから……というのはなく、次男であろうと家督を継ぐことは可能だ。
俺がライオス家を継ぐ気がない……というのが一番だが、もちろん理由を口にはしない。誰が、あんな男の家を継ぐものか。それに、いずれ殺す相手だ……家なんて、なくなるかもしれない。
……長男が家督を継がなくてもいい、対して王族は第一王子が王位を継承する……このあたり、同じ国であるが対極だ。
「おや、ライオスくん、カタピルさん」
学園の敷地内へと戻ると、ふと声をかけられる。凛と透き通るような、なんというか爽やかな声。聞いていると、なんだか心地よくなるような声だ。
正面に立っていたのは、背の高い、褐色の金髪エルフだった。
「あ、こんにちはクロード先生!」
「はい、こんにちは」
名を、クロード。エルフ族の男性で、物腰柔らかな落ち着いた雰囲気が印象的な人だ。その見た目や声から、女子生徒からの人気が高い。
金髪は肩まで伸ばしており、後ろで一つに、纏めている。肌も綺麗だし、一見女性だと間違ってしまっても不思議ではない。
「仲がよろしいですね、お二人は」
「えへへ、そうですかねぇ」
ノアリは、クロード先生に結構なついている。というのも、クロード先生とはそれなりに絡むことが多いからだ。
入学試験の際、結界を作り張っていたのはこの人だ。他にもエルフの教師はいるが、その中でもクロード先生は1、2を争うほどの魔力の持ち主。『魔導書』事件で、ヤネッサを始め治療をしてくれたのも、彼だ。
さらに、こうして学園内で会うことも少なくなく、こうして話しているうちに、親しくなった。なにより……
「先生、最近よくヤネッサの調子を見に行っているみたいですね」
ヤネッサとクロード先生は、エルフの森にいた頃からの知り合いなのだという。どうにも近所に住んでいた幼なじみのような存在で、年の離れた兄弟、という関係だったらしい。
もちろん、アンジーとも知り合いだ。アンジーは村長の孫で顔が広かったし、ルオールの森林でアンジーを知らない者はいなかったとのこと。
クロード先生は、ヤネッサの治療をしてからも、よくヤネッサの所へ訪れているという。クロード先生の力でも、ヤネッサの腕をくっつけることはできなかった。やはり、時間が経っていたこと、腐敗が進んでいたことなどが原因らしい。
ヤネッサが、ひとりでこの国に暮らすという選択ができたのも、クロード先生の協力あってといっても過言ではない。
「あの子は、手のかかる妹のようなものですからね。人懐っこいけど、ライオスくんにはよくなついているようで」
「あっはは、まあ」
俺とヤネッサが親しい理由に関しては、深く話してはいない。単に、家のメイドをしていたアンジー繋がりで親しくなった……という程度の説明だ。
だって、わざわざ『呪病』事件の時に旅の最中で知り合った、なんて言えないし。それに、アンジー繋がりで仲良くなったのも、嘘ではないしな。
それから、他愛ない話を少し交わしていく。主に身の回りのことから、だんだんと学園内の、不穏な動きについて……
「そういえば、最近……1年生の間で、大きな派閥なるものが作られているようですね」
「……あぁ、リーダ様の」
クロード先生の言葉に、思い当たるのはひとつだ。騎士学園に入学した、新入生。リーダ・フラ・ゲルド……彼の周りには、多くの人が集まっている。彼が先導しているわけではない、彼の周りに、自然と人が集まるのだ。
すでに、それは一大勢力とも言えるほど規模の大きなものだ。多分、新入生の半分がすでにリーダ様に心酔している。とはいえ、なにか問題があるわけでもない。
派閥があるなら派閥があるで、それで学園の風紀が乱れているわけでもない……むしろ、そういう奴らを取り締まったりしている。積極的な善意行動が、また人を惹きつけている。
そしてそれは……考えているのかいないのか、シュベルトの立場を危うくさせかねない行為でも、ある。
「リーダ様……彼は、人を惹きつける魅力がある。それはシュベルトも同様だけど……」
「……親しみやすさで言ったら、全然違うわよね」
リーダ様は、派閥が作られるほどのカリスマ性を持っている。シュベルトだってカリスマ性という意味では、負けてはいない。
だが、結局は親しみやすさなのだ。第一王子と第二王子、その立場の違いが、話しかけやすさを変えていく。シュベルトは、同じ組の連中とは親しくはなってはいるが、それもリーダ様と比べれば全然遅いと言える。
リーダ様がシュベルトをどうこうしようと思っていなくても、周りの人間はどうかわからない。もしも、リーダ様を次期国王に祀り上げたいと思ったとき……王位は、どうなってしまうだろうか。
「教師としては、問題を起こしていなければ生徒をどうこうする気は、ありません。ただ……」
「ただ?」
「……リーダ・フラ・ゲルド。彼には、注意しておいた方が、いいかもしれませんね」
クロード先生は目を細め、意味深なことを呟く。その言葉の意味するのがなんなのか、俺にはわからなかった。
どういう意味か、それを聞こうと思ったが、「これから予定がある」とクロード先生は足早に行ってしまった。わざわざ不穏になるようなことを言い残さなくても。
……とはいえ、注意した方がいいというのは、俺も思っていたことだ。注意と言っても、なにをどうすればいいのか考えているわけではないが……いや、そういう心づもりでいるだけでも、違うはずだ。
リーダ様とは、例のエルフの話をして以来、話をしてはいない。エルフといえば、同じエルフであるクロード先生にも聞いたのだろうか。ま、聞いてわからなかったから俺にも一応、聞いたのだろう。
「注意、ねぇ。けど、リーダ様はいい人そうだし、そんなに注意しなくてもいいと思うんだけど」
「……リーダ様は、な」
本人はどうでも、周りの人間はわからない。だから、リーダ様をというよりは、リーダ様の周りにいる人間に注意した方がいいだろう。
仮に彼らが、リーダ様に王位を継承してほしいと思った場合……第一王子であるシュベルトに、危害を加える可能性は高い。王位継承については、王位を引っ張り合うために表面化での争いは禁止している。
……が、裏を返せば、水面下でなにが起きる可能性はあるということだ。それに、基本的に王位は動かないとはいえ、第一王子が死んだりしたらさすがに王位は第二王子へと移動する。
だから、結局は水面下で王位継承の奪取が起こっていてもおかしくないのだ。それを阻止するために、注意をしておかなければならない……そういうことだろう。
「ま、ここは学園内だ。変な動きなんてできないし、そんな気張る必要もないさ」
「それもそうよね」
そう、ここは学園内。『魔導書』事件のように、学園の外で事が起きる可能性はあるが、シュベルトは基本学園の外へはあまり出ない。なので、学園内で気をつけておけばいい。
だが、学園内でトラブルなど、まず起きない。常に肩肘張って、緊張しておく必要はないってことだ。
……そう、思っていた。そして、それが甘いことだったとわかることになるのは、それからすぐ……翌日のことであった。
後になって思い返せば、クロード先生の言葉は、まるで予言のようだった。




