急転直下の兆
ガルドロとギライ・ロロリアの2人と面会した俺たちは、地下から地上へと戻った。いくつか質問し、聞きたいことは聞けたため目的は果たせたと言えるだろう。
改めて、ヤネッサにお礼を言う。今回の件で、ヤネッサには世話になりっぱなしだ。
「ありがとうな、ヤネッサ」
「なんてことないよ! ヤークのためなら、私なんだってやるよ!」
ありがたいことだ。今日は休日だし、そのままヤネッサに町を案内することに。欲しいものがあったら買ってやりたい。
これまでの間にも、ヤネッサは町を見て回っていたはずだ。だが、なんとも大げさなくらいのリアクションで、楽しんでくれた。
「ぷはー、おいし!」
デザートをごちそうする。とても美味しそうに食べてくれたため、俺としても奢ったかいがあるというものだ。なぜかノアリにもたかられたが。
楽しい時間はあっという間に過ぎるものだ。外は暗くなり、門限が近くなってきたところでヤネッサと別れる。見た目は同じくらい、中身はもっと年を取っているはずだが、まるで子供のようだ。
「賑やかな人ね」
「だな」
ノアリは、すっかりヤネッサに気を許したようだ。当初は、命の恩人とまではいかなくてもそこに近しいところにいたから、どこか遠慮した様子だったが。
その日は、ヤネッサのおかげで進展があった。まだ事件は終わっていない……真犯人が、どうしてミライヤを拐ったのか、わからない。となれば、ミライヤをひとりには出来ない。
今は、ビライスとデート中のはずだ。ビライスも相当な実力者だし、誰かに襲われても問題はないだろう。
「……そうか、そんなことが」
ノアリとも別れ寮にて、部屋に戻った後、シュベルト様に報告した。彼もミライヤのことを心配していたからな。
シュベルト様も、今日面会に同行したかったようだが、やはり王族だからか休日であっても予定が詰まっているようだ。
なのでこうして、俺から話をしている。もちろん、俺の主観込みになっているから、ちゃんと伝わっているかは疑問であるが。
「しかし、ナーヴルズとロロリアか……なにが目的かはわからないが、こんな凶行に走るとは」
「……」
予想外だ、といった顔を、シュベルト様はしている。それは、2つの家と関わりがあり、少なからず2人の人柄を知っていたがゆえだろう。
俺としては、どういう人物かは知らないから不思議はない。どころか、俺から見た2人はああいうことをしても不思議ではないと思う。やりすぎではあるが。
シュベルト様は、いざというときのために情報を集めておきたいのだそうだ。すでに、内々に動いてくれているらしい。ガルドロとギライ・ロロリア、彼らになにがあったのかを。
「リエナを通じて、動いてもらっている。それに、ミライヤの護衛もな」
シュベルト様の護衛であるリエナさん、彼女はリィを通じて、いち早くミライヤの状況を得ていた。それと今回の件を含めて、すでに動いてくれている。シュベルト様の命が出る前から自ら進言して、だ。
リエナさんも学園の生徒である以上、外を調べることは出来ない。なので、リエナさんの同業者に外から調べてもらっているようだ。
「早く犯人が、捕まるといいがな」
「ですね……いろいろ、ありがとうございますシュベルト様」
「はは、ミライヤのことでキミにお礼を言われるのは変な気分だな。というか、そろそろ呼び捨てで呼んでほしいな」
「あはは……」
シュベルト様を呼び捨てできるのは、まだ先になりそうだ。
……それからまた数日が経った。相変わらず事態が動くことはないが、それは平和が続いているということでもある。
「えへへぇ」
どうやらミライヤは、ビライスと順調に距離を縮めているらしい。見ているこっちが恥ずかしくなるほどに、とろけた表情をしている。
順調であるか聞かなくてもわかる、とはまさにこのことだろう。あの後も、よく2人でいるところを見かける。
何度かの休日を2人で出掛けるほどに、仲は進展している。初めのうちはノアリ主導で尾行していたが、最近ではそんなこともない。ただ静かに、見守るのみだ。
「でもなんだか寂しいわねー。でも、ミライヤのことを真剣に考えてくれてるのがわかるし、悪いやつじゃないし。大切に想ってくれるなんて、いいわよねー」
ミライヤと過ごすことが減ったが、それに対してノアリは文句は言わない。むしろ2人の仲を応援している。
その際なぜかチラチラ視線を感じたのだが……ビライスがいいやつだと、同意を求めているのだろうか。確かに、それは間違いないことだ。
……そんな調子で、ミライヤを救出してからひと月が経った。その間、ミライヤとビライスの関係が進展する一方で、相変わらずガルドロとギライ・ロロリアはなにも喋らない。
いや、それは違うか。喋っても、自分は悪くない、ここを出せといった、代わり映えのないものばかりだ。罪を認めず、ミライヤへの謝罪はない。
ただ利用されていただけ、としたら同情も少しはあるが……ミライヤを、平民を見下し謝罪のひとつもない奴らに、そんな気持ちを抱くのはやめた。
「ヤッホー、ヤーク!」
「よ」
まあ、それはいい。事件は進展を見せないが、いつまでも気を張っているわけにもいくまい。今日はヤネッサを誘い、町中に新しくできたスイーツ店に行くのだ。
同行者はヤネッサ、そしてノアリ。ミライヤは今日もデートでいないが、時間があるときに2人は顔を会わせている。ミライヤが、平伏しっぱなしだったっけ。
確か、ミライヤの実家にビライスを招くのだとか。これは、ゴールインまでそう遠くはないのかもしれない。
「それにしても、ヤークとノアリは仲がいいよねー」
「そ、そうかしら?」
ふふん、とどこかノアリは自慢げだ。腕を組み、ご満悦な表情。そんなにスイーツが食べたいのだろうか。
ヤネッサもこのひと月のうちで、この国に馴染んだようだ。いつまでここにいるのかは決めていないが、少なくともこの事件が解決するまでは、居るとのこと。
「うーん、おいしい!」
「これは絶品だわ!」
スイーツ店にて、話題のスイーツを注文。それはケーキのようだが、ふわふわの生クリームが頬を落とすほどにふわっふわだ。
周りを見れば女性のみか、カップルばかりなので……2人がいて、助かったな。ひとりだと確実に浮いてた。まあひとりで来ることもないだろうが。
そうして、甘いもので腹を満たした後。食後の散歩も兼ねて、町を見て回ることに。帰りに、ミライヤにお土産のケーキを買っていこう。
いろいろなものを見て、笑い、それらを堪能した。日も傾きかけてきた、そんな時だった。
「ふんふん……ん?」
購入した物品を、袋に詰めて抱きかかえていたヤネッサ。彼女のスキップが、鼻唄が、止まる。それに伴い、俺たちも足を止める。
ヤネッサは、キョロキョロと辺りを見回している。いったい、どうしたというのか。
「どうしたの、ヤネッ……」
「……血の、におい」
問いかけるノアリの言葉を遮るように、呟くヤネッサの言葉は……不穏な、ものだ。
俺も鼻に集中して嗅いでみるが、当然ながらにおいは感じられない。やはり、ヤネッサだから感じられるのだろう。
しかし、単に血というのなら、誰かが転んだ可能性もあるが……ヤネッサの表情は、険しい。
まるで、その血の主が、知り合いであるかのように……
「……ミライヤちゃんの、血?」
「!」
その言葉を聞いた瞬間、俺はヤネッサの肩を掴んでいた。だが、そんな俺にノアリは、落ち着けと言わんばかりの視線を向けてくる。
そうだ、落ち着け……ミライヤは、ビライスと一緒にいるはず。あいつが一緒なら、滅多なことは起こらない。少しミスして、転んだとか、そんなのだ。
「ううん、ミライヤちゃんだけじゃない……それに、この血の量は……ミライヤちゃんが、危ない!」
「! ヤネッサ、案内して!」
ミライヤが危ない。それにいち早く反応したのは、ノアリだ。ヤネッサもうなずき、すぐに走り出す。俺たちも、あとに続く。
ミライヤが、危ない? 一緒にいるビライスもやられたのか? ミライヤだけじゃないって、そういうことか?
ヤネッサはビライスと、ミライヤ救出の日に会っているが、雨と刺激臭で鼻は効かなかった。その後会うこともなかったし、ビライスのにおいをわからなくても無理はない。
「こっちだよ!」
走る、走る、走る。人気のないところに、向かっていく……まさに、ミライヤ救出の時と同じだ。
人気はない。だが、家は結構建っている。ここは……平民が多く暮らしている区域、か?
「あそこ!」
そんな中、ひとつの建物をヤネッサは指差す。そこは、大きくもなく小さな一軒家……以前見た、ボロボロの建物などではない。人が住んでいそうな、普通の家だ。
扉は閉まっている。だが、切羽詰まっていたヤネッサは、扉を蹴り開けた。俺も、それを咎めるつもりはない。もし家主が無事なら、まず謝る。それだけだ。
……家主が無事なら。
「っ……!」
室内に入ると、鼻を刺激臭がくすぐる。刺激臭といっても、あの部屋のようなにおいではない。これは、血だ……ヤネッサでなくともわかる。
間違いなく、この家でなにかが起きている。なにが起きているのか、確かめる……までもなかった。そこに、においの正体となる光景が、広がっていたのだから。
「ぁ……」
男は、そこに立っていた。俺たちに、背を向けるようにして……その手に持つ剣から、赤い液体が垂れている。それがなんであるのか、考えるまでもない。
ポタポタと……床に、血の水溜りができている。その男の正面……2人の人間が、男女がそれぞれ、倒れている。夫婦、だろうか。壁にもたれ、背を預けて座り……その胸元から、血を流している。
どちらも、意識はない。それどころか……
「……」
血に濡れた剣を持った男、正面に傷つき倒れた男女……それだけでも、この場でなにがあったのか、想像するのは難しくない。
だが、それよりも目に入ったものがある。視線を、横にずらす……右側の壁に、倒れている人物がいた。女の子だ。短いスカートを履き、おめかししていたであろう純白の服は、赤く濡れている。
しかし、注目したのは彼女の無惨な姿……その、顔だ。彼女は無惨な姿だった、それでも、それだけなら、ここまで衝撃を受けることはなかっただろう。
「……ミラ、イヤ?」
そこに居たのは……見間違えるはずもない、ミライヤだ。ミライヤが、血に濡れ、倒れている。あの元気な姿とはまったく違う、痛々しい。……痛々しい? それだけではない、それだけではないのだ。
……ミライヤの両足が、なくなっていた。正確には、膝から下が、切断されていた。
「っ……」
「なに、これ……」
ノアリが驚愕に口を塞ぎ、ヤネッサが呟く。なにがなんだか、わからない。それは俺もだ。
切断された足は、そこにある。だからこそ余計に、そこで切断されている、というのがありありとわかる。斬られた断面図から見える内部が、グロい。
なんでミライヤが、こんなことになっている? なんでこいつが、こんなことをしている?
「なんだこれは……どういうことだ! 説明しろ、ビライス!!」
「……」
血に濡れた剣を持ち、そこに立つ男……ビライス・ノラムは振り向いた。不気味なほどの無を、その表情に浮かべて。




