面会
ガルドロとギライ・ロロリアを学園側に引き渡したあと、俺たちは自分の部屋に戻った。
時間帯も遅かったし、なにより門限の問題もある。だが緊急事態ということで事情を説明したら、処分は追々決めると言われた。詳細は、また後日だとも。
部屋に戻ると、シュベルト様がむくれていた。なんせ、こんな時間まで帰らなかったのだ……ミライヤのことを心配していたのはシュベルト様もなのに、結局相談する前に救出しちゃったし。
なので、遅くなったことへの謝罪と、ミライヤを助けに行った詳細を話した。それを聞いたシュベルト様は、王族の力で家ごと潰してやろうかと燃えていたが、さすがに詳細がわからないうちからそれは過激だと感じた。
「まあ、ミライヤの意見も聞いてからで……」
なんとかその場を収め、その日は終わった。翌日、学園へ登校する前に、来客があった。
「朝早くに、失礼します!」
それは、ミライヤだった。朝からの訪問を深々と告げたあと、昨日助けてくれたことに対しても深々とお礼を頂いた。
組も同じなのだし、教室に行ってからでもよかったのに……と思ったが、本人曰く、早く礼を伝えたかったのだという。昨日は、ミライヤほとんど寝ていたもんな。
「しかし、ミライヤちゃんが無事で良かったよ。心配してたから」
「あわわ、しゅ、シュベルト様がわた、私を、しし、心配……申し訳ありません!」
「あはは、そこはありがとうがいいな」
王族の人間に心配される……ミライヤにとって、恐れ多いんだろうな。わかるが。
ちなみに、ノラムの部屋には先に行ったらしい。同室の生徒に妙な顔をされたようだが、お礼を伝えるのはしっかりとやったみたいだ。
「では、私はこれで!」
と、お礼も早々にミライヤは帰っていった。どうせ同じ教室に行くのだから、一緒に行けばいいのにと思ったが……まあ、女の子にはいろいろあるか。
その後、教室に行き、ノアリとも会う。ノアリも、やはりミライヤに朝イチでお礼を言われたそうだ。ミライヤも律儀だ。
「アンジー様とヤネッサ様にも、会わせてくださいね!」
と、ミライヤに念押しされた。2人にも、お礼を言いたいのだそうだ。
その2人だが、アンジーは呼べば会えるし、それはヤネッサも同様だ。特にヤネッサには、体調が戻ったらガルドロとギライ・ロロリアに会わせる必要がある。
そのガルドロとギライ・ロロリアだが、どうやら学園の地下にある、独房のような部屋に入れられているようだ。一応の治療はされているが、当然武器となるものは取り上げられている。
その2人に、ヤネッサを会わせさえすれば……
「ヤーク様、ノアリ様、ミライヤ、おはようございます」
そこへ、ノラムがやって来た。珍しいな、人が多い中で向こうから声をかけてくるとは。昨日の件で距離が縮まっただろうか。
「おはよう、ノラム……いや、ビライスって呼んでいいか?」
「! 光栄です」
いつまでもノラムノラムって呼ぶのもな。共にミライヤを助け出した中だ、こちらからも、距離を縮めたっておかしくはない。
昨日の一件があったからといって、俺たちの関係が大きく変わるわけではない。ただ、ビライスがよく話しかけてくるようになった。
それに……
「あの、の、ノラム様、今度の休日、どこか、お出かけに……」
ミライヤが、積極的にビライスに話しかけるようになった。どうやら、あの一件が2人の……というよりビライスに対するミライヤの距離を、縮めたようだ。
ミライヤは、俺たちがあの部屋に入ったとき気を失っていた。だから、ビライスの働きも見てはいないのだが……それでも、気持ちは伝わっているみたいだ。
平民である自分に想いがあるのだと言ってきて、平民と貴族だからと差別しない、爽やかな少年。加えて、自分を助けるために頑張ってくれたともなれば、ミライヤもそりゃ入れ込むようになるだろう。
「最近、ミライヤが構ってくれなくて寂しいんでしょ」
と、ノアリにからかわれたりもする。確かに以前ほど、一緒にいる時間は減った。それが寂しくないといえば嘘になるが……
「お前はどうなんだよ、寂しいのか」
「寂しいに決まってるじゃない、バカなの」
「そんなはっきり言わなくても。あとバカはないだろ」
ミライヤが、自分の意志で決めたことなら、俺は尊重したい。ミライヤとビライスは最近いい雰囲気だし、もしミライヤがビライスともっと一緒にいたいと願っても、俺は止めない。
俺は、近くであいつを見てきた。ミライヤのために、あんなにも必死になってくれるやつは、そうはいないだろう。ミライヤを任せても、問題ないと思えるくらいには信用している。
……そうだ、あれから数日が経ち、ヤネッサが学園に来ることになった。詳しくは、学園に幽閉されているガルドロとギライ・ロロリアに、だが。
「ヤネッサ、呼び出して悪いな」
「いいってことよー」
休日、ヤネッサに学園に来てもらう。許可をもらい、ヤネッサを学園へと招き入れる。面会のためだ。物珍しそうにあちこち見ている姿は、なんだか面白い。
本当なら学園見学とかしてやりたいところだが、ヤネッサの方から断った。いろいろやることがあるからと。ひとつとして、例の事件、ヤネッサなりに調べてくれているようだ、ありがたい。
「ミライヤちゃんはいないの?」
「出掛けてるよ。会えないの残念にしてた、お礼を伝えてくれってさ」
「出掛け……もしかして、あのとき一緒にいた子とデートだったり?」
「す、鋭い……」
なんて話をしながら、地下の独房部屋へ。そこには初めて入った。まさか学園の地下に、こんな所があるなんてな。案内係の教師が、先導してくれる。
薄暗い、四方八方石造りの空間。そこに、いくつかの部屋がある。扉は一般のものではなく、鉄柵で作られたものだ。風を仕切ることもできず、寒そうだが仕方ない。
隣り合った部屋に、ガルドロとギライ・ロロリアはいた。手錠をはめられた彼らはただ黙って、俯いていた。しかし、人の気配に気づいて顔を上げた。
「……お前」
「……」
今、目の前の人物が喋ったのかと疑問に思うほど、ガルドロの声は枯れていた。まだここにぶち込まれてからあまり日数は経っていないはずだが……
よく見れば、頬がやつれている。満足な食事を取っていないのだろうか、声が枯れていたのはそのせいか。ミライヤを誘拐した連中に同情するわけではないが、たった数日の変わりように俺は一瞬、言葉を失った。
「ヤーク」
「! あ、あぁ」
固まっていたところへ、ノアリが肘でつついて正気に戻してくれる。そうだ、こんな状況に固まっている場合じゃない。
俺は、確認したいことを確認しに来たんだ。
「ヤネッサ、どうだ?」
「うーん……」
すんすん、と鼻を動かすヤネッサ。彼女の言葉が待たれる。
ミライヤを誘拐した連中、ではあるガルドロとギライ・ロロリアだが、実際に実行に移したのは、別の人物かもしれない。どちらにせよ、ミライヤ誘拐のにおいがひとつである以上、両方である可能性はない。
たった数秒の時間が、とても長く感じられた。
「……違う、この2人じゃない」
暫しの後、ヤネッサは確かに言った。この2人、そのどちらともがミライヤを直接誘拐したわけではないのだと。
予感はあったが……やっぱりか。ミライヤを誘拐したにしては、あの部屋での2人の様子は妙だった。まるで、誘拐の実行犯が2人を餌にでもしたかのような……
「あんたたち、なんでミライヤを誘拐なんてしたの」
一歩前に出て、ノアリが問う。ノアリにとっても、許せることではない。俺とは違い、同性の友達だし余計に思うところはあるのかもしれない。
その問いに、2人は答えない……かと思いきや、あっさりと口を開いた。
「し、知らねえよ。なんでこんなことをしたのか……」
「そうだ、説明してほしいのはこっちだ」
「……ずっと、この調子で」
自分たちはなにもしていないと、そう言っているような言い草。案内係の教師は、軽くため息を漏らしている。頭を抱えながら。
これまでに、当然尋問はあった。名のある貴族の家の出でありながら、騎士学園の生徒を誘拐するとは何事か、と。しかし、それに対しての2人の言い分が、今のものと同じ感じの言葉だったらしい。
……ちなみに、ナーヴルズ家及びロロリア家の両家は、今回息子が起こした情事を学園側に謝罪したようだ。子の独断とはいえ、責任を負わなければならないのが貴族というものだ。いや、貴族はあまり関係ないか。
そして、ミライヤとミライヤの両親にも、直接の謝罪が為された。被害者当人であるミライヤは当然ながら、その両親にも。こちらはナーヴルズ家及びロロリア家の両家だけでなく、学園側も謝罪をしたようだ。
学園に通う生徒を守れなかったのは、学園側の不手際だと。ミライヤの父親は足が悪く動けないため、直接伺っての謝罪だったみたいだ。
「だってのに、張本人がこれか……」
両親、学園側……共に迷惑をかけておいて、事を起こした張本人がこの態度では、頭を抱えたくもなるか。
ミライヤへの謝罪どころか、自分たちは悪くないの一点張り。せめて謝罪でもあれば違うのだろうが、自分がやった覚えのないことを謝罪するのは貴族としてのプライドが許さないのだろうか。
両親まで謝罪してるんだ、今更プライドもくそもないと思うが。
「じゃあ、どこからの記憶が曖昧なんだ」
知らない、というのが記憶が曖昧だという意味なら、記憶が曖昧になった瞬間というのがあるはずだ。
それがわかれば、原因を突き止めることも……
「どこから、って言われても……そんな細かいこといちいち覚えて……」
「あ、確か頭がぼんやりする直前、妙な男に会ったぜ」
「おぉ、俺もだよ!」
謝罪こそないが、聞いたことには、わりと素直に答えてくれる。早くここから出たいからだろうか。
にしても、妙な男か……2人が口裏を合わせているのでなければ、それは有力な手がかりだ。記憶の曖昧さが、人為的によるものだとわかる。
となると……ミライヤを直接誘拐した人物。2人に近づいた妙な男。におうな。
「男って、誰よ」
「わ、わかんねえよ。フード目深に被って顔なんか見えなかったし」
「顔見えないのになんで男ってわかるんだ」
「こ、声だよ声。そういや、どっかで聞いたような声だったな」
おいおい勘弁してくれよ。顔も見てないのか……声で男と判断と言ったって、威勢の声色を出してたかもしれないし、ハスキーボイスな女性だっているだろうが。
だが、フードの人物とミライヤを直接誘拐した人物が同一人物なら……男の可能性は高いか。ミライヤは軽いが、意識のない人間を抱えて移動するのは、女性には厳しい、か?
「……? な、なによ」
ふと、隣のノアリを見る。そういえば、ミライヤを救出した時、意識のないミライヤを背負って移動している女がここにいたわ。
ダメだな、考えてもわからんことだらけだ。だが今は……
「こほん。ヤネッサのおかげで、本当の真犯人がいることがわかった。これは大きな収穫だ」
「えへへ」
そう、これは前進だ。もっとも、あまり喜ばしくはない。ガルドロかギライ・ロロリアのどちらかが真犯人なら、事件はもう終わっていた。
だが、真犯人は、いる。まだ事件は終わっていない。ヤネッサのおかげで、まだ警戒を緩めるべきではないことが分かった。
ヤネッサの頭を、撫でる。その嬉しそうな表情に、なんだかこっちまで嬉しくなってくる。
「むっ」
「どうしたノアリ、風船みたいだぞ。……先生、ありがとうございました」
「もういいので?」
「えぇ」
今日の確認は、ヤネッサに真犯人の有無を確かめること。それを果たした今、ここに長居する理由もない。とりあえず聞きたいことも聞いたしな。
「お、おい、待ってくれよ! 俺たちをここから出してくれ!」
……これ以上聞いても、情報は得られない。情報があるならば、ここから出たいためにとっくに話している。
それに、記憶が曖昧なら、なにを聞いてもわからないだろう。
「ちゃんと喋ったろ! おい!」
「……せめてミライヤへの謝罪が聞ければ、考えたかもしれないけどな」
ギャーギャー騒ぐ2人に、果たして俺のつぶやきは聞こえただろうか。
ここから出せ、俺たちは悪くない……そんな、聞くに堪えない言葉を背中に浴びながら、俺たちは地上へと向かった。




