予期せぬ再会
「ふぁあ……」
「なによその大あくび、情けないわね」
「いや、なんか早く目が覚めてしまってな」
朝早くに目が覚めてしまった俺は、間抜けにも大きなあくびをしてしまう。それを、隣にいるノアリに見られてしまった。
まあ、今更こいつになにを見られたところで、なんともないが……
「気を付けなさいよ。一応あんた『勇者』家長男なんだから」
「へいへーい」
道の真ん中で大あくび……貴族ともなれば、それにすら気を回さなければならないらしい。特に、俺は貴族よりも上の立場の『勇者』フォン・ライオスだから。
誰が見ているかもわからない道で間抜けな姿を晒しては、家の名前に傷がつく、とのことだ。あくびひとつで難儀なことだ。
「でも、俺はあんな家に傷がつこうがつくまいがどうでもいいんだが」
「なにバカ言ってんだか。それに、家の名に傷がつくってことは、弟の名前にも傷がつくってことよ?」
「よし、これからは気を付ける」
「あんたの扱いには慣れたけど、やっぱキモいわよそれ」
今日は休日、こうしてノアリと外出しているのは、帰省のためだ。家も近いし、どうせ帰るなら一緒に、となったわけで。
こうして雑談しながら、家へと足を進める。別に帰ると連絡はしていない。連絡用の魔石を使えば伝えることもできたが、面倒だったのでやめた。ノアリは自宅に連絡したらしい。
まあ、いきなり帰って驚かれこそしても別に追い返されたりはしないだろう。前世の俺はともかく一応息子である今の俺には、愛情を注いでくれていたし。
「ま、キャーシュ成分を補給するのが一番なんだけどな。前に会ったときはミライヤの尾行だったし、充分とは言えん」
「あんたのそれ、一周回ってすごいわ。いや尊敬とかは全然しないけど」
……ミライヤといえば、やはりあれから登校はしてこない。同室のリィは、相変わらず具合が悪そうと言うばかりだが……
それにしては、どうにも様子がおかしいような気も、している。なにか違和感が……なにがどう、とは言えないが。
「戻ったら、本格的に調べてみるか……」
「あー!」
さすがに心配だし、この際多少無理を言ってでもミライヤに直接会わせてもらえないか……そんなことを考えていたときだ。女の声が、少し離れた所から聞こえた。
何事かと、ノアリと顔を見合わせる。こんな町の真ん中で、いったい誰が……
「ヤーァークー!」
「ぐは!?」
声のした方向に顔を向ける……と同時、向かってきたなにかにタックルをかまされる。正面、つまり声のした方向から、なにかが突撃してきた。
なんの受け身も取れなかったため、背中から地面に倒れる。打った、痛い……
「っつつ、なんだってんだ……」
「ヤークー! ヤークだー!」
俺に跨がった状態で、誰かが俺の名前を呼んではしゃぐ。誰かは知らないが、まずはぶつかったことへの非礼を詫びてほしいものだ。
閉じてしまった目を、ゆっくり開く。そこにいたのは……
「え……!?」
目の前にいる人物……太陽の逆光ですぐにはよく見えなかったが、だんだんと目が慣れてきて、人物が露に。その姿を見て、俺はひどく驚いてしまった。なんせ、この場にいるはずのない人物がいたから。
その身に身に付けているのは、胸や局部を隠すような最低限の布地……こうも人の多い場所では、その露出の多さは異様に目立つ。さらに目立つのはそれだけではなく……その輝くような金髪が、原因だ。
瞳は宝石のように緑色に光っている。金髪に緑色の瞳、さらにはその耳は尖っており……その特徴に合致するのは、ひとつの種族だけだ。
「や、ヤネッサ!?」
「ヤッホー!」
エルフ族……それも、よく知った相手。エルフの少女、ヤネッサが、そこにはいた。
なぜ、ヤネッサがここに? エルフの森である、ルオールの森林に住んでいるはず……だというのに、ここにいるというのは不思議でしかない。
「ど、どうしてここに……」
「ヤネッサー!」
ヤネッサがここにいる理由、それを本人に聞こうとしていたところへ、また別の声が。これは、よく聞き覚えのある声……アンジーだ。
視線をずらすと、アンジーがこちらに走ってきている。その手には、なにやら服のようなものを持って。
「や、ヤーク様!? ヤネッサ、なんてことを……」
「あー、それはいいんだけど……どういうこと?」
駆けつけたアンジーがヤネッサを引き離し、俺は一息つく。どういう状況なんだ、これはいったい。
ヤネッサはにこにこ笑っているし、アンジーは困ったように眉を下げている。アンジーは、ヤネッサがここにいる理由を知っているみたいだが……
「実は……」
「ヤークに会いに来たの! だってヤーク、全然来てくれないからさ……来ちゃった!」
アンジーが説明しようとするのを、ヤネッサが引き継ぐ。というか無理やり横取る。久しぶりに会ったが、なんとも元気な子だなぁ。
会いに来た……それは言葉通りだろう。わざわざあんな遠いところから、会いに来てくれたのか、それは嬉しいが……会いに来てくれない、と言われ、少し拗ねたように睨まれると、後ろめたい。
「ご、ごめん……いろいろ、忙しくて……」
「むー」
忙しかった……というのは、まあ言い訳でしかない。実際、会いに行けないほどの多忙を重ねていたのか、と聞かれると首を盾には振れない。
なので、会いに来なかったと文句を言われても仕方ない。いくら強くなるための鍛練を重ねる日々を追っていたとはいえ、それはヤネッサを納得させることにはできないのだ。
「ふぅ……いいよー、許してあげる!」
しかし、ヤネッサは歯を見せニコッと笑みを浮かべると、許すと言ってくれた。
「い、いいのか?」
「寂しかったからー、いっぱい構ってくれたらね!」
ヤネッサは、あの頃と見た目は変わっていない……だから、今の俺と見た目は同じくらいだ。そんな相手に、構ってくれなんて言われたらなんともくすぐったいが……
それで許してもらえるなら、可能な限り努力しよう。と……
「ヤークー……?」
思っていたところへ、なんだかドス重い声が響く。なんだろう、少し気温下がった?
それは、ヤネッサにタックルされてから放置してしまっていたノアリによるものだ。なぜだか、怒っている……ように見える。のけ者にされて怒っているのだろうか。
「ノアリ……?」
「ずいぶん仲良さそうじゃない、んー?」
ヤネッサをじっと見……いや睨みながら、ノアリから出てくる言葉はまるで呪いのようだ。なんか怖いんだけど。
真正面から受ければ倒れてしまいそうなほどに重い空気……しかし、それを受けてもヤネッサはケロッとしたままで。
「ノアリ……あー、あなたがノアリちゃんね!?」
「へっ……?」
グルル、と今にも噛みつきそうなノアリの両手を取り、ヤネッサはぶんぶん振るう。すごい、あのなにも考えてなさそうな性格が今は羨ましい。
ノアリとヤネッサも、久しぶりの再会だ……おまけに、あのときはノアリは小さかったし、あの事件のゴタゴタでよく覚えてないのかもしれない。
「ノアリ、彼女はヤネッサ」
「……ヤネッサ?」
「あぁ、昔お世話になったんだ。覚えてない?」
「…………もしかして、『呪病』のときの?」
ノアリに名前を伝える。眉を寄せ、その名前を思い出そうとしていたようだが……エルフ族ということも手伝って、思い出してくれたようだ。
ヤネッサは、『呪病』事件の時にお世話になったエルフ族の少女だ。ノアリは呪いから解放された直後ということもあり、記憶が曖昧だったのかもしれない。
それを思い出して、ノアリは先ほどの剣幕が嘘のように赤くなる。
「ご、ごめんなさい、私、恩人に知らないとはいえ、あんなこと……」
「気にしないでー、頑張ったのはヤークだから。ノアリために、頑張ってたんだよー」
「あの、それ恥ずかしい」
自分からあのときの話をするのと、他人にされるのとじゃなんというか、恥ずかしさが段違いだ。とりあえず、ここではその話は置いておきたい。
積もる話もあるだろう。こんなところで立ち話もなんだ……が……
「とりあえず、服を着てくれ!」
「へ?」
今のヤネッサの格好は、刺激が強すぎる! みんな開放的な格好をしていたエルフの森とは違い、ここは王都だ。人の目もある。
アンジーが服を持っているのも、そのためだろうしな。




