楽しい日々
リィが望んでいた回答は与えられなかったが、勝手にミライヤの事情を話すわけにもいかないので、渋々ではあるが納得して帰ってもらった。
その翌日、学園にて教室に入ると、ノアリとミライヤが楽しそうに話していた。場所が場所だけにあまり大きな声では言えないが、先日のデートの報告をしていたようだ。
内容自体は尾行して見ていたものの、それをミライヤがどう感じていたのかは、本人に聞いてみないとわからない。
「とても、楽しかったです!」
本人曰く、楽しかったとのことだ。そりゃよかった。
詳細は時間がなかったので、昼食事に中庭に移動し、話を聞くことになった。教室だとどこで誰に聞かれるかわからないし、詳しくは人のいない場所の方がいいだろう。
ここなら、見渡しもいいし誰か近くに来たらすぐにわかるしな。
「で、改めてどうだったんだ? ビライス・ノラムとのデート」
「ほ、他の人からデートなんて言われると恥ずかしいですが……はい、とてもいい人でした。私が平民でも、ちゃんと女性として扱ってくれて……」
と、語っていくノアリの言葉の内容は聞いているこっちが恥ずかしくなるものだった。それだけ楽しかったのであろうことと、どうやらビライス・ノラムのことを男として意識しているのだろうということがわかった。
貴族にお見合いやらデートやらを申し込まれ、初めのうちは戸惑っていたようだが……
「よかったわねミライヤ。やっぱり女の子は、女の子扱いしてもらいたいものよね」
ミライヤの話を聞き、ノアリは彼女の肩をポンと叩きうんうん頷いていた。なぜか、チラチラ俺を見てきたのは気のせいだろうか。
しかし、なんだろうなこの気持ちは……ミライヤが嬉しいのは喜ばしいのだが。俺は、相手のビライス・ノラムという男のことを全然知らない。
よく知らない男に、身近な女の子が惹かれていく……ううん、娘を持つ父親の気持ちって、こんな感じなんだろうか。
「ノラム様は、私のダメな面もかわいいなんて言ってくれて……この間の実技の授業のときとか……」
以前、実技の授業があった。基礎の座学ばかりの授業が目立つか、何回か剣を使った実技の授業があった。剣といっても、木剣だが。
2人1組になって、軽い打ち合いをするというものだ。俺はノアリやミライヤとも打ち合ったのだが、ミライヤの使える剣技は、入学試験の際に見せた『居合い』のひとつのみ。
軽い打ち合いとはいえ、結果はそりゃあ散々だった。誰もができるような、基礎的な動きさえもできないのだ。陰で笑われていたし、あれは忘れられない。
「でも、ノラム様は笑うことなく、むしろ伸びしろがあるから一緒に頑張ろうなんて言ってくれました!」
「……そっか」
ミライヤの剣を笑っていた者は多い。その中で、笑うことなくそんなことまで言うなんて、本当にいい奴なんだろうか。
とりあえずミライヤは、すでに初めの頃の困惑した様子はないように見えた。
「ふふ、かわいいわね。でも、そんなに素敵な相手なら私たちにも紹介してほしいわ、ミライヤの口から」
「そ、それは……い、いずれは……」
「で、どこが良かった? 男らしかった?」
なんかいつの間にか女子会始まってるんだけど。ノアリのやつ、ここぞとばかりにウキウキで話しているな。
そういや、尾行の帰り道……ノアリになんでそんなノリノリなんだって聞いたら、「人の色恋沙汰ほど面白いものはないわ!」ってめちゃくちゃいい笑顔で言っていたな。いい性格してやがる。
「……」
まあなんにせよ、ミライヤが楽しそうでよかった。まだ不安なことはあるものの、それだけでも、今のところは良しとしよう。
その日からだ。だんだん、ミライヤが自分からビライス・ノラムに話しかけるようになっていったのは。最初はビライス・ノラムひとりの時だけだったが、日を追うごとに人目もあまりきにならなくなったようだ。
それに、何度かデートも続けているらしい。さすがに毎回尾行はしないし、ミライヤは以前よりも笑顔が増えたように思えた。あまり自分に自信のなかった彼女だが、これがビライス・ノラムとのやり取りがきっかけなら、いい傾向だと、そう思っていた。
ミライヤ自身、毎日が楽しいと笑っていた。そして……
「……今日も、か」
……ある日を境に、ミライヤは学園を休むようになった。




