2人のデートと2人の尾行
「さて……今、2人共仲良さげにデートしてますねえ。どう思いますか、助手のヤークくん」
「どうもなにもないんだが」
ミライヤがビライス・ノラムにお出掛け……つまりデートを申し込まれ、その当日となった。ミライヤはあの後、俺たちが尾行していたとも知らずに、なんの話をしていたかを丁寧に説明してくれた。
ビライス・ノラムからお出掛けに誘われたこと、学園では話せない分そこで仲を深めたいこと……そして、誘われたからにはそれをお受けしたいということ。
ミライヤの受けた話だ、ミライヤのしたいようにすればいい。アドバイスはするが、最終的に決断するのはミライヤだ。まあ、これまで交際経験がない俺たちがアドバイスできることなんてたかが知れてるが。
「ミライヤはおめかしして出掛けて行った。それはいい……問題は、なんで俺たちはあの2人の後をつけているのかってことだ」
「話した通りよ。ミ……2人が気になるに決まってるからじゃない」
今こいつ、ミライヤのみを名指ししようとしたな。
ノアリの言ったように、俺たちは……というかノアリはミライヤのことが気になり、こっそり後をつけているわけだ。俺はそれに付き合わされている。
まあ、俺だってミライヤのことが気にならないわけじゃない……が、いくらなんでもデートにまでついていくっていうのは……
「しかも、こんな変装までして」
「なにぶつぶつ言ってるのよ。2人が移動したわ、行くわよ」
「へーい」
今俺たちは、私服に着替え、帽子にサングラスといった変装をしている。外出の際に届け出は出したから、本来ならばこうして人目を気にする必要はないのだが……
「なんか、この前から尾行してばっかりだな」
ミライヤとビライス・ノラムにバレるわけにはいかない。特にミライヤには。もちろん、見つかってもたまたま町で会ったと言えばいい気もするんだが……
ノアリは、探偵ごっこをご所望のようだ。さっき俺のことを助手と呼んだり、最近探偵ものの漫画にハマっていてそれに影響されているらしい。子供かよ。
「ふむ……今のところ普通ね」
「そりゃそうだろ。てかなにを期待してるんだよ」
ミライヤとビライス・ノラムは、さっきから店に入って買い物をしたり、お昼時には食事をしたり……ごく一般的なデートってやつをやっている。ごく一般的なデートってのはよく知らんけど。
ミライヤも見たところ楽しそうだ。無理して笑っている様子もない。ビライス・ノラムも、前評判通り紳士だ……歩くときにさりげなく道路側を歩いたり、荷物を持ったり。
「いい雰囲気ね……なにか事件とか起きないかしら」
「ねえよ、漫画の見過ぎだ」
事件、とは言うが、万が一にもそれは起きないだろう。ミライヤはともかく、ビライス・ノラムは顔の知れた貴族だ。そんな人物に、こんな真昼間からなにかよからぬことをしようなんて考える奴は現れまい。
だから、あいつと一緒にいるミライヤも安全であろう。もし尾行している理由が、ミライヤの身の安全を考えてのことなら、いらぬ心配だと思うが……
「お、アクセサリー店に入ったわよ!」
「……」
ノアリ……こいつは、完全に興味本意からだな。いや、俺も興味がまったくない、と言われたら首を縦には振れないため、人のことは言えないんだが……
探偵気分でワクワクしているノアリとは別で、俺はそこまでのめり込めない。もしこんなところを誰かに見られたらと思うと……
「……兄様?」
「!」
ふと、後ろから声をかけられて肩が震えてしまう。
俺の名前を呼ばれたわけではない。だが、この声……なにより俺を兄様と呼ぶのはひとりしかいない!
「き、キャーシュ?」
振り向くとそこには、我が最愛の弟であるキャーシュがいた。家を出てからまったく会っていないが、たったそれだけでキャーシュを見間違えるはずもない!
まさか、こんな所で会えるとは!
「兄様、ここでなにを……」
「おぉキャーシュー! 会いたかったよー!」
「わぷっ」
たまらず、キャーシュを抱きしめる。家を出る心残りは、アンジーやキャーシュと別れることだった。俺にとっては唯一気を許せる肉親、存在の大きな子だ。
「ちょ、なにをしてんのよ町中で!」
「うるせえ! お前に言われたくもないわ!」
ノアリに引き剥がされてしまうが、尾行していた奴に言われたくはない。くそぅ、せっかくの兄弟の再会を邪魔しやがって。
キャーシュはというと、ポカンとした表情だ。あぁ、そんな気が抜けた表情もかわいい。体は大きくなっても、やっぱりかわいい弟なんだなぁ。
「キャーシュくん、久しぶり。どうしてここに?」
「お久しぶりです、ノアリ姉様。僕は買い物に町まで出てきて……いた、痛い」
「やだもー、こんな所で姉様なんて恥ずかしいじゃない」
町中にいる理由は、まあ限られてくるよな。キャーシュはどうやら買い物のようだ。ノアリに肩をバシバシ叩かれ、困惑したように苦笑いを浮かべている。
「お前こそなにしてんだ。だいたい、姉様ってお前が呼ぶように言ったんだろうが」
「……ソウダッケー?」
今度はノアリを、キャーシュから引き剥がす。そう、忘れもしない……ノアリの、おとなしかった性格が今のように活発になってきた頃。
ノアリはキャーシュに「特別にねえさまって呼んでもいいわよ!」と言ったのだ。しかも特別にと言いながら、キャーシュが姉様と呼ばなければ不機嫌になったのだ。
なので、以来キャーシュはノアリを姉様と呼ぶことになった。キャーシュ本人も嫌がっている様子ではなかったし、ノアリも満足そうなので放ってはおいたのだが。
「それで……兄様たちは、ここでなにを? もしかしてデートですか?」
「で、デートなんて……」
「違う」
「えへへー、そう見える?」
「はい、それはもう」
「だから違う」
そうか、キャーシュの言葉で気づいたが……いくら目的が尾行だとはいえ、男女が揃って出掛ければデートに見えなくもないか。違うので否定しておいたが。
しかし、どう答えたもんか。まさか、知り合いのデートを尾行している、なんて言えないよな。そんなこと知れたら、キャーシュに軽蔑されてしまうかもしれない。
それだけは、避けねばならない。しまったな、そう考えると、デートで通しておくんだった。咄嗟に否定したのが悔やまれる。
まあ、普通に見て、人を尾行しているなんて気づくはずもない。ここは適当に……
「2人揃ってサングラスと帽子なんか被って……今日はそんなに暑くないですが、ファッションですか?」
「!」
しまった……尾行のための変装として、今サングラスと帽子を被っているんだ。しかも2人揃ってだ。こんな妙な格好、不審に思われるに決まってる。
たとえデートと答えていたとしても、不審に思われるには変わりないわけで……いや、一応俺たちは貴族の中でも位の高い有名人だ。そのための変装と言えば筋は通るか。
問題は、デートでもなんでもないのになぜ変装してまで町にいるかだが、キャーシュと同じく買い物とでも言えば問題は……
「あぁあ、ちょっとちょっと、このままじゃ2人見失っちゃうわ! 早く行かないと」
「お前ちょっと黙れ!?」
せっかく尾行であることをごまかそうとしているのに、それとわかるようなことを言うんじゃない! ほら、キャーシュったら不思議そうな顔してる。
「見失う? 2人はなにを……」
「ねえあれ、もしかしてキャーシュ・フォン・ライオス様じゃない?」
「まさか……あの美貌、間違いないかも」
ノアリがあれこれやっているうちに、周りが騒がしくなってきた。まずいな、かっこいいしかわいい略してかっこかわいいキャーシュが、変装もなしに居たら目立って当然だ。
これじゃ、尾行もあったもんじゃない。
「まずいわね。キャーシュ、これかけて。あとあんたも来なさい! 行くわよヤーク!」
「え、えぇっ?」
周囲の異変に気づいたノアリは、懐からなぜかサングラスを取りだし、キャーシュにかける。そしてキャーシュの手を取り、走り出した。
俺は、それを追いかける。
「お前、なんでまだサングラスなんか……」
「予備よ」
「あの、兄様、姉様? これはいったい……」
「説明はあと! こうなったらあんたも手伝いなさい!」
「ああもうめちゃくちゃだ……」
尾行の件をごまかすつもりが、なぜか尾行仲間にキャーシュを引き入れ、俺たちはミライヤとビライス・ノラムを追いかけることになった。




