お見合いの申し込み
「お見合い!?」
……それは、なんでもない一日の終わりに響いた俺の声だった。
騎士学園に入学して数日。主に座学がメインで、たまに実戦があるくらい。もっとバンバン実技をしてくれるのかと思っていたが、知識を固めるのが先らしい。
俺としては、先生にある程度は習っていたから退屈であったものも、ミライヤのように独学でここまで来た者は真剣に聞いていた。
そんなある日、俺がミライヤに伝えられたのは……
「こ、声が大きいですヤーク様っ」
「あ、あぁ、悪い」
とっさに自分の口を塞ぐが、こうも驚いてしまったのには訳がある。それが、この『お見合い』という単語によるものだ。
「え、っと……本当なのか? ミライヤがお見合いって」
「こんな時間に、わざわざあんたに嘘つきに来る理由がどこにあるのよ」
「……だよな」
とは、ミライヤの隣にいるノアリの言葉だ。腕を組み、呆れたようにため息を漏らしているが、その額には若干汗が浮かんでいる。
ノアリ自身、事前に聞いていたとはいえやはり驚きを隠しきれないということだろう。それほど、衝撃的だということだ。
開いた口が塞がらない、とはこの事だと、実感した。
「えっと、整理しよう……ミライヤが、とある貴族にお見合いを申し込まれた。ってことだよな?」
「はい」
整理もなにも、聞いたことをそのまま復唱した形になってしまったような気がするが……まあいい。
今、時間帯は夜。寮の近くに3人で集まり、話を切り出されたわけだ。周囲に誰もいないのは確認済み。寮の部屋でもいいかと思ったが、ミライヤとしてはシュベルト様の耳に入るより先に、俺に伝えたかったらしい。
ちなみに、寮は男子が女子寮に行くのは禁止だが、女子が男子寮に行くのは禁止されていない。
「すみません、こんな時間に、こんなこと……でも、どうしたらいいかわからなくて」
しょんぼりと肩を落とすミライヤが気にしているのは、時間だ。一応、一定の時間を越えたら部屋から外に出てはならない、という決まりがある。もしも用事がある場合、事前に申し出ておく等。
今は、その時間のギリギリの時間だ。互いの寮への帰り道もあるため、男子寮と女子寮の中間にて話し合いをしている。
「いや、ミライヤが謝ることじゃ……」
ミライヤが俺に話をしてくれたのは嬉しいが、なにぶん話の内容が内容だ。どうしたらいいもんか。
先に聞いていたノアリは、再度ため息を漏らす。彼女も、どう対応したらいいのかわからないようだ。
「うーん……そもそもお見合い自体に問題はないと思うんだが。……貴族と平民がお見合いって……どうなんだ?」
よくよく考えてみれば、お見合いを申し込まれて困ることなどあまりない。貴族間ではよくあることだし、むしろこの年頃ならばなにも不思議はない。
……貴族間では、な。
「そうね……なくはないとは思うけど。……かなり、珍しいと思うわ」
一応ノアリに聞いてみるが、返ってきたのはほぼ予想していた答えだ。
だよなぁ……お見合いからの婚約は、いわば貴族間で行われる儀式のようなものだ。跡継ぎ、世間体……様々な事情はあれど、年頃の貴族にお見合いの話は珍しい話じゃない。
俺だって、何度かお見合いの申し込みがあった。全部断ったけど。
「貴族と平民か……」
だが、平民のお見合いとなれば話は別だ。それも、ミライヤの話では相手からの申し込み……つまりは貴族が平民にお見合いを申し込んだということになる。
そんな事例、俺は聞いたことがない。俺の主観を除いても、貴族というのは側を気にする生き物だ。ノアリも言うように、これはかなりのレアケースだ。
この学園の貴族がミライヤを見下していたように、基本的に貴族は平民を見下す傾向にある。だというのに、貴族側から平民に、お見合いの申し出など……
「なにかにおうわね」
「で、でも、頭から疑ってかかるのは……」
険しい表情をするノアリを宥めるのは、他ならぬミライヤだ。お見合いを申し込まれた張本人、一番困惑しているはずの彼女がノアリを止めているのは、なんだかおかしな光景だ。
ミライヤにとって、いや平民にとってお見合いなど、一生に一度でも縁があればというものだ。
「この話、他に誰かに?」
「いえ、ノアリ様とヤーク様だけです。リィには話せませんし、他に話せる相手も……」
お見合いのことを知っているのは、本人を除けば俺とノアリだけ、か。同室で共に平民のリィならば気軽な相手だろうが、貴族にお見合いを申し込まれた、なんて話されても困ることは目に見えている。
とはいえ、いいアイデアが出せないのならば俺もそうは変わらない。アイデアといっても、今の俺にできることといえば……
「ミライヤは、どうしたいんだ?」
「どう……」
「お見合いを受けるのか、断るのかだ」
ミライヤの気持ちを、確かめることだ。貴族から平民へのお見合いの申し込み、これに驚き、肝心なミライヤの気持ちを忘れてはいけない。
むしろ、考えることなどそれしかないのだ。貴族と平民のお見合いも、まったくないわけではない。単に、相手の好みにミライヤがドストライクだっただけかもしれないしな。
「私は……こんな私に、そのような申し出。勿体ない程に嬉しいですし、お受けしたいと思っています」
「……そうか」
ミライヤは少し考え、答える。彼女の瞳はまっすぐで、本当はすでに答えを出していたんじゃないだろうか。最後、後押しが欲しくて俺とノアリに相談した。
ミライヤがそうしたいのなら、俺が言うことはなにもない。
「そ、ミライヤが決めたことなら見守るわ。ところで、相手の名前って?」
どうやらノアリも、俺と同じ考えらしい。そのノアリの質問に、ミライヤは思い出すかのように視線を巡らせて……
「えぇ……確か、ノラム様とお伺いしました」
「の、ノラム!?」
その名前を聞いたノアリは、目を見開いて驚く。
「知ってるのか」
「結構大きな家よ。私も昔、お見合いの話を受けたことがあるわ」
「え、ノアリ様も……」
「! む、昔だから! もう10年近く昔のことだし、きっぱり断ってるから!」
ふむ……そういや俺も聞いたことがあるな、ノラム家。結構な金持ち貴族だ、それに家の人間の人柄もいいと聞く。
そんな家から、ノアリもお見合い申し込まれたことがあったのか。本人が言うように昔のことだし、誰彼構わずお見合いを申し込んでいるわけでもなかろう。
「まあでも、覚えてる範囲じゃ本人はなかなかの紳士だったわよ。お見合いを申し込まれたときの挨拶だけでも、女性の扱い方にも慣れているようだったし……」
「じゃ、なんでノアリはお見合い断ったんだよ」
「そ、それは……」
ノアリがそういうなら、ノラム家の息子は悪い男ではないのだろう。それと同時に、ノアリが褒めるような男とのお見合いを断ったのも疑問だ。
10年近く前といえば、まだ一桁の年齢……それでも、そんな歳から婚約している貴族もいる。婚約どころか、なぜお見合いを断ったのか。
「そ、そ、それは……」
「それは?」
「……べ、別にいいでしょバカァ!」
お見合いを断った理由……それを聞いただけなのに、返ってきたのは質問に対する答えではなく、握りこぶしだった。それを俺は、油断していたため反応できずに腹にもらう。
「ぶふ!」
「行きましょ、ミライヤ!」
なぜか飛んできたパンチ、それを受けた俺は膝から崩れ落ちる。俺、なんか悪いこと言ったか?
理不尽を感じる中、ミライヤが俺に目線をあわせるようにしゃがむ。慰めてくれるのだろうか、そう思っていたが……
「ノアリ様はやりすぎですが、ヤーク様もヤーク様です」
と、どこか悲しげのような哀れみのような瞳を残し、立ち去っていった。せめて立ち上がらせてほしかった。
り、理不尽だ……
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