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猫神は見守る

「タイトルは面白そう」窓辺、私の帰りを待つ君

作者: 翡翠


「雨は、蕭々(しょうしょう)と降っている」

 

 僕はこの言葉が好きだ。

 

 雨が降る物寂しさを、見事に表現した言葉だと思う。

 僕がこの言葉を知ったのは三好達治の〝大阿蘇〟を今の(あるじ)に読み聞かせてもらった時だった。

 その詩は馬が大雨に濡れている(さま)を詠んだもので、とても短い詩だが阿蘇の雄大さと馬達の逞しさを見事に表現していると思う。

 濡れそぼった馬達が何に思いを馳せていたのかは分からないが、僕は今ここに居ない主に思いを馳せている。

 

 あぁ、言い忘れたが僕は猫だ。

 毛色は三毛でありオス猫であり、主の帰りを待っている猫である。

 

 主は多忙な人で、いつも何かを考えている人だ。

 僕にはご飯は落ち着いて食べろという癖に自分はご飯を食べながら紙の束を眺めている困った人で、今日も電話をしながら慌ただしく家を出る背中を外に出て見送った。

 そんな僕の目には、曇天の空が映っていた。

「雨が、降る」

 そんな、予感がした。

 流石に濡れながら待つのは嫌なので、雨宿りしながら帰りを待つ。

 

 僕の予想は的中し、主の帰宅の予定時間になった頃には土砂降りになる。

 

 そして、あの粗忽者は傘を持って行かなかった。

 きっと今頃は、慌てて家に帰ってくるのだろう。

「早く、帰ってこないだろうか」

 雨に濡れている窓を見上げながら粗忽者の主に思いを馳せていたが、窓越しから聞こえた水の爆ぜる音に釣られて視線を街並みに向けた。

 外では、人間達が慌てふためいている。

 鞄で頭を隠す者や大小様々な傘を広げて、慌ただしく行き来する人間を見つめ続けるのは不思議と飽きない。


 だが、不意に目の前を通る主に似た人をつい目で追ってしまう。

 

 そんな自分が恥ずかしくて、鳴いてみる。

「別に感傷は人間だけの特許ではない、僕に限らず万物には意思が宿っているのだから思い焦がれる権利は誰しも持っているという事だ」

 そんな伝わらない思いを、鳴き声に込めてみる。

 そう強がってみても、大切な人がいない時間はやっぱり味気ない。

 〝大阿蘇〟に出てくる馬達はもしこの一瞬に百年が過ぎ去ったとしても何の不思議もないと詠われたが、僕は主がいない時間をよく覚えている。

 

 誰もいない寂しい時間は、よく覚えている。

 

 だから僕は、窓際で主を待っている。


 蕭々と、待っているのだ。

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