超人クラブ 菊留先生の憂鬱 その九
暑い、のどが渇いた。
学校から直行で塾にやってきた俺、佐藤仁は近くのスーパーで買い物をしてから帰る事にした。
塾は大きなビルの三階にあって階段で上まであがり同じ教科を選択した5,6人の少人数で授業を受けるシステムになっている。
俺は中三の三学期に全教科習っていて高校に入ってからは、特に嫌いな英語、数学を選択し週二で通い続けている。
家に帰って一旦食事をしてくるわけじゃないからお腹がすく。
買い食いはやむなしだ。
授業を終えた同じグループの何人かは俺と同じ思考だったらしく
ビルの階下に降りて外にでてから皆、迷わずスーパーに向かって歩いていた。
コンビニよりスーパーの方が若干値段が安い。
すぐそばのコンビニを利用しないのはそんな単純な理由からだ。
「佐藤が買い食いなんて珍しいね」
「えっ、ああっ、そうかな、僕、お腹すいちゃって」
ずり落ちた眼鏡を中指で直して気弱そうに笑って見せる。
俺と肩を並べて歩く彼は県立湖東商業高校に通う時枝正志。
一年近く塾で机を並べても彼に対する言葉は「僕」になってしまう。
俺は塾生を信用していなかった。彼らの前で僕でいる理由は彼らが俺に
「本気出さない仁君」という不名誉なあだ名を進呈してくれたことに起因する。
塾生のほとんどは同じ中学に通っていた仲間だが、高校はバラバラになった。
目指す職業が違うのと、成績順に振り分けられる日本の受験システムでこのような結果になるのはやむ得ない。
三年近く塾に通って好成績をキープしてきた彼らに俺の存在は疎ましい限りだった。
それまで中学校の中間、期末の構内模試で上位に俺の名が挙がってくることはなかった。
それが塾に通い始めた二か月後の構内模試で一躍トップに躍り出た。
死に物狂いで勉強した結果だったがおかげでエリート面していたインテリ集団に目を付けられ「死ね」「ばか」「目ざわり」「むかつく」といったラブレターが靴箱や、机の中に蔓延し、受験までの残り二か月がとてもイヤな毎日になったのは言うまでもない。
他人を言葉で貶めたって何が変わるわけでもないのに、そういう事をしたがる彼らの心情が全く理解できなかった。彼らと一線を画したい。
当時俺の内申では無理と言われた私立の開成南を急きょを受けた理由はその一言につきる。
スーパーの駐車場で一学年下の中坊軍団とすれ違った。
彼らも塾で勉強を終えてきたらしく、駐車場の一角を陣取ってスーパーから買ってきた駄菓子類を頬張りながら好き勝手な事をわめいている。
最初、彼らは「受験きつい」とか「遊びテー」とか「親にスマホ取られた」とか「金ない」とか学生に在りがちなキーワードをしゃべっていた。
そのうち話が「憂さ晴らしがしたい」とか「ゲーセン」とか「おやじ狩り」など不穏な内容になっていったのを聞いて俺はまゆをひそめて彼らのいる方を凝視した。
「やめとけよ、佐藤、正義感はわかるがあいつらに関わったって碌な事にならん」
周りの塾生も同じような反応を示す。
「ああ、そうだね」
気弱そうな笑顔で言葉を返したが内心、意見してきた時枝には腹がたった。
おやじ狩りなんて、誰が犠牲になっても気分のいい話じゃない。この場に四人もいるのだから、先輩の立場で意見して止めさせたって罰は当たらないと思うのだ。
でも、彼らは、自分が可愛いし面倒ごとに関わりたくない。
そう思っているのは見え見えだった。
スーパーの入り口まで来て買い物を終えた担任と行き会った。
「先生」
「やぁ、佐藤君。買い物ですか?」
「菊留先生、僕、今、塾の帰りなんです」
「……僕?……。」
眼鏡の奥の瞳は不思議そうに瞬いたが俺の周りいる塾生を
見て先生は心情を理解したらしい。深くは追及してこなかった。
「そういえば、君の家はここの駅の近くでしたね。あまり、寄り道せずに帰るんですよ」
では、と言って先生は軽く会釈して俺から離れて行った。
「あっ、僕も、先帰るから、みんなごめん」
塾生に別れを告げ、レジ前エンドにおいてあった
ペットボトルのお茶を一つ取って清算をすませ菊留先生の後を追った。
菊留先生も気になったが、あの中坊軍団が何より心にひっかかる。
最後にペットボトルのお茶を買って時間を食ってしまったことが災いしたのか、担任と中坊軍団の姿が見えない。
薄暗い街灯。今にも振り出しそうな雨雲。
雨が降ってきたら先生を探すのも難しくなる。
俺は焦って犯罪に向いてそうなスーパー周辺の路地裏と公園を探し回った。
彼らは案の定そこにいた。




