超人クラブ 菊留先生の憂鬱 その一
寒い。
広い平原に立つ彼を取り巻く大気はとても寒かった。
そこは4月中頃のモスクワ。気温はおそらく10度もいってなかっただろう。
ティーシャツにジーンズというラフな服装。
コートを一枚はおりたいくらいの寒さだったが実験材料の彼に、それは許されなかった。
寒さに耐えるのも研究テーマの一つだったからだ。
それに先程打たれた注射で彼の体は異様な熱を帯びていた。
この国ではドーピングは当たり前だ。
体操選手ですら打たれる人体改造を目的とした薬物。
動悸が激しく息をするのも苦しそうな彼に指令が飛ぶ。
「リアム、目の前にある大岩、砕いてみて」
本部の拡声器からの指令。
リアムと呼ばれた少年はその言葉に頷き右手を数メーター先の大岩に向け意識を集中させる。
がらがらという音とともに大岩はあっけなく崩れ落ちた。
「リアム、そこに火を起こしてちょうだい」
頷くと彼は再び精神を集中させ自分の周りの草原直径100m程を火の海にした。
「OK、リアム、火を消して」
彼は近くあった湖に水球を出現させ火の上まで移動させてからはじいて見せた。
巨大な水球は雨となって降り注ぎ火はあっという間に消えた。
拍手とともに研究者たちの声が拡声器から漏れ聞こえた。
「すばらしい!さすがリサーチャーフェイバリットだ」
「研究者のお気に入り」(リサーチャーフェイバリット)
不本意ながらも彼のニックネームは彼の存在価値をそのまま示した物になっていた。
それは研究者たちのテーマをすべて網羅してきた彼の結果に対する評価だった。
だが、その評価は彼に多大な負担を強いることになった。
たくさんいる被験者の中で実験が彼一人に集中していったのだ。
「いいわ、リアム、研究所に帰ってきて」
やっと帰還の許しがでる。
彼は頷いてダイレクトでそのまま研究室に戻った。
立っているのもつらい。
崩れ落ちそうな体をようやく壁で支えて立っている状態。
「疲れたでしょう?自分の部屋に帰って休憩していいわよ」
実験中支持を出していた研究員のアシュリーはそう言うとそっけなくリアムの手首をとり脈を確認している。
頷くだけで返事を返すことができない。それだけ、彼は疲れていた。
薬で無理に能力を引き出しているせいか体力の消耗は半端なかった。
「待ちたまえ、アシュリー君、彼にこの薬を試してみたいんだがね」
持っている書類から顔をあげてアシュリーは彼を見た。
声をかけてきたのはクレイジーで有名なグローム教授。
「リアムにはさっき薬を打ったばかりです。
ごらんのように立っているのがやっとですし、今彼に薬物を過剰に投与するのは
やめた方がいいでしょう。他の被験者で試してみればよろしいのではありませんか」
グローム教授が嫌いなアシュリーは慇懃無礼に言葉を返す。
「そうだね。今の彼ではね。それでは5時間後をまつとしようか」
あくまでも薬を打とうとする教授に物申すアシュリー。
「ですから、止めて下さいと申し上げています」
キラーグローム、教授の別称は伊達ではない。
研究熱心な彼は何人も被験者を殺してきた。
それでもラボを追放されないのはそれに見合った研究成果のおかげだった。
その彼がリアムに目をつけたのだ。
「部屋に戻りなさい。リアム。いい、これは忠告よ。死にたくなければ教授から逃げ切りなさい」
「死にたくなければとは失礼な」
教授は舌なめずりをしながらリアムをみている。
好色そうな教授の視線に寒気が走ったが、リアムはあくまでもポーカーフェイスを通した。




