超人クラブへようこそ その25
「おばさま、異常です!
どうしてそんな発想になるんですか。先輩の意思が全くないじゃないですか」
「お黙んなさい!貴女に指図される覚えはありません」
「黙りません!私は」
部屋の中で言い争う二人の声がひと際大きくなった。
ガチャリと扉が開く。
車いすを押す俺、椅子の上の角田先輩、傍らに立つ菊留先生。
「先輩」「母上」「護ちゃん」
泉、先輩、おばさんの3人の声がほぼ同時に部屋に響く。
「あらっ、良かった。元気そうじゃない。護、さぁ、こんな所、長居は無用、
家で寝てれば治るわよね。さっさと帰りましょう」
「何言ってるんですか、先輩はここに運ばれた時、瀕死だったんです。
帰るなんて論外です!!」
登紀子は泉の声を無視して車いすに駆け寄り座っている先輩を無理やり立たせようとする。
登紀子に掴まれた手がもろに傷に障ったのか。先輩の眉根にしわが寄る。
そして先輩は菊留先生のあの言葉を口の中で小さく反芻していた。
1.ことわっていい権利
2.答えなくていい権利
3.自分で選択していい権利
4.途中で考えを変えてもいい権利
5.嘘をついてもいい権利
6.悲しみを表現していい権利
7.離れてもいい権利
「パシッ」と拒絶の音が部屋中に響いた。
先輩が思いっきり母親の手を叩きはらった音だった。
角田登紀子の顔に朱が上る。般若の形相だった。
「どういうつもりなの、私に逆らうなんて。許さないわよ。護」
「母上」
「貴方は私のいう事を素直に聞いていればいいのよ」
「母上」語気が強くなった。
「少しは僕のいう事も聞いて下さい」
「護ちゃん」
「僕は性転換手術を受ける気はないし、ホルモン注射を打つ気もありません」
俺と先生は顔を見合わせて絶句した。
角田登紀子が亡くなった姉の代わりを先輩に求めていたのは知っている。
だが、ここまで斜め上な発想しているとは思ってなかったのだ。
もし、俺が自分の親から「ニューハーフ」になれと言われたら、めちゃくちゃ反抗して、母親を「くそばばあ」呼ばわりし家出してたに違いない。
「心配しなくても大丈夫よ、今からでも充分、女性らしくなるわよ。もともと貴方、女顔だしね」
呆れた。話が全くかみ合ってない。論議したいのはそこじゃない。
機が熟したと見たのか先生が「呪」を唱えた。
「天地開闢の理によりて、居並ぶ精霊に申し作る
見えざるモノを現にしめせ、顕現」
部屋の中に角田夢見の姿が現れる。
「夢見ちゃん!」
「母様、もうやめて、護は貴女の人形じゃない。
護に強制しないで、護の心を殺さないで」
「あなた、生きて」
「そんなわけないでしょ、忘れたの?
この振袖、貴女が私の棺にかけたものよ。」
「……。」登紀子は焦点の合わない目をして夢見を見る。
「あの日棺は燃やされた。私は死んだのよ。母様」
「夢見ちゃん、死んだ?あの日?」
「そうよ、母様、現実を見て、私の代わりなんてどこにもいないのよ」
「死んだ?夢見ちゃん、うそよ……そんな」
溺愛した娘の死、それが受け入れらなかった。
その代償を面差しのよく似た弟に求めた。
要求はどんどんエスカレートした。
最後は性転換まで強要しようとした。
なんという母親だったのか、私は
「いやああああああっーーーーーーー」
過ちを認めて床に突っ伏して登紀子は号泣した。
「夢見ちゃん、許して、私は」
「母様」
「……先生、許すという権利はないんですよね」
先輩は小さな声で先生に確認を求めた。
「作ればいいんじゃないのかな。全く角田君。君たち姉弟は反抗期まで優しいんですね」
「性分です。人間ってそんなに簡単にかわれません」
角田先輩は苦笑する。
事態はあっけなく終息した。
母親と和解した先輩、彼岸に帰った角田夢見。
あれほど言い争っていた泉も登紀子と和解し親しげに話をしている。
女ってのはわからない。今回表立って登紀子に意見しなかった菊留先生も当たり障りのない話に終始し、その場はお開きとなった。
二週間後先輩は病院を退院していった。
次の週の日曜、泉と一緒に角田家のバラ園に招待された。
ヨーロピアンガーデン風の庭は色とりどりのバラが咲き乱れ百花繚乱の様相を呈していた。
女中に案内されガーデンに設置されたテーブルと椅子に座って先輩が来るのを待った。
「!!!、やっだー先輩、似合いすぎ!」
やってきた先輩を見て泉が叫ぶ。
先輩は霊山が描かれた山吹色の女物の訪問着を着ている。
折檻はなくなったが母と和解したあとも時々、姉の夢見の着物を着せられるんだとか。
「まぁ、このくらいの妥協はしょうがない」
そう言って先輩は笑った。
改心したとはいえ、人間ってそんなに簡単に変われない。
達観した風情の先輩の言葉がよくわかるそんな午後のバラ園だった。




