超人クラブへようこそ その15
初めて会った彼は、名家と呼ばれる角田家のミソッカス感、半端ない、ひ弱で大人しい感じの子供だった(見た目は)一歳年下の私は彼の目にどう映っていたのか解らない。
紹介されたのは、稽古が終わって帰り支度をしている時だった。
「泉さん、泉加奈子さん、こちら角田護君、ご挨拶して」
「はい、先生」
花柳流の日舞の先生に促されて
持ち前の優等生ずらした愛想の良さで、自己紹介しようとした。
実際、学校ではクラス委員をしており面倒見の良さは定評があった。
勿論あだ名は委員長で通っている。クラスの男子にそこそこ人気のある笑顔で彼に近づき、握手を求めながら言う。
「はじめまして、松田小5年 泉加奈子です。よろしくね」
言い終わらぬうちに、握手を求めた右手をパンと思いっきりはたかれた。
何、こいつ、初対面の印象サイアク!
どちらかと言えば整った美少年系の彼は、およそ美少年の定義から外れる行動をして平然と言い放った。
「僕は松田西小6年、角田護、女と握手なんかしない」
「あっ……そうなんだ」
会話が続かない。
踊りの稽古に来ていた周りの生徒たちは驚いて一斉に私語をやめ場が一瞬にして静まり帰った。
「あら、あら、だめよ、角田君、女の子には優しくしないと」
先生に窘められたが彼は、一向に気にする気配がなくぷいと横を向いて答えない。
「この度の舞踊発表会、二人に組んでもらって舞台に出てもらおうと思ってるんだけど」
「えーっ、無理です、こんな奴と」
二人、同時に叫んだ。
私の方はさっきの彼の態度でそう言ったのだか面くらった。
彼とは初対面、どうしてこんなに疎まれるのか解らない。
もしかして、私だけじゃなく女子全般にこの態度?
「二人とも年が近いし、レベルも同じくらいだし考えておいてね」
そう言われて彼を見るが、聞いてない風を装い相変わらずな態度だった。
仲良くなれそうもない。
それでも一応努力だけはしてみた。先生がいなくなってから話しかける。
「あのさ、どう思う?今の話」
「どうって」
斜に構えてくそ小生意気な口を聞く。
「だから……さっきレベル一緒って言ってたけど」
「うん」
「私、三歳から習ってたんだけど」
「僕もだよ」
「うそ、だって教室で見たことないし」
「親に仕込まれてたの、そろそろ教室通えって言われて仕方なく通うことにした」
「へぇ、角田の若様、ミソッカス君もようやく親の眼鏡にかなう程度には踊りがうまくなったんだ」
「ミソッカスって言うな」
彼のアキレス腱らしい。真っ赤になって怒っている。
「ごめん、気に障った?私としては受けてもいいと思ったけど」
「どうして?」
「だって、面白そうじゃない?競う相手がいるって」
今まで歳の近い同レベルのライバルがいなかった。
「そういえばそうだね」
「ねぇ、お姉さん高校生の角田夢見さんでしょう?」
「うん、そう」
「名取試験受かったんだって、すごいね」
「名取」とは、ある一定以上の芸を認められた門弟に対し、その流派の「苗字芸名」を許可する制度のことだ。なかなかその域に達する事は難しい。
ましてやその上の「師範」を目指せばかなり高度な技術が要求され、合格者は毎年ほんのわずかとなる。
「母上の期待の星、おかげ様でお姉さまを見習いなさいと
日々、耳にタコができるくらい聞かされてる」
「名家って意外と大変なのね」
「うん」
「さっきの話、考えてみて、私はやってみたい」
「わかった。泉って意外と話せる奴だな」
「みんなそう言うよ」
「さっきはごめん」
「意外と素直、謝ってくれるとは思わなかったな」
「素直って言うな」
赤くなって照れてる。なんかかわいい。
「ねぇ、なんて呼んだらいいかな、
角田君っていうのもなんか変な感じ一学年上だし」
「角田でいいよ」
「あっ、先輩、先輩でいいよね」
「……うん」
そんな話をして先輩と別れた。
別な日、書道教室で楷書の練習をしていた。からりと襖をあけて入ってきた新入りは他ならぬ、先輩だった。
「泉、どうしてここに」
「だって、私、ここの生徒だし」
「先輩こそなんで」
「母上に言われて」
「あら、二人とも知り合い?ちょうど良かったわ。仲良くしてね。二人とも同じ2段だしね」
にこにこしながら先生が言う。
「先輩に書道の趣味があるとは知りませんでした」
「僕だって好きでやってないよ」
「名家は大変ってこと?」
「そういうこと」
また、別な日
茶道教室で一緒になった。
「泉、なんでここに……」
「ことごとく被るなんてもはや、運命を感じるわ」
「感じなくていいよ。運命っていうより因縁じゃないかな」
教室初日にもかかわらず、皆の前でお手本の手前をやってのける。
御茶入れ、お茶杓拝見の銘を聞かれた時も淀みなく「泪」と答えた。
千利休が豊臣秀吉に自害を命じられた時、死ぬ前の最後のお茶席にて「泪」と記した茶杓を使用し、
弟子の古田織部に贈ったとされている。
それを意識したのだ。
「先輩すごく上手」
「だから、親に仕込まれたんだって」
角田家恐るべし、後継ぎとみなされていない次男でも芸事の腕前はすばらしい。
ましてや、上の兄姉なら腕前は相当に上なんだろう。
「あのさ、名家って言われてるけどそうじゃないから、うちはただの成り上がりだからね」
二言目には先輩はそう言って私を窘める。
そんな先輩の家がおかしくなって行ったのは
上のお姉さん角田夢見が交通事故で亡くなってからだった。
先輩はその事故現場にいた。姉と肩を並べて歩いていたら
道路側を歩いていた姉だけをさらってトラックが右側面の商店街に突っ込んでいった。
飲酒運転だった。
病院に運ばれた時は虫の息、
ただなすすべもなく亡くなるを待つしかなかった。
慟哭した母親に「お前が死ねば良かった」と先輩は言われたらしい。
それが一年前の話
その頃の先輩は手が付けられないほどの根暗になり
会話もできない状態だった。
そこまで聞いて高森要は両手で泉の肩を押え
がっくりと頭をさげて言う
「聞くんじゃなかった……。」
「私だって言うつもりなかったけどあんまり高森君がしつこいから」
「ごめん、泉」
「いいけど……先輩のあの傷」
「うん」
「焼け火箸だよ」
「えっ?」
「踊りがうまくできないと母親が押し付けるの」
「それって虐待じゃあ」
「だから、先生が怒るんだよね」
「……」
「先輩、ばれたくないから猛禽の爪で傷に上書きしてる」
それってかなりヤバい状態なんじゃないのか。
書道部に誘ってくれた時の先輩を思い浮かべる。
そんな家庭環境を微塵も感じさせなかった……。
あれは演技だったんだろうか。
泉は先輩の事がほっておけないと言う。
今となってはよくわかる説明だった。




