叙位式
わたしは帝国宰相との話し合いを「円満に」終えて部屋に戻ると、思わず枕を壁にたたきつけた。宰相にとっては、わたしをウェルシー伯に任じても損はないし、前ウェルシー伯の借金の返済が約束されればマーチャント商会への義理を果たすこともできる。もともとエルブンボウと隻眼の黒龍を失っていた御曹司にとっては、現状以上に損失が拡大することはない。(無理がありすぎるけど)わたしをご隠居様の娘ということにしておけば、他の諸侯から「家柄がどうのこうの」と問題にされることもない。帝国宰相としては、この程度の譲歩は最初から織り込み済みだったのかもしれない。だからわたしを追い込まずに妥協の道を選んだのだ。
「まあまあ、ともあれ、爵位をくれるっていうんだから」
プチドラはなだめてくれたけど…… わたしはプチドラの尻尾をつかんで逆さに持ち上げ、
「あなたも枕みたいになりたい?」
「ひぃ~、やめて、マスター。ギブ、ギブアップ!」
「ごめん、冗談よ」
過ぎ去ったことをいつまでも気に病んでいても仕方がない。一応、最低限の利益は確保できたことだし……
数日後、宮殿の大広間で、ウェルシー伯叙位式が行われた。
「わたくしカトリーナ・エマ・エリザベス・ブラッドウッドは、天地神明に誓って皇帝陛下をお守りし(云々)……」
式典は(形式的に)皇帝が主宰し、帝国宰相も臨席した。わたしが長々と宣誓の口上を述べると、皇帝がそれに応える形でわたしに伯爵位と封土を与える旨を述べた。さらに、勲章とか褒章とか徽章とか、ウェルシー伯のしるしとして、いろいろなものを下賜された。
同時に、ウェルシーを不法占拠している武装勢力の討伐を命じられた。もちろんこれは形ばかりで、討伐も八百長だ。帝国宰相によれば、「書類上、武装蜂起が鎮圧された形にしておかないと困るからだ」とのこと。
叙位式にはそれほど時間はかからなかった。式典が終わり、大広間を出ると、身長2メートル30センチを超える巨漢、言わずと知れたツンドラ候がわたしを待っていた。
「よお、今日からウェルシー伯だって? 俺様には、なんだかサッパリ分からんが、何はともあれ、よかったじゃないか。でも、残念だな。俺様の後宮に入れてやろうと思ってたのに」
と、相変わらずの「単細胞」ぶり。
なお、ツンドラ候の弁護人は病気と称して寝込んでいて、訴訟に進展はない。ツンドラ候自身は裁判のことなんかサッパリ分からないから、訴訟は休廷のまま、うやむやに終わるだろう。こちらとしては好都合だ。
「武装勢力の討伐も命じられたらしいな。兵隊なら貸してやるから、必要なら言ってくれ。結構、手強いらしいぞ。なんなら、この俺様、『無敵のエドワード』が、直々に天誅を下してやってもいい」
「ありがとう。でも、隻眼の黒龍がいるから、問題ないわ」
本当に何も知らない「単細胞」。少しばかり人を疑う心があっても罰は当たらないと思うけど、本人にとっては、「単細胞」でいる方が、多分、幸せだろう。




