帝国宰相の誘い
弁護人は意識を取り戻すと、わたしに平謝りに謝り、「どうか、このことをツンドラ候に言わないでください」と懇願した。ツンドラ候はまだ、気持ちよさそうに眠っている。今回の失態がばれたら本当にぶっ殺されるそうだ。この弁護人がどんな末路をたどろうと、わたしには関係ないが、あえて血を求めることもあるまい。
「わたしからは言わないけど、これからどうするの? 訴状の訂正? 出し直し?」
「その点については、もう一度じっくりと考えさせてください」
弁護人はすっかり打ちのめされ、消え入りそうな声で言った。そして、ツンドラ候を起こし、精一杯の営業用スマイルで、「本日はこれで終了、次回の日程は未定」と、ごまかした。
休廷ということなので、わたしはツンドラ候や弁護人と別れ、宮殿に戻ることにした。その途中、何度も街中を徘徊したい衝動に駆られたが、
「絶対、ダメ。命にかかわるよ」
プチドラが袖をつかんで離さなかったので、残念ながら、見物はお預けとなった。
宮殿内にあてがわれた部屋に戻り、しばらくくつろいでいると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。入室を許可すると、年配のメイドが一人、ドアを開け、
「カトリーナ様、実は、帝国宰相がお話をしたいとのことで、中庭の噴水の前でお待ちです」
「分かったわ。すぐに行くから、そう伝えなさい」
メイドは一礼して去った。今頃になって帝国宰相が話とはどういうことだろう。プチドラはぴょんとわたしの肩に乗り、耳元でそっとささやいた。
「今日の法廷での経過が帝国宰相にも伝わったのかもね」
「どういうこと?」
「宰相は、今までは御曹司が裁判で勝てると見ていたと思う。ツンドラ候の弁護人が、あの調子だったからね」
プチドラによれば、「御曹司が自分の騎士団にご隠居様の殺害を命令した」という事実を立証できなければ、御曹司への告発は不発に終わるので、最初の訴状のままではツンドラ候の敗訴は濃厚だったそうだ。ただ、プチドラが法廷で前例について陳述し、一時休廷になったものだから、
「ツンドラ候側で、まともな弁護人に交代して前例を援用すれば、今後は反対に御曹司の負けだよ。そうなってはマズイということで、何か手を打っておこうということじゃないかな」
「それじゃ、この誘いは、ひょっとすると、闇討ち?」
「それはないと思う。宮殿で血を流すのはご法度だから。ただ、行ってみないことにはわからないけどね」
なんだか不気味だけど、プチドラがいれば戦闘になっても安心だし、とりあえず中庭まで行ってみよう。帝国宰相がツンドラ候なみに「単細胞」でなければ、力で勝負してくることはないだろう。合理的に(闇)取引をしようというなら、こちらとしても歓迎だ。ドラゴニア候領を可能な限りの高値で売りつけてやろう。




