裁判の開始
帝国法務院は皇帝の宮殿から離れた場所にある。判決は皇帝の名前で出されるが、裁判自体に皇帝は関与しないからだという(すなわち、帝国法務院の独立性・政治的中立性が確立されているということ)。裁判は、帝国大法官のほか4名の法官で構成される合議体によって行われ、帝国大法官及び法官の当事者との接触・贈答行為等は禁止されている(違反した場合には、最高で死刑のうえ財産没収もある)。さらに、裁判の公正さが疑われるような事情(帝国大法官や法官への接待、証人への暴行・脅迫、偽証(これは犯罪である)等)があれば、申立てによって再審が認められている。
法廷では、御曹司とその弁護人が既に到着していて、ヒソヒソ話で打ち合わせをしていた。御曹司側にも証人として女性が一人、すごい目つきでわたしをにらみつけている。どこかで見た顔だけど、思い出せない。帝国法務院の記録係が既に所定の席につき、羽根ペンを握っている。わたしたちは原告側の席についた。
しばらく待っていると、つかつかと靴音高く、黒い法服を着て白いかつらをかぶった5人組が現れた。帝国大法官と4人の法官だ。帝国大法官は木槌でトントンと机をたたき、開廷を宣言した。
すると、ツンドラ候の弁護人は訴状を読み上げ、
「まず、ドラゴニア候アーサー・ウィリアム……(略)……ブラッドウッドを父親殺害の罪で告発する。次に……」
御曹司の名前を聞いたのは初めてだ。それにしても長い名前。簡単に呪いをかけられないようにという意味もあるのだろうか。
こうして訴状の読上げが終わると、
「被告は原告の主張を認めるか?」
帝国大法官は尋ねた。御曹司は、ひと言、
「否認する」
そこで、ツンドラ候の弁護人は、わたしを証人に申請した。わたしは、まず、御曹司の騎士団がご隠居様のお城に攻めてくるのを見たこと、ご隠居様の死体を見たことを証言した。
なお、証人尋問が始まる頃になると、ツンドラ候はスヤスヤと寝息を立て始めた。法廷は退屈で眠くなるのは分かるけど、自分の訴訟で居眠りとはいかがなものか。ちなみにツンドラ候は、この日の法廷が終わるまで、目を覚まさなかった。
一方、御曹司は、わたしがいかがわしい人物であると力説し、証明力を減殺する法廷戦術を取った。そのいかがわしさを立証するために呼ばれたのが御曹司側の証人、その名は、マーガレット・アンジェラ・クリスティアーナ・バスターブレイカー。すっかり忘れていたけど、。御曹司側の証人は御大だったのね……
「この女は、本当はすごくインランな魔女で、ご隠居様を寝技でたらしこんで、意のままに操っていると噂されていました」
マーガレットは、わたしがいかに悪辣な女であるかを印象づけたいのか(個人的な恨みもあるのだろう、多分)、派手に身振り手振りを交えて証言した。でも、帝国大法官も法官も眉毛ひとつ動かさない。ポーカーフェースなので、表情からは、何を考えているか、まったく見当がつかなかった。




