帝国宰相
謁見が行われる大広間では、ツンドラ候と御曹司が先に来て待っていた。二人とも着替えをして、なんとも言いようのない派手な衣装を身にまとっている。街中で着ていると変に思われそうだが、これが礼装ということだ。なお、宮殿内とあって、武器や防具の類は身に着けていないようだ。
「ほぉ! なかなかじゃないか!!」
ツンドラ候はわたしを見て声を上げた。だらしなく頬が緩み、品のない薄笑いを浮かべている。他方、御曹司は、苦々しい表情で、わたしをじっとにらんでいるだけだ。
しばらくすると、貧相な官吏が一人、駆け足で現れ、ひと言、
「これより帝国宰相がおいでになります。皆様方、くれぐれも粗相のないよう、お願いいたします」
言い終わるや、そそくさと去っていった。
官吏がいなくなると、ゆっくりとした足取りで初老の男が現れた。ツンドラ候と御曹司は即座に片膝をつき、頭を下げる。わたしも二人と同じように片膝をついた。よく見ると、プチドラも同じことをしている。でも、プチドラとしての身体部分の構成比を考えれば、相当に無理な体勢に見える。
「一同の者、面を上げよ」
帝国宰相が言った。宰相に関するわたしの予想は当たらずしも遠からずで、髪には白いものが混じり、額にはしわが深く刻みこまれているが、目つきは獲物を狙う猛禽類のごとく。用心しないと足をすくわれそうなタイプだろう。
「遠路はるばるご苦労であった」
帝国宰相は鋭い眼光でわたしをにらみつけた。(つい条件反射的に)負けまいとわたしがにらみ返すと、宰相はニヤリと口元に不気味な微笑を浮かべた。ツンドラ候がこの前に言っていたように、御曹司が宰相にゴマをすってうまく取り入って総司令官の地位を手に入れたなら、御曹司と宰相は仲間同士。もしも宰相が裁判に関与できるとすれば、御曹司を負かすのは非常に困難のように思える。
「裁判は1週間後だ。双方とも、それまでに準備を整えるがいい」
宰相はそう言い残し去っていった。これでは謁見と言うより、顔見世ではないか。
「さあ、これから忙しくなるぞ」
ツンドラ候は立ち上がり、張り切って(意味もなく)巨体を揺らした。対照的に、御曹司は黙ったまま、うつむき加減に大広間を出た。ツンドラ候は頭に手をやりながら、
「カトリーナ殿、実は、自慢じゃないが、俺様は裁判とはどういうものか、サッパリ分かっていないのだ。早々に弁護人を遣って説明させるから、よく相談しておいてほしいのだ」
「……」
わたしは、一瞬、言葉を失った。訴えたのはツンドラ侯でわたしは単なる証人ではないのか。単細胞……本当に自慢じゃないと思う。




