帝国政府の内情
「メアリー、余裕がないって、どういうこと?」
「ご存知なかったですか。今現在、帝国は南方のトカゲ王国を討伐するため、諸侯連合軍を派遣しているのです。その一件が片付くまで、こちらに構う余裕はないと思います」
そんな話は初耳だ。わたしは非難する意味を込め、ポット大臣をにらみつけた。しかし、大臣も心底驚いた様子で、
「そうだったんですか。なるほど、帝国宰相が動こうとしなかった理由がようやく分かりました。なにしろ混沌の軍勢が攻めてきてからというもの、その対応に手が一杯で、世情にはすっかり疎くなっておりましたから」
少々職務怠慢のような気もするが、確かに混沌の軍勢との戦争で大忙しだったから、無理もないことかもしれない。
メアリーの話によれば、南方のトカゲ王国(リザードマンの国)が、帝国に臣従しているにもかかわらず、最近になって勝手に近隣諸侯の領地への侵略を繰り返すようになったので、帝国宰相の呼びかけにより、ドラゴニア候(御曹司!)を総司令官とする帝国軍(諸侯連合軍)を編成し、討伐に向かうことになったという(ご隠居様のところで、御曹司が「近いうちに編成される南方派遣軍の総司令官」と言ってたのは、このことだろう)。マーチャント商会も、最強の将軍と精鋭部隊を連合軍に参加させたそうだ。
「メアリー、あなたが最強じゃなかったの?」
「わたしは、残念ながら……、2番目です」
メアリーは苦笑して言った。マーチャント商会は債権を取り立てるため、行動可能な者のうちでは最強のメアリーをこちらに派遣したそうだ。
わたしはプチドラを抱いて寝室にこもった。とりあえず、すぐに危険にさらされることはなさそうだ。戦争する気がないからこそ、逆に「武力行使も辞さない」と、おまじないをかけたのだろう。この状況を利用する手があるかどうか。わたしはプチドラを抱いたまま、ベッドの上であおむけに寝転がった。プチドラはわたしの胸の上で、
「マスター、これからどうするの?」
「どうしようか……」
「諸侯連合軍の南方遠征中に、帝国の都を占領し、トカゲ王国と同盟して帝国を二分するとか……」
「壮大な作戦だけど、分不相応な野望は没落を早めるだけと思う」
「それじゃ、内政に専念して国力を充実させる?」
「ちょっと消極的ね。帝国がトカゲ王国をやっつけたら、次に矛先が向くのはわたしたちよ」
わたしはベッドの上で上体を起こした。プチドラは腕を組み、
「うーん、難しいな。諸侯連合軍の仲間に入れてくれって頼んでも、入れてくれないだろうし」
「うん。こっちから頼んでも足元を見られるだけでしょうね。帝国に頼まれて、わたしがウェルシー伯を継承することを条件に引き受けるなら……」
「マスター、その方針は、なかなかよさそうかも。諸侯連合軍に苦戦が続けば、背に腹はかえられないから、僕たちに声をかけるかもしれないよ。だからね……」
プチドラは「秘策」と称し、わたしの耳元で「ごにょごにょごにょ……」と、その内容をささやいた。なるほど、これならいけるかも。プチドラもなかなかの策士のようだ。




