表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化、コミカライズ】転生難民少女は市民権を0から目指して働きます!  作者: 鳥助
番外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

365/365

アルセイン子爵(16)

 説明会の日の朝。


 まだ日が高く昇りきる前から、広場には人の列ができていた。簡易な演壇を作り、町の中央に幕を張る。地方官吏たちは資料を手に走り回り、誘導の声が飛び交っていた。


 けれど、集まってきた領民たちの顔には期待よりも、不安の色が濃い。新しい制度、未知の仕事、そして子爵が自ら説明するという前代未聞の出来事。心がまだついていけなかった。


 そんな中、私は演壇のそばで深呼吸をした。緊張している。領民と同じ気持ちになって、少しだけ。けれど、ここで伝えなければならない。そうでなければこの町で生きていく人たちが、どんな未来を築けるのかを描けない。


「子爵様、準備が整いました」


 官吏のひとりが小声で告げた。私は頷き、ゆっくりと壇上へと歩を進める。木の板を踏むたびに、周囲のざわめきが少しずつ静まっていく。


 目の前には、千人を超える領民たち。彼らの視線が一斉にこちらへ向いた。緊張と戸惑いの混ざった、真剣な眼差し。


 大丈夫。皆、真剣に話を聞いてくれる。その気持ちに応えるためにも、私はここに上がったんだ。


 顔を上げ、澄んだ声で口を開く。


「皆さん。今日はこの町の新しい仕事と、これからの暮らしについてお話しします」


 広場の空気が静まり返る。その沈黙は、確かな期待へと変わりつつあった。


 私は微笑み、言葉を続ける。


「この町を、もう一度活気ある場所にするために。皆さんの力が、どうしても必要なのです」


 官吏たちはその後ろで静かに頷き、書類を手に構える。説明会が、いよいよ始まった。


「この町を再び立て直すには、皆さん一人ひとりの力が欠かせません。建物を建てるのも、食べ物を作るのも、道具を扱うのも、人の手です。この町を支えるのは、ほかの誰でもない、ここにいる皆さんです」


 言葉を重ねると、広場の前方にいた年配の男が顔を上げた。そしてその隣では、若い娘が不安そうに胸の前で指を握りしめている。


 私は二人に視線を向けながら、穏やかに続けた。


「けれど、そのためには仕事がなければなりません。働く場所があり、働く理由があり、働くことで生活を築ける。そうして初めて、町は動き始めます。ですから、私たちはその仕事を用意しました」


 わずかなざわめきが広がる。町に住むだけではなく、しっかりと仕事を用意してくれたことに驚いたようだ。


「これから皆さんにお話しするのは、その仕事の内容です。木工、鍛冶、宿屋、仕立て、農業、商い……。町のあらゆる場所で、人の力を必要としています。自分に合うものを選んでください。無理に決める必要はありません。しっかり聞いて、考えて、納得した上で選んでほしいのです」


 言葉にこめた真剣さが伝わったのか、領民たちの表情に少しずつ変化が生まれていく。最初の硬さが抜け、代わりに聞こうという意思が生まれ始めていた。


「仕事は、単にお金を得るためのものではありません。働くことで、人は日々を形づくり、誇りを持てます。自分の手で作ったものが町に並び、他の人に喜ばれる。その喜びが、生活の支えになるのです」


 私は、いつか見た光景を思い出していた。市場で笑う商人たち、職人が誇らしげに品を並べる姿、宿屋の女将が客を迎える温かな笑顔。あれこそが、生きるということだった。


「皆さんの働きが、この町を作ります。家族を養い、友を助け、未来を築く力になります。働くということは、町のためだけでなく、自分自身を強くすることでもあるのです」


 その言葉に、いくつもの小さな頷きが生まれた。老人の目には光が宿り、若者たちは互いに視線を交わす。静かな広場に、希望の火がともるような瞬間だった。


「ですから、今日お話しするそれぞれの仕事を、よく聞いてください。そして、あなたがこれをやりたいと思えるものを見つけてほしい。その選択が、この町の未来を形づくります」


 私は胸に手を当て、深く頭を下げた。


「どうか、この町の再生に、共に力を貸してください」


 その瞬間、広場のあちこちから拍手が起こった。最初は小さく、控えめだったが、やがて次々と手が鳴り、音が広がっていく。


 不安で沈んでいた空気が、少しずつ光を取り戻していった。


 確かにその手応えを感じていた。説明会はまだ始まったばかり。それから始まった具体的な説明は、静まり返った広場にしっかりと響いていった。


 どんな職業があり、どのような仕事をするのか。どういう役割があり、誰に役に立つのか。一つずつ丁寧に説明をして、領民たちの理解を深めていった。


 始めは不安そうな領民だったが、詳しい話を聞いて、次第に誰もが真剣に耳を傾けてくれた。そして、その目には希望の光が灯っているように見えた。


 長い説明が終わったとき、しばしの沈黙が広場を包んだ。緊張がまだ残っていた。けれど、それは先ほどまでの恐れではなかった。


 不安で縮こまっていた顔が、今は前を向いていた。その光景を見つめ、胸の奥に温かいものが広がっていくのを感じた。伝わった。そう確信できた瞬間だった。


「皆さん、ありがとうございます」


 声を上げると、群衆の中から自然と拍手が起こる。その音が風に乗って、町の隅々にまで響き渡るようだった。


「では次に、自分が関わりたい仕事を申告してください」


 地方官吏のひとりが声を張り上げると、各所で机が並べられ、受付が始まった。木札と筆記具を持った官吏たちが人々を誘導し、仕事の希望を聞き取っていく。老人が手を挙げ、若者たちが列を作り、母親たちが子を背負いながら順番を待つ。


 それは、まるで冬のあとに訪れた春のような光景だった。人々が互いに声を掛け合い、未来を語り合う。昨日まで止まっていた町が、今まさに動き出している。


 壇上からその様子を見つめ、そっと息を吐いた。緊張がようやく解け、頬に柔らかな笑みが浮かぶ。


「これでようやく、町が始まりますね」


 その言葉に、隣で控えていた官吏が深く頷いた。


「はい、子爵様。今日が、この町の新しい始まりです」


 活気の溢れる領民を見て、胸の奥がじんわりと熱くなった。


 今まで、どれだけ準備しても、どれだけ計画を立てても、それはまだ形でしかなかった。だが今、目の前にいる彼らの笑顔や声が、それを現実に変えている。


 子どもを抱えた母親が受付に並び、若者たちが肩を組みながら語り合い、年配の職人が真剣な顔で官吏に希望を伝えている。


 それぞれが前へ進んでいく。まるで、長い冬を越えてようやく大地に芽が出たようだった。あとは、私達の手でその芽を大きくするだけだ。

今回の更新はここまでです。

今年はあともう一回更新したいと思います。

よろしくお願いします。


また、ノベル六巻とコミカライズ二巻が11/10に発売されます。

こちらをぜひ手に取っていただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ