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【書籍化、コミカライズ】転生難民少女は市民権を0から目指して働きます!  作者: 鳥助
番外編

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アルセイン子爵(15)

 領民が安心して働けるように、まずは資金面の支援を整えた。低利貸付、税の猶予期間、そして補助金。この三本柱によって、人々が再出発できる下地はようやく整った。


 だが、仕組みだけでは町は動かない。仕事があっても、何をどうすればいいのか。それを教えられる人がいなければ、現場はすぐに行き詰まってしまう。


 道具の使い方、材料の扱い方、仕入れや販売の手順。すべてが初めての者たちにとっては、未知の世界だ。


 だからこそ、次に必要なのは知っている人だった。経験を持ち、指導できる人々を一時的にでも町へ呼び込むこと。それが、町の仕事を根付かせるための最後の鍵だった。


 けれど、それは容易なことではない。熟練の職人や商人たちは、どこでも引く手あまた。頼むにしても、人手を割く余裕のある者は少ない。


 それでも、私は諦めなかった。


 働いていた頃、私は多くの人たちに助けられ、学び、支えられてきた。その中には、店の主や工房の職人、宿屋の店員や市場の行商たち……それぞれの分野で懸命に生きる人々の顔が思い浮かぶ。


 この人たちなら、きっと力になってくれる。そう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。


 私は机に向かい、ひとつひとつ手紙を書き始めた。


 この町の現状と、目指す未来をありのままに綴る。仕事を求めて集まった人々が、自分たちの手で生活を立て直そうとしていること。けれど、指導してくれる人が足りず、どうしても助けが必要なこと。


 ほんの少しの間で構いません。どうか、この町の再建をお手伝いください。


 そう書き添えた手紙を、何十通も。コーバスで共に働いた人々のもとへ、片っ端から送っていった。


 その数日後――思いがけないほど早く、返事が届き始めた。


 久しいな、リル。まさかお前が町を興しているとは思わなかった。手伝わせてもらおうじゃないか。


 うちの弟子を何人か連れて行く。木工の基礎くらいなら教えられるはずだ。


 リルちゃんの頼みとあれば、断れるわけないよ。うちの宿の子たちも行きたいって言ってる。


 手紙を読みながら、私は胸の奥が熱くなるのを止められなかった。


 忙しいはずの人たちが、迷うことなく協力を申し出てくれている。過去に一緒に汗を流した人たちが、今度は私の呼びかけに応えてくれた。


 ああ、あの時の出会いは無駄じゃなかったんだ。


 思わず、手紙を胸に抱きしめる。懐かしい筆跡と共に、かつての職場の風景がよみがえる。笑い合いながら働いた日々、叱られながら覚えた仕事の数々。それらすべてが、今この町の未来へと繋がっている。


 「……みんな、本当にありがとう」


 小さく呟いた声は、誰に聞かせるでもなく部屋に溶けていった。けれど、その言葉には確かな温もりが宿っていた。


 こうして、一時的に協力してくれる職人や商人たちが、この町に集まってくることになった。町の再建は、ひとつの段階を超え、次の大きな前進を迎えようとしていた。


 ◇


「では、次は仕事に割り振る人員の件についてですね。ある程度は目星はつけていますか?」

「はい。この町に必要な職業の選定は終わっています。町の規模と生産力の見込みから、どの分野にどれだけの人手を割くかも、大まかに算出しました」


 自分でも、ここまで段取りを整えられたことに少し驚いていた。日々、資料を広げ、夜遅くまで数字とにらめっこした甲斐があった。


 それでも、まだ油断はできない。どれだけ計画を立てても、現場で動くのは人。感情があり、暮らしがあり、それぞれの事情を抱えている。


「そこまで進んでいるのであれば、次は具体的に人員を割り振る事を始めましょう」

「はい。けれど……」


 私は少し考えてから、口を開いた。


 職を与えるということは、単に仕事を振るということではない。人々の生活と誇りを形づくる行為だ。間違えば不満が生まれ、正しく導けば希望になる。


「その前に、領民たちに説明が必要ですね」

「どのような説明が必要ですか?」

「職業の内容です。どんな仕事があり、どのような役割を果たすのか。領民自身が理解して、自分に合う職を選べるようにしておくことが大切です」


 ただ仕事を与えるだけでは、誰も納得しない。知らない仕事に就けと言われても、誰も動けないのは当然だ。


「それは必要なことですね。では、領民を一か所に集めて、説明会を開きましょう」


 支えてくれる人たちがいる。過去に一緒に働いた仲間たち、手紙一つで駆けつけてくれた職人たち。その思いに応えるためにも、準備を怠るわけにはいかない。


「説明会は、私が責任を持って行います」

「いえ、そんな……。子爵が出て行かずとも、我々で説明いたします」

「この中で様々な職業について知見を得ているのは私だと思います。なので、一番詳しい私が説明をするべきです」


 私の申し出に地方官吏たちは戸惑った様子だった。子爵が自ら領民の前に出て、説明をする必要はないと思っているようだ。


 立場からみれば、その意見は理解出来る。でも、この場で誰よりも詳しく説明出来るのは自分だと自負している。


 納得がいかないような顔をしている地方官吏が多い。だから、ここは実力で分からせる。


「では、宿屋はどのような仕事なのか説明出来ますか?」


 突然の質問に、地方官吏たちの間に小さなざわめきが走った。数秒の沈黙ののち、年配の官吏が咳払いをして立ち上がる。


「ええと……宿屋というのは、旅人に部屋と食事を提供する仕事でございます。清掃や寝具の管理、客の出入りの記録なども行います。

 宿泊費を受け取り、滞在の便宜を図る。といったところでしょうか」


 まとめられた言葉。間違いではない。けれど、その説明では足りない。


 私は軽く頷くと、静かに口を開いた。


「確かに、それも宿屋の仕事です。ですが、それだけでは旅人はこの町にもう一度泊まりたいとは思いません」


 その言葉に、官吏たちが息を呑む。机の上に指を置き、一つひとつを確かめるように、淡々と語り出した。


「まず、宿屋は町の顔です。旅人が最初に出会うのは領民ではなく、宿の主人と従業員。彼らの応対一つで、この町の印象が決まります。挨拶、言葉遣い、清潔な部屋。それらはもちろんですが、何より大切なのは心のゆとりを感じさせること」


 過去に宿屋の仕事を手伝い、宿屋に泊った経験が言葉に重みを与える。


「客の中には、長旅で疲れ切っている人もいれば、不安を抱えている人もいます。そうした人に、温かいスープを一杯差し出せる気遣いができるか。寝具を整える時、ほんの少し香草を添えて安らげる空間を作れるか。そうした心配りの積み重ねが、この町への信頼になるのです」


 言葉を重ねるごとに、空気が変わっていく。官吏たちはいつの間にか、息をひそめてリルの話に耳を傾けていた。


「それに、宿屋は情報の拠点でもあります。旅人の噂、商人の動向、他領の情勢。すべてが自然と集まる場所。つまり、宿屋をよく管理し、信頼できる者を置くことは、町の安全を守ることにもつながるのです」


 最後にリルは微笑みながら、静かに締めくくった。


「宿屋はただの宿ではありません。この町の玄関であり、温もりであり、情報の橋渡し役でもある。だからこそ、私は自分の言葉で領民に伝えたいのです」


 会議室の中が、しんと静まり返る。さっきまで反対の空気を漂わせていた官吏たちが、今では誰一人として異を唱えられなかった。


 年配の官吏が、少し照れくさそうに咳払いをした。


「……承知いたしました。子爵がご自ら説明されるのが、最もふさわしいようでございますな」


 その言葉に他の地方官吏は納得をしたように頷いた。


「この町の未来を担うのは、領民ひとりひとりです。どんな仕事であっても、誇りを持って臨めるように、私が責任を持って伝えます」


 その言葉に、官吏たちは深く頷いた。もはや反対の色はなく、そこにあるのは信頼と敬意だけだった。


「承知いたしました。会場の手配や人の呼びかけは、我々にお任せください」

「領民を安心させるためにも、子爵のお言葉をしっかりと聞かせる場を整えましょう」

「説明の前後の段取りも、滞りなく進めてみせます」


 次々と声が上がり、先ほどまでの硬さが嘘のように、会議室には一体感が広がった。


 そう。誰かに任せるだけでは駄目。自分の言葉で、思いを伝えること。それがこの町を動かす第一歩になる。


「では、準備をお願いします。説明会の日は、町の再生が本当の意味で始まる日になります」


 その宣言に、官吏たちは一斉に立ち上がり、力強く頭を下げた。


「はっ! 必ずや万全の準備を整えてみせます!」


 窓の外では、薄曇りの空の隙間から光が差し込む。新しい町の未来を照らすように、その光は会議室の机の上を温かく包んでいた。

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― 新着の感想 ―
これぞ、真ルートに違いない。 リルの多種多様な経験が、重さとなってまちづくりに役立っていますね! オールラウンダーの真骨頂ですね。
とうとう経験と人脈が活かせる段階に!
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