アルセイン子爵(14)
住居を整えたあとは、生活の基盤を支える「仕事」を整える段階だ。町が単に人を住まわせるだけでなく、働く場がなければ経済は回らない。それが次に取り掛かるべき最重要事項だと、私は改めて感じた。
まずは地方官吏たちと円卓を囲み、町にとって本当に必要な職種を洗い出した。
「まずは、現在の人口構成を基にいたしましょう。農地に適した土地が多いとはいえ、交易路にも面しております。商業も一定の規模を考慮するべきかと」
「そうですね。町の中心は交通の要所ですし、倉庫や宿場を兼ねる施設も有用かと存じます」
「であれば、行商や物流の支援体制を早めに整えるべきでしょうね」
私は手元の資料に視線を落としながら、官吏たちの意見をまとめていく。
「では、商業、農業、職人、そして公共サービスの四つを柱として考えましょう。それぞれにどれほどの人員が必要になるか、概算を出してください」
官吏の一人が即座に返した。
「はい、子爵様。周辺の町の資料を参考にすれば、おおよその比率は導けるかと存じます」
町の事例を資料として取り寄せ、人口規模や地理、既存の資源を照らし合わせながら「商業」「農業」「職人」「公共サービス」といったカテゴリに分け、各業種にどれだけの人員が見込めるかを試算していく。
「この町の周辺には森が広がっておりますから、木工や薬草採取の職も安定して需要がございます」
「ええ、加えて魔物も多く生息しておりますから、魔物素材にも期待出来ます。売買や加工などの商売も発生するでしょう」
「では、行商人や倉庫管理の枠も広めに見積もりましょう」
そうした根拠を一つずつ議論していった。
職種のリストがまとまると、次は実際に働く場所。すなわち職場となる建物の選定だ。
「現地の建物は、捨て置かれていたせいで荒れ果てております。補修が必要な箇所も多く……」
「一部では使えそうな施設がそのまま残っているものもあります。それを利用するべきでしょう」
「既存のものが残っているのは朗報ですね。他は安全面を最優先にいたしましょう。広さだけではなく、耐久性や換気、陽当たりも確認が必要です」
私は地方官吏たちと一緒に現地を巡回し、候補となる建物を見て回った。
「この建物は以前、鍛冶屋だったみたいですね。裏手に広い敷地があり、火を扱っても問題なさそうです」
「一度使ってみて、施設が問題なく使えるか確認しましょう。火を使う場所ですから、慎重にお願いします」
「宿屋候補の建物が見つかりました。寝具類は新調しないといけませんが、整えれば使えます」
「では、お手伝いの人が来たら、必要な物をリストアップしましょう」
建物を選ぶ際は、以前と同じ仕事で使っていた建物を出来るだけ再利用することにした。そうすれば、補修や改修が最低限で済み、必要な物と人を用意すればいいだけになる。
そうして、次々と仕事に合う建物を見繕っていく。視察を終えた私は、全体の配置図を広げながら口を開いた。
「さて、ここからは町全体の配置を考えましょう。私は、職種ごとに適した区分を設けるべきだと思います」
地方官吏たちが首を傾げる。私は指で地図をなぞりながら続けた。
「町の中心には人が最も集まります。ですから、商店や宿屋など人の往来が必要な職をこの周辺にまとめるのです。一方で、鍛冶や染め物のように音や煙が出る仕事は一か所に纏めておく。住宅や学校などの静けさを求める区域はそれとは離れた位置に。これで商業と生活の動線が整理され、町全体が息づくようになります」
分かりやすく説明をすると一人の官吏が、感嘆の息を漏らした。
「なるほど……。子爵様、それは実に理にかなっております。通りごとに特色が生まれれば、人も集まりやすくなりましょう」
「はい。騒音や臭気の問題も自然に解消されますし、衛生面でも好影響がございます。まるで大都市の設計思想のようですな」
「いえ、そこまで大げさなものではありません。ただ、人の流れと暮らしの静けさを両立させたいだけです」
称賛する言葉に少しだけむず痒い気持ちになりながらも、私は微笑んでそう返した。
「中心街に商店を集めれば、人の流れが自然にできましょう。ただ、騒音を避けたい職人は外側へ……」
「はい。治療院などは静かな環境の方が作業がはかどりますから、そのように区分けいたします」
「その考えを元に、次の職場は……」
私が説明した言葉をしっかりと噛み砕き、地方官吏は職場の仕分けをしていく。
整備が進むにつれ、次に目を向けねばならない課題が見えてきた。それは――お金の問題だ。
住む場所と働く場は整いつつある。だが、肝心の「働く人々」が、すぐに自立できるわけではない。
この町に集ったのは、元スラムの住人や難民たちだ。生活の基盤も蓄えも乏しく、商いを始める資金など到底持っていない。
そこで私は、地方官吏たちと助成策について話し合うことにした。
「住まいは整いました。けれど、次に必要なのは仕事を始めるための力です。工具を買うにも、材料を仕入れるにも、最初の一歩が踏み出せない人が多いんです。働く意欲を支える仕組み。小さくても、確実に再出発できる助成策が必要です」
「……つまり、初期投資を支える仕組みが必要ということですな」
「はい。働きたいという意志は皆にあります。けれど、資金の不足が一番の障壁になっております」
官吏たちも同じ考えだったのか、皆一様に頷いた。私はさらに話を続ける。
「職人や商人に対しては、低利貸付の制度を設けましょう。返済期間を長く取り、利子も緩やかにします。加えて、税の猶予期間を設けるのも有効だと思います」
「なるほど……。確かに、いきなり税を課しては潰れる者も出ましょうな。猶予を与えれば、商売を軌道に乗せる時間を稼げます」
「低利貸付ですか。悪くありません。自立を促しつつも支援になる。民も納得しやすいでしょう」
「ふむ、返済を急かさない仕組みは賢明ですな。初めの一年を乗り切れれば、多くが安定します。結果的に町の収入にもつながるはずです」
私は頷きながら、机の上に町の収支表を広げた。
「ええ、それに補助金の仕組みも並行して整えましょう。道具を買う資金や、屋台を出すための初期費用など、最初の一歩を支えるための助成です。働く人を生み出して仕事を定着させることが、この町の活気に繋がりますから」
私の言葉に地方官吏たちは頷いた。低利貸付、税の猶予期間、補助金。この三つの制度を使い、領民の仕事を支えると決まった。
「人を信じ、立ち上がる力を支えること。それこそが町の礎になります」
その言葉に、会議の空気が少し和らいだ。官吏たちは顔を見合わせ、頷き合う。
「お言葉、しかと胸に刻みました。民の暮らしを立て直すため、私も全力を尽くしましょう。税務の面から支えを整えてみせます」
「では私は、低利貸付を担当いたします。安心して制度を利用できるよう、手続きも分かりやすくいたしましょう」
「補助金の調整はお任せください。現場の声を拾い上げ、制度がうまく機能するよう調整してまいります」
こうして議論を重ね、職場の整備だけでなく、再出発を支える助成制度の方針が形になっていった。建物が整い、人々が働ける環境を得て、そして資金の支えがあれば――。
この場所は、ただの避難地ではなく、本当の意味での「新しい町」へと変わっていく。




