アルセイン子爵(13)
子爵邸の中を歩きながら、改めて現状を確認する。
使えない物はすべて外へ運び出し、使える物は丁寧に磨き上げた。さらに住民たちの手を借りて徹底的に清掃すると、くすんでいた屋敷は見違えるほど清潔に生まれ変わっていた。
「ここも随分と綺麗になりましたね」
「はい。住民の皆さんが力を貸してくださったお陰です。あとは家具を新調すれば、すぐにでも使用できます。それもすでに手配済みですので、ご安心を」
「じゃあ、そろそろ天幕暮らしも終わりですか。あれはあれで、楽しかったのですが……」
「いえ、そんなわけにはいきません。アルセイン子爵には、きちんとした寝台でお休みいただかないと」
「ふふっ、分かりました」
地方官吏に諭されると、つい笑ってしまう。冒険者をしていた頃から外で寝ることには慣れていたため、天幕生活が終わるのは少し名残惜しく感じられたのだ。
「今のままの生活では示しがつきません。子爵が屋敷で食事を取り、執務をこなし、屋根の下で眠る。まずはその姿を見せていただきたいのです。そこから私たちも続きます」
「なるほど……。私が皆の見本にならなければいけないのですね。でも、今の生活も楽しいとは思いませんか? 皆で食卓を囲み、他愛もない会話を交わすと、不思議と明日も頑張ろうという気持ちになります」
「……確かに。それは分かります」
天幕暮らしの今、地方官吏たちとの距離は近い。焚火を囲んで食事を共にし、眠る前に語り合う。そのささやかな時間が、何より尊いものに思えた。
お陰で彼らとは固い信頼を結べた。今では頼もしい仲間として、互いに支え合う関係になっている。
「子爵邸で働く人材の選定も進んでおります。侍女長と執事が面接をして、より良い人材を見つけているようです」
侍女長はジルゼム様のもとから、執事はトリスタン様のもとで知り合ったセロが来てくれた。二人が中心となり、屋敷の管理を取り仕切ってくれるだろう。
どちらも信頼に足る人物だ。だからこそ、私は安心して任せきりにできるのだ。彼らなら、この子爵邸を必ず蘇らせてくれる。
「子爵邸の件は、このままお任せします」
「かしこまりました。では次の件ですが――」
子爵邸の復興はすでに軌道に乗った。
あとは町の再建を着実に進めるのみ。私は地方官吏たちと力を合わせながら、目の前の務めにひたすら打ち込んでいった。
◇
町は少しずつ、しかし確かに蘇っていった。荒れ果てていた町も、人の手が加わるだけで見違えるほどに整っていく。
壊れていた門や家は職人たちの技で修繕され、再び人が住める場所へと生まれ変わった。放置されていた家々も手入れが施され、すっかり清潔になった。かつて通りには不要な物が散乱していたのに、今ではゴミひとつ落ちていない。
みるみる姿を変えていく町を目にして、人の力強さを改めて知った。やろうと決意すれば、誰にだってできるのだ。たとえ、それが元スラムの住民や難民であっても。
復興に携わった経験は住民たちに自信を与え、その顔に自然な笑みを浮かばせた。はじめは怯えたように縮こまっていた人々が、今では見知らぬ相手と談笑を楽しむほどに変わっている。
やはり自ら手を動かし、成功を積み重ねることこそが自信に繋がるのだ。かつての私もそうだった。小さな「できること」を一つひとつ重ねていくことで、人は力を得ていく。
その力こそが、この町を支える原動力になる。力が積み重なれば、さらに大きな復興へと踏み出せる。
だが、その力を存分に発揮するためには、まず安心して暮らせる住処が必要だった。
私は住民の住居選定に取りかかった。その第一歩は――戸籍作りだ。
手分けして住民一人ひとりに聞き取りを行い、戸籍を整え、世帯の状況を把握する。作業が進むにつれ、誰がどの家族と暮らしているのかが明確になっていった。
それを基にして、世帯ごとに適した住居を割り振っていく。さすがに一軒一軒の細かな要望までは叶えられなかったが、それでも皆が屋根の下で生活できるよう心を砕いた。
割り振りが終われば、次は家具や食器、備品の整備だ。長らく放置されていたせいで使い物にならない物も少なからずあり、まずは使えるものを他の家から運び込んで補った。
足りない物はリスト化し、住まわれていない家から必要な品を移動させる。それでも不足するものは、事前に他領から買い求めていた。
こうして住民総出で荷を運び入れ、一つひとつの住居を整えていった。家に灯りがともり、そこに人の気配が生まれていく。その様子は、町の復興をさらに実感させてくれるものだった。
そうして、ようやく――住民の住居が整った。
その知らせを受け、私は町へ視察に向かった。
通りに足を踏み入れると、住民たちが集まって談笑している姿が目に入った。その表情はどれも明るく、どこか安心しきったように見える。
通りを進めば進むほど、活気に満ちた笑顔があふれていた。初めて、この町に本当の賑わいが戻ったのだと感じられた。
思えば、はじめは不安と怯えで押しつぶされそうだった住民たちも、食事作りから始まり、清掃や片づけ、そして住居の整備へと取り組む中で自信を取り戻していった。その経験が、人々の心に「生きる力」を確かに根付かせたのだ。
その姿を目にして、胸の奥に強い希望が芽生える。この人たちとなら、必ず町を復興させ、さらに盛り立てていける。そう確信できた。
住民たちの嬉しそうな顔、安心した笑み。その光景を並んで見つめていた地方官吏の表情も、自然と緩んでいた。
「良かったですね。皆、本当に嬉しそうです」
「えぇ。これも住民と私たちが同じ方向を向き、力を尽くしたからでしょう。無事にここまで辿り着けました。皆さん、改めて感謝します」
「子爵……」
私は一息つき、そばにいる地方官吏たちを見回した。
「この町がここまで蘇ったのは、間違いなく皆さんのお陰です。住民と共に働き、眠い目をこすりながら焚火を囲んで、決して諦めなかった。その一つひとつの積み重ねが、今の町を形作ったのです」
彼らの目に、わずかに光るものを感じる。私は続けて、できるだけ真っ直ぐな声で言葉を紡いだ。
「どうか誇ってください。あなた方の努力が、確かに人々の笑顔へと繋がったのですから」
そう労うと、地方官吏たちは嬉しそうに破顔したが、すぐに表情を引き締めた。
「すべては子爵が適切に指示を下さったお陰です」
「だから、我々は迷うことなく自分の職務に打ち込むことができました」
「子爵がいなければ、ここまでの道のりはもっと険しかったでしょう」
真剣な眼差しと共に注がれる言葉。そうか、私もきちんと役目を果たせていたのだ。その実感がじわじわと胸に満ち、嬉しさと共に力が湧いてきた。
「私についてきてくれて、本当にありがとうございます。……これからも力を貸してくれますか?」
問いかけに、地方官吏たちは力強く頷き、揺るぎない眼差しで応えてくれる。その姿に、私も自然と背筋が伸びた。
「では早速、次の仕事に取り掛かりましょう」
「次は、どのようなことを?」
期待に満ちた視線を受け、私はしっかりと答える。
「生きていくために欠かせないこと。そう、住民たちの仕事を作るのです。生活を安定させるためには、ただ住処を整えるだけでは不十分。働き口を得て、糧を得ることが必要です」
地方官吏たちは真剣に耳を傾け、互いに視線を交わす。
「仕事があれば、町に根を張れます」
「人々に責任と誇りが生まれるでしょう」
「えぇ。そのために私たちで新しい職を生み出し、基盤を整えていくのです」
私は一歩踏み出し、視察の足を町の一角へと向けた。地方官吏たちもすぐに後に続き、揃った足並みが石畳に響く。
これから、この町に「働く場」を築くのだ。胸に新たな決意を宿しながら、私は仲間たちを引き連れ、次なる職場へと向かっていった。
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