アルセイン子爵(9)
門の前で待機していると、安全が確保された街道を通って、馬車の列がゆっくりと近づいてきた。ようやく、物資と移民を乗せた第一陣が到着したようだ。
この後、第二陣、第三陣と続くはずだ。受け入れを円滑に進めるためにも、早急に対応を整えなければならない。スムーズに次の一団を迎え入れるために、今できることを確実に進めていく。
そんなことを考えていると、列の先頭が門の目前に到着した。先導していた地方官吏が馬から降り、こちらへ歩いてくる。
「私はオルドレアン領より参りました。アルセイン子爵殿はどちらに?」
「私がアルセイン子爵です」
「初めてお目にかかります。オルドレアン領主の命により、物資と移民をお連れしました」
「ご足労、感謝します。詳しいお話は中で伺いましょう。馬車と移民たちは、町の中へ案内してください」
「かしこまりました」
官吏は軽く頭を下げると、後方に合図を送り、列全体に動きが生まれた。馬車が一台、また一台とゆっくりと町へと進み入っていく。その後方、ようやく姿を現した大勢の人々が、疲れ切った足取りで馬車の後に続いていた。
見るからに疲弊した彼らの顔には、長旅の厳しさが刻まれている。隣領からの移動は決して楽ではないはずだ。それにもかかわらず、移民たちは馬車にも乗せられず、歩いてここまで来させられたのだ。
その扱いに、私は胸の奥に強い憤りを覚えた。
子どもを背負い、今にも倒れそうな足取りで歩く女性。泥にまみれた服の裾を引きずる年寄り。ぼんやりとした目で前だけを見つめる少年。
皆、馬車に乗るどころか、足元にさえ気を配られていなかったことが一目で分かる。移動中に満足な食事や休息を取れていたとは到底思えない。
これが……人の扱いか?
私は拳を握りしめた。この人たちはただの移民ではない。家を失い、土地を追われ、それでもなお生きるためにこの町にたどり着いた人々なのだ。
それを、まるで荷物の一部のように扱ったオルドレアン領のやり方に、私は怒りよりも先に、深いショックを受けていた。
人の命を預かる者として、あまりに無神経だ。領主であるならば、この人たちの苦労に寄り添い、せめて歩けない人用に馬車を用意するのが筋というものだろうに……。
私は深く息を吐き、視線を町の中へ向けた。
まだ瓦礫の残る通り、修復途中の建物、不安定な食糧事情。この町は、決して整っているとは言えない。だが、それでもこの町には人を迎え入れる意志がある。
誰一人、見捨てない。そう決めたのだ。
「皆さん、ようこそいらっしゃいました」
私は門の内側に進み出て、歩いてくる移民たちに向かって声を張り上げた。驚いたように顔を上げる人々の視線が、私に集まる。
「この町はまだ復興の途中ですが、皆さんを迎え入れる準備はできています。どうか、安心してください。今日からこの町が、皆さんの新しい故郷となります」
私の声に子どもを背負った母親が足を止めて、ぽろりと涙をこぼした。老人が帽子を取って、深く頭を下げた。誰かが、ありがとうと、掠れた声で呟いた。
私は振り返り、部下たちに指示を飛ばす。
「水の用意をして、みんなに飲ませてください。その後は食事の準備です」
「はいっ!」
「怪我人がいないか確認しましょう。怪我をしている人がいたら、すぐに回復を」
「すぐに整えます!」
「物資の受け渡しの準備をすぐに」
「了解しました!」
次々と命令を飛ばす私の声は、知らず知らずのうちに熱を帯びていた。けれど、その熱は空回りではない。地方官吏たちは、それに応えるように素早く動き始めた。
この町は新しく生まれ変わろうとしている。誰かの苦しみを見過ごさず、誰かの痛みを分かち合える町に。
私は改めて、心の中で強く誓った。もう、誰も不当に扱わせはしない。ここでは、人は人として迎え入れられるのだと、私が証明してみせる。
そのためにできることを、私は惜しまず尽くす。この町を、希望の灯がともる場所にするために。
◇
町に物資と移民を受け入れると、私はすぐに各担当者へ指示を飛ばし、作業を本格的に始めさせた。まずは、長旅で疲れきった移民たちに、ひとまずの安堵を与えなければならない。
「水を、全員に配りましょう。まずは一人につきコップ一杯です。子どもと年寄りは優先して下さい」
手配しておいた水桶が運ばれ、列に並ぶ人々の手へと次々に水が渡されていく。
乾いた喉を潤すように、一人、また一人と夢中で水を飲み干していく。その表情に、少しずつ安堵の色が戻っていくのがわかる。微かに笑みがこぼれたのを見て、私もようやく胸のつかえが一つ取れた思いだった。
だが、ここで気を緩めるわけにはいかない。私はすぐに、次の指示を出した。
「怪我人は集めましょう。怪我の具合を見て、怪我が深ければポーションを配ってください」
「了解です、子爵!」
移民の多くは、長距離を歩かされて足を痛めていた。腫れ上がった足首、破れた靴擦れ、擦りむけた踵。放置しておけば、悪化は避けられない。
この人たちは、明日からこの町を支える労働力にもなる大切な仲間だ。まずは身体を癒してもらわなければ、再出発すらままならない。
治療の段取りを確認した後、私は次に物資班に声をかけた。
「荷を解いて、内容をひとつずつ確認してください。記録と照らし合わせ、不足や破損がないか確かめることも。終わったら保管庫に運んでください」
「了解しました!」
物資の受け取りは町の生命線だ。配給ミスひとつで信頼は崩れる。私は保管庫に移された荷の様子も自らの目で確認し、最後に支払いに移った。
用意しておいた袋から硬貨を一枚ずつ丁寧に数えて渡す。それと同時に、私は礼状を手渡した。
「このたびは、多大なご尽力を感謝いたします。オルドレアン領主様にも、私からの謝意をお伝えください」
「かしこまりました。必ずお届けいたします」
全体の作業を見渡しながら、私は皆の動きに目を配った。人々の命を預かる立場として、今何をすべきか。
その一つひとつを見極め、指揮を執る。どれほど状況が混乱していようと、私はこの町の責任者だ。私が先頭に立ち、皆に安心を与えなければならない。
大丈夫、この町はきっと立ち直れる。そう信じて、私は次の指示を出すために歩き出した。




