アルセイン子爵(7)
まず、動いてくれたのは冒険者ギルドの面々だった。この町に冒険者ギルドの建物はあるが、まだ使えるような状況ではない。だから、臨時の派出所となるテントを建ててくれた。
しばらくはこのテントが冒険者ギルドの代わりになる。私はこの派出所を経由して冒険者ギルドに依頼をすることが出来るようになった。
また、冒険者たちも自分たちが寝泊りするようにテントを建てた。随分と準備がいいな、と思ったらトリスタン様の助言を受けたみたい。こんな細かなところまで気を掛けてくれるなんて……本当にありがたい。
これで冒険者ギルドと冒険者の拠点が出来た。安心して町の復興を始められる。
私はすぐに話を始めた。
「あの、冒険者ギルドを通して冒険者に依頼したいです。すぐに動き出して欲しいので、冒険者たちへの説明は私からしてもいいですか?」
「もちろんよ。その方が指示も的確に出来るでしょう。細かい取り決めはこちらでやるわ、だからリルちゃんは自分のやりたいようにやって」
アーシアさんが頼もしい言葉を残してくれた。これなら、すぐに指示を出して冒険者たちを動かせることが出来る。
私とアーシアさんは協力して、すぐに冒険者を集めた。冒険者たちはすぐに集まってくれて、青空の下で早速会議が始まる。
「集まってくれた皆さん、この度は本当にありがとうございました。皆さんが来てくれたお陰で、復興の第一歩を踏み出すことが出来ます」
「待ってました!」
「一緒に頑張ろうぜ!」
「リルちゃん、頑張れー!」
みんなの前で口を開くと、冒険者たちから様々な声が上がった。その言葉に心が温かくなって、自信に繋がっていく。私は真面目な顔を崩さずに話始める。
「まず、やって欲しい事は街道の安全の確保です。この町には北と南にそれぞれ街道があります。その街道は森に囲まれていて、森には放置されている魔物が沢山います。皆さんにはその討伐を依頼します」
最優先は街道の安全の確保。この安全が確保できないと、物資や人を安全に移動することが出来ない。
「それと、どんな魔物がいるか調査もお願いします。魔物の種類、数を冒険者ギルドに報告したら報酬を渡します」
それと並行して行ってもらうのは、魔物の調査だ。この地方にはどんな魔物がいて、どれくらいの数が生息しているのか確認する必要がある。それが分かれば、どんな対策を取れば分かるはずだ。
「最後に街道の整備です。しばらく、使われていなかった街道なので、その道は様々な障害物があると思います。皆さんにはその障害物の撤去をお願いします」
魔物の事も大事だが、道の整備も大切だ。もし、大きな障害物があって馬車が通れないという事態になったら大変。魔物討伐があらかた済んだら、すぐにでも街道の整備をしてもらう。
「以上が優先する依頼になります。皆さんの力、どうか私に貸してください」
簡潔に説明した後、私は深々と頭を下げた。私は子爵という立場だけど、私一人の力で町が復興するとは思わない。
そこには大勢の人の手助けが必要だ。その力を借りて町を復興したいと思っているから、誠意は見せるべきだと思っていた。
こんなことでしか気持ちは伝えられない。あとは、正当な報酬を渡すくらいだ。これくらいしか出来ない事にとても歯がゆさを感じていた。
すると、そんな私の気持ちに応えてくれるように声が届く。
「何でも言ってくれ、力になる」
「やる事は分かったな! みんな、全力で当たるぞ!」
「よし! やる気が満ちてきた!」
冒険者たちからやる気が満ち溢れていた。こんなにやる気を出してくれるなんて……。私はその様子を見て小さな感動を覚えた。
すると、ヒルデさんとロイさんが近づいてきた。
「やる事は分かった。あとは私たちに任せな」
「街道を人と物が通れる道にしてくるからな!」
「二人とも……お願い出来ますか?」
頼もしい言葉に勇気を貰える。真剣な顔で訴えかけると、二人も真剣な顔をして頷いてくれる。こんなに他人が頼もしいと思ったことはない。
ヒルデさんは冒険者に向き直ると、口を開いた。
「町の復興に全力をかける! みんなの力を一つにしよう!」
ヒルデさんの言葉に冒険者たちは沸き立った。それはまさしく、一丸となる、という言葉が相応しい。
これなら、町の復興の第一歩は大丈夫そうだ。私は安心して街道の事を冒険者に任せる事にした。
◇
冒険者たちは街道の安全確保に出て行った。その姿を見送ると、休むことなく次の仕事に取り掛かる。
この街道の安全確保と整備が終われば、物資と人を移動することが出来る。その物資の内容をまとめ、町に入れる人の数を決める事が必要だ。
そのために、大量に届いた手紙を読み込む事から始める。手紙の内容は送る事が出来る物資の内容と送れる人の数が書かれてあった。
まず、決めるのは町に入れる人の数だ。
「この町はどれくらいの人が住める町か分かりますか?」
「ジルゼム様よりこちらの資料を預かってきました」
地方官吏に声をかけると、すぐに一冊の資料が差し出された。さすが、ジルゼム様。私が尋ねることを予想して、あらかじめ準備してくださっていたんだ。
ありがたく受け取って、さっそくページをめくる。そこには、以前この町が稼働していた頃の詳細な記録がびっしりと記されていた。
住民の世帯数に総人口、商会の規模、施設の配置に至るまで。町の全体像が手に取るように分かる。これなら、受け入れられる人数や必要な物資、住居数も明確に見えてくる。
その資料を元に、各領主から届いた手紙の内容を一つ一つ確認していく。三百人、五百人……そして、千人。領地によって受け入れ希望者の人数には大きな差があった。
数字を追っていくうちに、胸の奥が重たくなる。
ここに書かれている人たちは、どれも難民やスラム住まいの者。つまり、税も払えず、領地にとって不要とされた人々。私と同じように、居場所のない人たちだった。
思わず資料を抱きしめたくなる。こんなにも多くの人が、私と同じ境遇にあるなんて知らなかった。それを思い知らされて、悔しさが込み上げた。
さらに手紙には、どの領も人を引き取ってもらえて助かると書いてあった。まるで、重荷を押しつけるような言い方だった。
まるで、人ではなく、物か負債でも扱うように。
トリスタン様のように、難民のために尽力してくれた人もいる。けれど、住む場所が違えば、こうも人の扱いが変わるのか。その現実が、胸に突き刺さるように痛かった。
だけど、今自分はそれを救える立場にいる。与えられる側じゃなくて、誰かに差し出せる側になったんだ。
私が救われたように、私も誰かを救いたい。今は、この手にこの町を託されている。
ならば、この町を居場所のない人たちの居場所にしてみせる。傷ついて、踏みつけられて、それでも生きようとしている人たちが、もう一度顔を上げられるような場所に。
一人残さず、救ってみせる。




