アルセイン子爵(3)
……どうしてこんなことに?
私の目の前には不思議な小さな装置がある。水晶で出来た平べったいもので、機械みたいな突起がついていて、対になっているようなものだ。
異世界にはまだ知らない装置があることに純粋に驚いているけれど、今はそれに驚いている暇はない。
貴族の血を証明するために専門の人達が呼ばれ、会議室はざわついていた。そして、その準備が終わったみたいだ。
「では、これより証明に入ります。初代アルセイン子爵の血判状がここにありまして、まずこの血の塊を装置に読み込ませます。次に対となっている装置にこの人の血を読み込ませます。最後に装置を合わせることで、初代アルセイン子爵との血のつながりがあるかどうか証明されます」
長々と説明すると、周りの参加者から早くやれという野次が飛ぶ。専門の人はその野次に反応することなく、淡々と作業を進める。
血判状の血の塊を読み込ませ、次に私の手に針を刺して血を採取する。その血を装置に読み込ませると、二つの装置の機械的な部分を合わせた。
「これで青色になれば血縁あり、赤色になれば血縁なしになります」
その言葉に会議室はしんと静まり返り、その結果を待った。そして、その数分後……水晶は光だす。その色は――
「青色だ!」
「アルセイン子爵の血縁だと証明された!」
「じゃあ、貴族の血筋なんだな!」
その結果に会議に出席した人たちは歓喜の声を上げた。まるで、私が貴族の血筋だということを喜んでいるみたいに……。
……私が貴族の血筋?
そこでようやく事態を飲み込めた。されるがままだったけど、どこか他人事のように見ていた一連の流れ。その現実が突きつけられると、次第に状況が飲み込めてきた。
自分の出生なんて気にも留めてなかったけれど、私は貴族の血筋だということが証明された。正直、信じられないし、夢じゃないかと思ってしまう。
何も言葉に出せないままボーッとしていると、トリスタン様とジルゼム様の困惑している顔が良く見えた。まるで、私の気持ちを代弁しているかのようだ。
やっぱり、まだ自覚がない。だって、私が貴族の血筋だなんてこれっぽっちも思っていなかった。それが突然、この場に来てからそんな話になるなんて……。
私たちが困惑している間に参加者は好き勝手な言葉を吐き散らす。
「なるほど、貴族の血筋だったからあのような施策を考えられたんだな。やはり、庶民なんかよりも貴族の血筋の方が優秀だ」
「庶民にあんなことが考えられる訳がないな。やはり、尊ぶべきは我々だということだ」
「貴族が上に立つべきなのは明白だな。やれやれ、とんだ茶番だったな」
私が貴族の血筋だと分かると、出席していた人たちは安堵した。庶民の上に立つべきは貴族の血筋、そう信じて疑わないような様子だった。
これじゃあ、ジルゼム様が言いたかったことに水を差したことになる。だけど、挽回は出来ない。だって、私が貴族の血筋だと分かってしまったから。
「では、証明されたところで今後この施策を国政で取り扱うか決をとります」
私たちが困惑している中でも会議は進む。それどころか、私が貴族の血筋だと分かって、会議がスムーズに進んでいったように思う。
議長が決を取ろうとすると、それに反論する人は殆どいなかった。先ほどまでの雰囲気がまるで違う。これが、貴族の血筋の力だというのだろうか?
「では、この施策をこれからの国政の場で取り扱うことを決定する。以上、解散」
その言葉は何よりも嬉しい事なのに、私たちの心境は複雑だ。これでは、私が貴族の血筋だったから、施策を国政の場に受け入れられたという事になる。
ジルゼム様が真に訴えたかった事がうやむやになってしまった。本当にこんなはずじゃなかったのに……。
私たちは何とも言えない顔をしていると、私たちの前に王宮の官吏が現れた。
「アルセイン子爵のご血縁の方を保護していたのはどちら様でしょう」
「……それは私です」
「今後、アルセイン子爵家の再興に関して話が進められます。しばらくは、王都に留まってください」
「再興、だって?」
「王のご意思です」
アルセイン子爵の再興? 一体、何が始まろうとしているの?
◇
「本当にすまん!」
フェルザリア公爵の私邸に赴くと、開口一番にそんな事を言われた。
「俺が宮中の改革をしたくて、リルを連れてきたのが間違いだった。まさか、こんな事態になるとは……」
「そんな! 私の方こそ、ジルゼム様のお役に立てなくて……。本当に申し訳なく……」
「いいや、リルが気にするところじゃない。トリスタンの話に乗っかって、自分本位に物事を進めたせいだ。リルに大変な役目を背負わせた」
「あの……私は一体どうなるんでしょうか?」
ジルゼム様が怒っていなくて安心したけれど、やっぱり自分の身の事が心配になる。アルセイン子爵の再興って言っていたけれど、それに関して私に何かをやらせようとする考えなんだろうか。
「アルセイン子爵の再興、王はそのように言ってました。今の現状から見るに、こちらの状況を一切踏まえないで物事が進むでしょう」
「あぁ、そうだな」
「あの……今の現状とは?」
「そうか。リルは国の状況には詳しくなかったな。トリスタン、説明してやれ」
「はい」
トリスタン様は私に向き直り、話を始めた。
「スタンピードが起こって、町や村が襲われているのは分かるね? スタンピードを防げなかった町や村があちらこちらに存在している。そのせいで滅亡している子爵以下の貴族の数が少なくないんだ」
「子爵以下の貴族ですか?」
「子爵家と男爵家だね。スタンピードの対策はこの国にとって急務の問題だ。それを解決できない今、スタンピードが起こる中でどうにか生きていかなければいけない。でも、対応出来ずに町や村が滅んでしまうんだ」
スタンピードが度々起こる現実はとても厳しい。被害は甚大だし、復興にはかなりの時間と労力が必要だ。
「スタンピードで滅ぼされたのであれば、復興すればいいと思います。なり手がいないっていう訳じゃないですよね?」
「それが……みんな宮中の職に就いて、土地を治める貴族になる事を拒んでいるんだよ。スタンピードの恐怖があるからね、なり手が少ないんだ」
「そんな……」
まさか、土地を治める貴族になりたくないなんて……。てっきり、こぞって手を上げるものだと思っていたが、現実は違うらしい。
「誰もスタンピードで滅んだ後の町や村なんて担当したくないって訳だ。だったら、宮中にいて安全に暮せる道を選ぶ」
「その状態だから、宮中には貴族意識の強い人で溢れているんだ。宮中では権力を振りかざし、碌な人材がいない」
まさか、スタンピードがこんな所にも影響しているなんて思わなかった。私は本当にこの国の事を知らなかったんだな。
「だけど、町や村が減るのは国としても許容しがたいことだ。だから、増やす機会を狙っていた。そんな所に、土地を治めていた貴族の血縁が現れたんだ。復興を押し付けてしまおうっていう考えになる」
「じゃあ、私は厄介な事を押し付けられる立場なんですか?」
「まぁ、そうだね。復興は大変だから。面倒ごとを押し付けるには、絶好の相手だろうね」
じゃあ、私がやることはスタンピードで滅ぼされた町や村の復興ということ? その答えにたどり着いた時、私の体の奥から意欲が湧き出てきた。
スタンピードで住む場所を追われ、難民集落に流れ、苦労をした時代を思い出す。住む家が欲しかった、お腹いっぱいに食べたかった、綺麗な服を着たりもしたかった。
この世にはそう思っている人達が沢山いる。その人達を助けるには、新しい住処が必要だ。私が町や村の復興に携わると、その人達を助ける事が出来る。
私のように困っていた人たちに救いの手を差し伸べたいと思った。それは、トリスタン様の下で働いていた経験で生まれた思いだ。
だから、この話は私にとって悪い話じゃない。
「私……やってみたいです。町や村を復興させて、困っている人達に救いの手を差し伸べたいです」
私の新しい道が開けたような気がした。
新連載を始めてみました!
広告↓の下にリンクを貼っていますので、ぜひそちらからご覧ください!




