アルセイン子爵(2)
とうとう、国政会議に参加する日がやってきた。身支度に時間を掛け、身なりを整えると、トリスタン様と王宮へと向かった。
王宮は外部の人が出入りする外宮と王族の人達が暮す内宮に分かれている。私たちは外宮へと赴いたが、その大きさに圧倒された。
今まで見てきた建物と比べられないくらい大きな建物が建ち並び、そこには身なりのいい大勢の人が行き交っている。まるで、ここは別世界のように思える。
外宮に着いた私たちをメイドが迎えてくれて、私たちが待機する部屋まで案内してくれた。正直、案内がなかったら迷う自信はある。それくらい、外宮はとても大きなところだった。
案内された部屋で待っていると、遅れてジルゼム様が到着した。昨日はシックな装いだったが、今日はとても煌びやかな服装をしている。何か理由があるのかな?
「もう国政会議は始まっている。議題が難民政策に変わったら、部屋に入室するからな。それまでは、ここで待機だ」
「では、今の内に予想できる質疑応答を考えましょう」
「そうだな。出来る事はやっておこう。リルからも意見を聞きたい」
「はい。私でよければ」
そうして、自分たちの番が来るまで質疑応答について様々な意見を交わした。
その一時間後くらいだろうか、部屋がノックされた。
「フェルザリア公爵様、お時間です」
「分かった。よし、行くぞ」
とうとう、国政会議に出席する時が来た。私たちは真剣な顔を作り、部屋を出て行った。
◇
大きな扉の前で立たされた私たちに緊張した空気が漂う。
「リル、気分はどうだ?」
「はい、問題ありません」
「そうか、偉いぞ」
ジルゼム様が優しい言葉をかけてくれた。きっと緊張した私を気遣ってくれたのだろう。その優しさのお陰で、私は立っていられる。絶対に粗相なんてしない!
気合を入れ直した時、中から声がして扉がゆっくりと開いた。私たちはその会議室に一歩足を踏み入れた。
すると、ずしんと空気が重くなった。顔は真っすぐ前を見て、横目で周りを確認する。この会議室はすり鉢状になっていて、前世の国会を思い出される作りになっていた。
長い机に様々な人が座り、こちらを注視している。無表情の人、ひそひそと隣の人と話している人、あからさまに嫌そうな顔をする人。色んな人がいた。
その中で一番目立つ席、大きなスペースがある特別な席には王冠を被った王様らしき人が座っていた。まさか、私が王様と同じ空間に一緒にいる日が来るなんて信じられない。
この会議室にいる人たちの注目を集める中、私たちは中心にあるスペースに用意されたテーブルとイスにようやくたどり着いた。
テーブルにはこの日までに用意した資料が積まれていて、準備は万端だった。いよいよだ。私は緊張で喉を鳴らしながら、気をしっかりと持った。
「では、議題を変更します。次の議題は難民政策についてです。ルーベック伯爵、お話をどうぞ」
「ルーベック伯爵ことトリスタンです。以後、お見知りおきを。では、我々が行った難民に対しての施策についての概要の説明から始めさせていただきます。まず、お手元の資料の二ページ目を開いてください」
トリスタン様の説明が始まった。まずは施策の概要から始まり、必要性を解き、目的を明確にさせ、次は施策の内容に触れ、施策の成果を披露。ここまで話すと、張りつめていた会議室の空気が和らいだ気がした。
成功要因を具体的に話した後、今後国政として扱うのであればどのような形が望ましいか、までトリスタン様は一切の淀みなく説明しきった。
そこまで説明すると、会議室はざわつき出す。半分は感心しているような感じだけど、もう半分は懐疑的な様子だった。でも、そんな様子でも手ごたえを感じたのか、トリスタン様は私たちにだけ見えるように拳を握りしめた。
「静粛に! では、質疑応答に入ります。何か、質問がある人は挙手をお願いします」
議長の声で様々な手が上がった。議長は一人ずつ質問を許可し、その回答をトリスタン様が行っていく。その質疑応答も予想していたものばかりで、トリスタン様はスラスラと答えていく。
順調に答えていった時、こんな声が上がった。
「とても素晴らしい内容でした。この資料を作ったのはルーベック伯爵領の地方官吏ですか? 優秀な人材がいるのであれば、こちらで活躍するのが有意義だと思うのですが、その辺りどう考えていらっしゃいますか?」
時折、議題に関係のない質疑をしてくる人もいる。議長は眉を顰めるが、止めたりはしない。嫌味を含んだ質疑はあるものの、トリスタン様は平静を装ってその質疑に答えていく。それどころか、笑みを堪えている。
「この資料を作ったのも、その施策を考え実行し成功に導いたのも他でもない……ここにいる冒険者のリルになります」
その話にやはり会議室はざわついた。落ち着いて分析をする人もいるが、大抵の人は席から立ち上がり野次を飛ばしてきている。やっぱり、庶民がこの場に立つことは否定的なようだ。
すると、今まで黙っていたジルゼム様が立ち上がり、毅然とした態度で口を開く。
「静粛に願いたい。君たちは、冒険者や庶民という肩書だけで、その人物の才覚を否定するつもりか?」
ざわめきが止まる。ジルゼム様の声には威厳と、冷ややかな怒りが滲んでいた。
「ならば問おう。お前たちはこれほど明快で効果的な政策を立案し、短期間の内に成果を出せたのか? 机上の空論を弄することと、実際に人を動かし、民を救うことは全くの別物だ」
一瞬の間を置いてから、ジルゼム様は続けた。
「リルは、現場を見て、声を聞き、自ら汗をかいてこの施策を形にした。王都で温い椅子に座って文句ばかり言っている我々が、果たしてそれを笑える立場か? ……私はそうは思わぬ」
ジルゼム様の言葉にまた野次が飛ぶが、全く気にする素振りを見せずに話を続ける。
「貴族の義務とは何だ? 民を導き、国を支えることだろう。ならば、真に国を支える者を、その出自で退けるのは本末転倒だ。才ある者を正当に評価し、正しい場に立たせる。これこそが、未来ある政の第一歩ではないのかね?」
静まり返った会議室に、ジルゼム様の言葉が深く響いた。
だが、その時――手が上がった。
「庶民よりも貴族の我々が優秀なのは確かだ。その証明がそのリルという人物になる」
「……どういうことだ?」
「そこにいる娘は――アルセイン子爵の血縁ではないか?」
その話に会議室がまたざわついた。
「その顔、見覚えがある。前代によく似ている。アルセイン子爵家はスタンピードによって滅ぼされたとあるが、その子孫が生き永らえていた。それを知っていたから、この場に連れてきて実績を積ませようとする魂胆なんだろう?」
「なぜ、そんな話になる。俺が言いたい話は」
「ここは貴族の血脈が集う神聖な場。庶民など、足を踏み入れることは場違い甚だしい。まずは証明をしようじゃないか」
ちょっと待って、今……どんな話になっているの?
会議室がざわつき、貴族の証明をしろという声が高まってきた。誰が貴族の血を引いているって? そんな……私が?
「静粛に! 王からのお言葉だ!」
議長の声に会議室は静まり返った。まさか、こんなところで王様が出てくるなんて……。何を言ってくるか不安になっていると、王様は抑揚のない口調で宣言する。
「この場を静めるには、その冒険者の出生がどこであるか明確にする必要がある。よって、これより血筋の証明に入る」
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