錬金術師の道(6)
「リル様にはこちらに書かれてある物をご用意して頂きたいのですが……」
高級な服を着込んだ男性が申し訳なさそうに一枚の紙を差し出した。それを受け取って見て見ると、そこに書かれていたのは最上級の錬金物の名前だった。
最上級の錬金物の調合は熟練の錬金術師でも難しい物。しかも、最上級の物を三つも要求された。
「……こんなにですか?」
「えぇ。ご存じの通り、政変で王の周りで不審な動きが続き、王宮内に保管していた非常時用の薬品を使ってしまいまして」
「国家錬金術師に頼めば、用意出来るのでは?」
「ここだけの話にしていただきたいのですが……政変に加担した国家錬金術師がいたため、粛清されました。もしかしたら、他にもいるかもしれませんし、潔白が証明されるまでは王宮に備える薬品作りは任せたくないのです」
「それは……作れませんね」
国家錬金術師の中で政変に関わった人物がいれば、他の人もそうかもしれない。疑いが晴れるまでは作った物は危なくて王宮には置けないだろう。
「本当はリル様に国家錬金術師になって頂くのが一番良いと思っているのですが……」
「それは以前にも言った通り、お断りしたはずです」
「……はい。そうだと思って、今回は薬品作りの依頼にしてみたのですが……いかがでしょうか? 半年以内に用意出来ますか?」
「この内容を半年ですか……無茶を言いますね」
「内では三か月で用意しろ、という声も出ておりまして。その、出来れば半年以内で……」
半年……この内容に必要な物を揃えるのに、四つの地方に行かなければいけないのに……。思わぬ要求に顔が渋く歪む。
それを見ていた男性は悲しそうな表情をした後、勢い良く頭を下げてきた。
「こんな無茶を頼めるのはリル様しかいません! どうか、お願いします! また助けて頂けないでしょうか!」
必死にお願いしてくる姿を見て、私はため息をついた。
「分かりました、全力を尽くします」
「ほ、本当ですか!? あ、ありがとうございます!」
依頼を受けると、男性は救われた表情に変わった。また無茶な依頼を受けてしまった……でも、こうやって頼りにされると断れないのは私の悪い所だ。
男性は契約書を取り出すと、私はそれにサインする。このやり取りも何度もやってきたことだから、もう慣れた。
「本当にありがとうございます!」
「では、薬品が出来上がり次第、そちらに伺います」
「あぁ、そこまでしてくださって本当に助かります! では、来ていただいた時には晩餐会でも……」
「それには及びません。いつも通り、依頼品と報酬の受け渡しで結構です」
「そうですか……。ですが、王には会っていただきますからね、それは絶対ですよ」
「それは……分かりました」
王様に会うのは緊張するから嫌なんだけどな……。それに国家錬金術師に勧誘されるし、断る身にもなって欲しい。
少しだけ憂鬱になりつつ、その男性と少し話をすると、用事が終わったと嬉しい顔をして家を出て行った。静かになった家の中でソファーにもたれて、大きなため息を吐く。
そこに男性を見送ったホムンクルスのフェルがやってきた。見た目は十三歳の少女なのだが、人工的に作った人造人間だ。
「ご主人様、また大きな仕事が入ったの?」
「うん、今度はとても大きな仕事がね」
「だったら、冒険に出ないといけないね! 私、今回もお留守番頑張るよ!」
「うん……長い冒険になりそうだから、留守番をお願いね」
「ご主人様の師匠のエルルも来るよね!」
「そうだねぇ。また離れ離れになるからヒルデさんが悲しむ姿が目に浮かぶ……」
「楽しみ~」
フェルは嬉しそうな顔をするけれど、私は頭を抱えてため息を吐いた。ダメダメ、ため息ばっかり吐いてちゃ。これは仕事だ、いつものように頑張って達成するんだ!
「じゃあ、私はみんなに伝えに行くよ」
「うん、いってらっしゃい。私はご主人様の冒険の準備を始めるね」
「うん、頼んだよ」
ソファーから立ち上がると、工房兼自宅を後にした。
◇
錬金術を習って数年が経ち、私は二十歳になっていた。自分の工房を立ち上げて四年目、私のところには様々な依頼が来ていた。
始めの頃は近所の困りごとを錬金術で解決。その腕が認められて噂が広まると、大きな商会からの依頼が舞い込んできた。どんな問題も錬金術で解決すると、私の名声と人気が上がっていった。
その噂を聞きつけて、領主さまからも依頼をされるようになる。降りかかる難題を次々に解決していくと、私の腕の噂は領外にも広がっていった。
それからというもの、他領の大きな商会や領主さまからの依頼が殺到してきた。その依頼はどれも難しい物ばかりで、私は必死になって依頼をこなした。その結果、私の噂は王宮まで届いてしまう。
その頃、国中では原因不明の病が蔓延し、未曽有の危機になっていた。国家錬金術師の手に掛かっても治らない病、王は国家錬金術師以外にも病を治す薬を作るように国中の名のある錬金術師に依頼した。
当然、王宮にまで名前が届いていた私の所にも依頼が舞い込んだ。だけど、その頃にはすでに原因不明の病の研究をしていて、その研究を寝るのも忘れて進めていった。
そして、私はその病の原因を突き止め、治療薬を開発。その治療薬のお陰で、国中の人々は救われた。私の功績は称えられ、国家錬金術師に指名されるほどだった。
だけど、私は国家錬金術師の話を受けなかった。だって、国家錬金術師になれば王宮で縛り付けられる日々を送ることになる。自由に冒険に出られなくなるのだ。
錬金術と冒険、この二つは私にとっては無くてはならないもの。私の人生そのものだから、止めたくなかった。そんな私の思いは通じて国家錬金術師の件は白紙に戻り、今までと変わらない生活に戻っていった。
それからというもの、私の腕を見込んで王宮からの依頼は殺到した。しまいには、薬品作りだけじゃなくて、冒険者としての知名度もあったから、魔物討伐の依頼なんかも舞い込んできた。
錬金術師として、冒険者として忙しくも充実した生活を送っていた。
◇
「ヒルデさーん、いますかー?」
一軒家の扉をノックするが、一向に出てくる気配はない。もしかして、出かけてる? そう思っていると、家の向こう側から声が聞こえてきた。
もしかしたら、庭にいるのかもしれない。私は家をぐるりと周り、庭の方にやってきた。すると、そこではヒルデさんとエルルがボール遊びをしているところだった。
「ヒルデさん、こんにちは」
「ん? おお、リルか」
「プギャー」
「エルルもこんにちは」
庭に顔を出すと、エルルが胸に飛び込んできた。エルルは白い毛に覆われた、小さなドラゴンだ。
一年前、冬が終わらない異常気象が発生し、その原因がデスイーロ山脈に生まれた冬の魔物だったらしい。その魔物の討伐に私たちのパーティに依頼が来た。
魔物を探して山脈の中を歩いている時、白い毛の生えた大きなドラゴンの亡骸を発見した。その近くを見て見ると、まだ生まれて間もない赤ちゃんドラゴンがいた。そのドラゴンがこのエルルだ。
一人でこの場に残すわけにもいかず、ヒルデさんがその子の事を保護した。それから、無事に冬の魔物を倒した私たちは下山して、王宮に寄ってからコーバスに戻ってきた。
ヒルデさんは小さなドラゴンをエルルと名づけ、それはもう大切に育て始めた。
「それで、今日はどうしたんだ? まさか、また面倒な依頼が来たとかじゃないだろうな?」
「……そのまさかです」
「……えっ」
笑っていたヒルデさんの表情が凍り付いた。
「かなり厄介な調合の依頼が入りまして、四つの地方を行かなければならなくなりました」
「四つの地方……そ、そんなに?」
「プギャー?」
私が事情を話すと、ヒルデさんはよろよろと力なくへたり込んだ。
「四つの地方に行くには最低でも三か月はかかるでしょうね」
「さ、三か月もエルルと別れるのか!? 流石にそれはエルルが悲しむぞ!」
「大丈夫ですよ。フェルもフォルもいますし、アーシアさんも見ててくれます」
「フェルとフォルはいいが、アーシアはダメだ! あいつと会った後のエルルは凄く楽しそうなんだ……!」
いつもの嫉妬かな? アーシアさんは包容力があるから、エルルも一緒にいて安心するんだろうな。
「もう契約しちゃったので、今更辞めるわけにもいきませんからね。覚悟して行きましょう」
「……二か月」
「えっ?」
「二か月で次の冒険を終わらせる。移動速度を上げる薬があっただろう? それを多用して、移動を短縮させる。いいか、絶対にその薬を作って来るんだぞ!」
「薬を飲みながら移動って……かなり辛いですよ」
「十日間も薬を飲みながら不眠不休で戦った時に比べればマシだろ?」
「あー……あれは……」
「なら、決まりだ! エルル……またしばらく離れ離れになってしまうが、母はお前のことを離れていても思っているからな」
「プギャギャ」
二か月か……まぁ、なんとかなるかな? こうなったら、三か月以内に薬を調合して持っていってやる。
「当分会えないから、今の内に沢山遊んでおくぞ!」
「プギャー!」
「冒険の準備も忘れずにしてくださいね。じゃあ、私は行きます」
「あぁ、分かった!」
すぐにヒルデさんはエルルに夢中になり、二人で楽しそうに遊び始めた。本当に冒険の準備をしてくれるか、不安だ。また直前になったら見に行こう。
「さて、次は……ハリスさんとサラさんだね」
◇
「あら、リルちゃん。いらっしゃい」
「アーシアさん、こんにちは。ハリスさんとサラさんって今どうしてますか?」
「ちょっと待っててね」
冒険者ギルドに行くと、アーシアさんが出迎えてくれた。二人の行方を聞くと、すぐに専用の機器で調べてくれる。
「あら? ちょうど、新人の冒険者を連れて外に出かけているわ。ここから徒歩で二日の場所にある森に行っているらしいわよ」
「そうでしたか、ありがとうございます。後はこちらでなんとかします」
「もしかして、伝書鳥を使うのかしら。あの錬金物は良い物よね、あれが出来てから凄く重宝しているの」
「役に立ってもらって良かったです。ああいうのがあると便利かなーって思って作りましたから」
「リルちゃんが新しく作るものってどれも画期的よね。本当ならそのレシピって秘蔵にするのに、公開しちゃうんだもの」
「便利な物は広まって欲しいから、誰にでも使って貰いたかったんです」
前世の記憶を頼りに、この世界にはない物を沢山作った。作った物はとても便利だとたちまちヒットして、どんどん生活が豊かになっていく。この数年で異世界はとても便利な物で溢れかえった。
「二人を呼ぶっていう事は、もしかしてお仕事が入ってきた?」
「はい、そうなんですよ。とても大きな仕事が入ってきました」
「まぁ、そうなの? それじゃあ、しばらくの間はこの町を空けるのね」
「そうですね。また、長期間いなくなるのでよろしくお願いします」
「あなたたちがいなくなるのは不安だけど、仕事なら仕方ないわね。出て行く時はちゃんと冒険者ギルドに寄るのよ」
「はい、そのつもりです。それでは」
少し話をすると、私は冒険者ギルドを出て行った。最後に行くのは、オルトーさんの所だ。
◇
通い慣れた道を歩き、オルトーさんの家に到着した。扉をノックすると、中から足音が聞こえてくる。扉が開くと中から十三歳の少年の姿をしたホムンクルスのフォルが現れた。
「あっ、リル様。いらっしゃいませ。ご主人様に用事ですか?」
「うん、そうなんだ。中に入ってもいい?」
「調合中ですが、大丈夫です」
落ち着いた様子でフォルが中に入れてくれる。勝手知ったる家の中を移動して、調合室に行く。すると、そこでは錬金窯を前にして調合しているオルトーさんがいた。
「オルトーさん、こんにちは」
「おー、リルか! いらっしゃい。ちょっと待ってて、もう少しで出来るから。フォル、お茶を出してきて」
「分かりました。リル様、こっちです」
フォルに連れられて隣の部屋に移動する。そこでソファーに腰かけて待っていると、オルトーさんとフォルがやってきた。
「二人にお茶をお持ちしました」
「ありがとう。それで、今日は一体どうしたんだ? 何か困った事があったのかい? それとも、暇だから雑談でもしに来たのかい? ちょうど、休憩しようと思っていたから丁度いい時に来たね」
向かいのソファーに座ったオルトーさん。その間にテーブルにフォルがお茶を置いてくれた。
「実は大きな仕事が入ってきまして。また、手伝って貰ってもいいですか?」
「へぇ、ということは王宮からの依頼かな?」
「はい、そうなんです。最上級の物を三つも頼まれました」
「最上級を三つ! それは大変だな!」
最上級と聞き、オルトーさんは驚いたように声を上げた。そして、おかしそうに笑うのだ。そこで、私はムッとした。
「オルトーさんがあの時の功績を全部私にすり替えたから、こんなことに……」
「いやいや、あれは私は少し手伝っただけだよ。あの功績は研究をして治療薬を作ったリルにあると思うよ。だから、今の状況は必然だよ。いやー、弟子が大成して師匠としては嬉しい限りだよ! ははは!」
他人事だと思って……オルトーさんの馬鹿。
「よし! そんな弟子の為に、一肌脱ぎますか! また、冒険に出るんだろう? その為に、パーティーの一員である私に声を掛けたんだろう?」
「はい。今回もよろしくお願いします」
「任せて!」
受けてくれて良かった。後は家に帰ったらハリスさんとサラさんに伝書鳥を飛ばして……。冒険に必要な物を用意して……。依頼品も作っておかなくっちゃ。また、忙しくなるぞ。
「それじゃあ、用事があるから行きますね」
「分かった。私も色々と準備があるから、すぐに取り掛かるよ。よし、フォル。お手伝いをお願い出来るかな?」
「任せてください、ご主人様」
私は立ち上がり、オルトーさんの家を出て行った。
◇
そして、全ての準備が終わり、出発の日がやってきた。
五人で集まって冒険者ギルドに入っていく。その瞬間、周りがざわついた。
「おい、見て見ろよ。あの冒険者たちが集まっているぜ」
「なんだと……今回はどんな依頼が舞い込んだんだ?」
「あのパーティーが見れるなんて、今日は良い日だな」
そんな周りの声を受けつつ、受付に赴いた。すると、そこにアーシアさんが現れて畏まった様子で口を開く。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。Sランクパーティの『果て無き冒険者』の皆様」
新しい冒険の始まりだ。
錬金術師の道、おわり。
錬金術師の道を歩んだリルはいかがだったでしょうか?
結果的には錬金術師もやりつつ冒険者もしているようになってしまいました。
ここまで来るのに色んな事があったんだろうなぁ……と考えるのがとても楽しかったです。
次の更新は原稿作業があるので、六月頃に更新出来ればなっと思っています。
次はどんな道を歩んだリルの話になるか、お楽しみに!
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