錬金術師の道(5)
「バ、バジリスクを倒してきたの!? あなたたち、Bランクよね!?」
「はい……」
「Bランクだから、ヒルデに来てもらったんだよ」
冒険者ギルドに行ってバジリスク討伐の報告をすると、たまたま近くにいたアーシアさんに見つかってしまった。
「全く……自分のランクをしっかりと認識して、適度な魔物と戦って欲しいわ。リルちゃん、悪い人たちの言葉に乗ったらダメよ」
「すいません……」
やっぱり、Bランクの冒険者がAランクの魔物と戦うのはまずいよね。良く考えずに戦ってしまった。アーシアさんに怒られてしゅんとなってしまう。
「ヒルデがいたのに、なんで許したのよ」
「久しぶりに体を動かしてもらいたくてな」
「体を動かして欲しいからって、いきなりAランクの魔物はないでしょう!?」
「いきなりじゃない。ちゃんと一か月間休ませて、鍛え直したんだ」
「いや、だから……あぁ、もういいわ」
アーシアさんは呆れて、ため息を吐いた。
「まぁ、無事なようで何よりだわ。それで、提出したのは……なんで爪だけ? 残りの皮と血は?」
「まさか、錬金術師の我々が皮と血を提出する訳にはいかないだろう? これは立派な素材になるから、我々で使うんだよ。冒険者ギルドになんか、卸さないね」
「なっ……貴重な皮と血が手に入らないなんて……。少しでもいいから、提出しなさいよ!」
「絶対に提出しない!」
オルトーさんは頑なに素材を提出しないと決めていた。すると、アーシアさんはとても残念そうな顔をする。
「バジリスクの素材なんて何か月かに一回くらいしか入ってこないのに……」
「ふふっ、残念だったね。今回の素材はリルに使ってもらうものだから、冒険者ギルドに卸さないんだ。そんなに欲しかったら指名依頼をするといいよ。私たちに暇があれば、冒険者ギルドに卸す用のバジリスクを狩ってもいい」
「……その手があったわね」
「おいおい、その度に私が狩りだされるのか? 私の自由はどこにいった」
さっき、適度な魔物と戦いなさいって言っていたのに、考える事が変わっている。アーシアさんも難しい立場なんだね。
「よし、報告も終わったし。早速、調合をしよう! 今回はAランクの素材だから、私が丁寧にやり方を教えてあげよう。この調合が成功すると、上級の調合をリルも作ることが出来るようになるぞ!」
「まぁ、待て。今日は休んで、明日からやればいいだろう? 無理のしすぎは良くない。今日は美味しい食事を食べて、ゆっくり寝る事だ」
「ですね。久しぶりの討伐で疲れちゃいました」
「なら、良い店に行って美味しいものをたらふく食べよう! さぁ、行こう!」
意気揚々とオルトーさんが歩き始めると、私たちはそれについていく。まずは英気を養って、それから調合だ。
◇
「さて、リルに作ってもらうのは蘇生薬だ。この薬を使えば、二十四時間以内に心臓が止まった人を生き返らせることが出来る」
「そんな薬が……凄い薬ですね」
「この薬を作るのにバジリスクの血が必要なんだ。まずはバジリスクの血の処理の仕方を教えよう」
調合をする日がやってきた。部屋の隅にはヒルデさんもいて、私たちを見守っている。
「バジリスクの血には心臓を動かす成分が含まれている。でも、今の状態で飲んだら余分な物が入りすぎて効力を発揮できない。だから、バジリスクの血から余分な物を取り除く必要がある。その為に必要な作業は分離だ」
「分離……魔力を使って液体に力を加える魔法ですね」
「あぁ、そうだ。でも、それだけではダメで、ヤトルカの粉を入れる必要があるんだ。この粉を入れて分離させると、バジリスクの成分だけが残った液体が出来る」
前世でいうところの血清のようなものだろう。なんとなく、完成品のイメージが出来た。あとは、実行あるのみだ。
「じゃあ、やってみよう。ビーカーに血液を二百ミリリットル入れて、ヤトルカの粉を入れる」
言われた通りにビーカーに必要な物を入れた。それから、錬金棒を入れてバジリスクの血に魔力で力を加えていく。すると、勢いよく血が回り始めた。
「んー、まだ弱いかな。もっと強く」
「はい」
オルトーさんに言われた通りに強く分離させていく。そのまま力を加えて数時間後――。
「出来ました」
上澄みに赤い物質が浮かび、下には薄黄色の液体が貯まっていた。オルトーさんはビーカーを持ち上げて、完成した物を確認していく。
「……いいね。でも、まだ液体に余分な物が入っているようだ。これでも合格だけど、リルはもっと良い物が作れると思う。なので、もう一度だ」
「分かりました」
オルトーさんの求める基準は高い。それこそ、オルトーさんが作る高水準な物を求められる。だけど、私もより良いものを作りたいと思っているから、やり直しはどんと来いだ。
作った物を他の容器に入れ、ビーカーを洗浄するとまたバジリスクの血とヤトルカの粉を入れる。それから、錬金棒を入れて分離を始めた。
「なぜ、さっきのがダメだったか分かるかい? 分離が不十分だったのは、力を入れるのが均一じゃなかったからだ。だから、今回は均一を保つように意識したほうがいいだろう」
「均一……分かりました」
何時間も一定の力を加えるのは技術が必要だ。まだ技術が未熟な私だったから、先ほどの物は合格しなかったのだろう。だけど、今回の錬金術でその技術を磨く。その為には集中が必要だ。
心を静めると、分離の事だけを考える。力が均一になるように気を付けて、疲れても一切力を緩めない。そうして、何時間も意識し続けた。そして、液体は見事に分離した。
「オルトーさん、確認をお願いします」
心なしか先ほどよりも透明度が高く見える。出来上がった液体をオルトーさんが確認すると、その口元が上がる。
「うん、これはいい。先ほどよりも高品質になっている。これは合格だ、よくやったね」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
「今回の錬金術で分離の極意を経験したんじゃないか? この経験を積んでいけば、分離の魔法を完璧に取得することが出来るだろう」
「まだまだ、経験が必要っていう事ですね。この感覚を忘れずに次に繋げたいと思います」
「よし、では次の調合に……」
「ちょっと待った」
その時、ヒルデさんからストップがかかった。
「何時間調合をやっているんだ、もう夕方だぞ。今日の調合はおしまいだ」
「おや、もうそんな時間に? 時間が経つのは早いね。まだまだ調合したりない気分だけど、ヒルデがいうのなら仕方がない。今日の調合はおしまいにしよう」
なんだ、終わりか。前は深夜まで調合をやっていたから、ちょっと物足りない気分だ。
「早く片付けて、夕食を食べに行くぞ。オルトーがこんなんじゃ、リルに無理をさせてしまうだろう。もっと、厳しく休憩を取るように言ったらどうだ?」
「はははっ、それだけ錬金術が魅力的だっていう事だよ。さぁ、リル。後片付けをして食事を取りに行こう」
「そうですね。言われてみると、お腹が減ってきました」
私は器具を片づけ、出来上がった物を保管庫に入れた。そして、三人で一緒に家を出る。
◇
「濃縮液を入れて……」
昨日作った液体に今日作った液体を慎重に入れる。スポイトで一滴ずつ入れて、具合を見ながら液体を入れる手を止めた。
液体を入れると、今度は錬金棒でかき混ぜる。ゆっくりと丁寧にかき混ぜると、液体の色が薄い緑色に変化した。よし、これで良いはずだ。
「オルトーさん、確認をお願いします」
完成した液体をオルトーさんに見せる。オルトーさんはビーカーを光に当てて色を確認し、匂いを嗅いで確認し、最後に鑑定のスキルで確認をした。
オルトーさんはゆっくりとこちらを見ると、口元を上げる。
「……おめでとう。上級の錬金術の成功だ」
「本当ですか!?」
「あぁ、本当だ。錬金術を始めて一年未満で上級の調合まで成功させるなんて、恐れ入ったよ。やはり、リルには錬金術の才能がある。出来すぎる弟子を持って私は幸せだ」
やった、上級の調合の成功だ! とても難しかったけど、私はやり遂げたんだ!
嬉しすぎてはしゃいでいると、オルトーさんとヒルデさんが拍手を送ってくれた。えへへ、嬉しいな。
「これで錬金術は一区切りか?」
「いやいや、まさか。まだ中級は完璧とは言えないし、これから上級の調合も始まる。それが終われば、自分だけのオリジナルレシピの研究もしなくてはいけない。錬金術の道は長く険しいから、どこまでも続いていくよ」
「そうなのか。リルはこれからも錬金術をやっていくのか?」
「はい、続けていきたいと思います。私にやれることはまだ沢山あると思うんです。今までのはほんの一部しか触ってないと思うんですよね。きっと、ここからが本番だと思います」
調合はまだ始まったばかりだ。まだまだやれることを考えると、やる気が満ちてくる。まだ見ぬレシピもあるだろうし、オリジナルレシピの研究なんか、とても楽しそうじゃないか。
「リルは私の弟子になったんだからね。そうこなくっちゃ。なら、次の上級調合はどれをやるか考えないといけないね。でも、その為にはBランク以上の素材が必要となってくるんだ」
「上級になればなるほど、ランクの高い素材が必要となってくるのか?」
「その通り。ランクの低い素材なら買い付けに行ったり、冒険者ギルドで頼むのが早い。だけど、高ランクになるとそう簡単にはいかないのだよ。その場合、自分で取りに行った方が早い」
そっか、上級からは使う素材のランクが変わって来るんだ。調合も難しくなっていくけれど、素材を入手するのも難しくなる。今までは籠っていられたけど、これからは籠って調合が出来なくなるのか。
「さぁ、素材採取の冒険に出よう。沢山の高ランクの素材を採取してきて、また上級の調合をするんだ。それを繰り返していくと、錬金術の高みに登れるだろう」
「錬金術の高み……私もそこに行く事が出来るでしょうか?」
「もちろん、誰にだってチャンスはある。あとは掴み取るだけの努力を積み重ねていくだけだ。リルには諦めない心があるから、絶対に到達出来るはずさ」
興味を持って始めた錬金術の高み……やるんだったら登ってみたい。どれだけ経験を積めば登れるかなんていうのは分からない。だけど、それを考えると自然とワクワクしてくる。
それに冒険も出来る。まだ見たことのない景色や魔物が待っていると思うと、余計にワクワクする。冒険と錬金術、私にとって大切な生きがいになってきている。
「いつもの冒険とは違うみたいだな。よし、私もついて行くからな」
「ヒルデさんがですか? でも、私に付き合う形になるから、ヒルデさんのやりたいように出来ないかもしれませんよ」
「何かを成し遂げたいものもない、暇人さ。でも、冒険に出るのは好きだ。今まで町で燻っていた分、一緒に冒険に出て発散させてもらうよ」
ヒルデさんとオルトーさんで行く、素材採取の冒険か……楽しくなりそうだ。
「あぁ、そうだ。ハリスとサラにも声を掛けてみよう。奴らもいつも同じ相手をしていると、マンネリするだろうしな」
「おお、人数が増えるのか! そしたら、Aランクの魔物を積極的に討伐していこうか!」
「えっ……でも、ハリスさんはBランクだし、サラさんはBランクになったばかりですよ」
「人数がいればAランクの魔物とも戦える。弱い敵と戦ってもいつまでも強くならないからな。二人にとっては良い修行の冒険になるだろう」
うわぁ、ヒルデさんってスパルタ? この様子だと、ハリスさんとサラさんを強引にでも引っ張っていきそうだ。二人はヒルデさんの言う事を断れないからなぁ。
「少し遠い所……ハルクーン地方まで行ってみよう。期間は移動も含めて二か月くらいだ。冒険に必要な物も作らないといけないな。あー、これから忙しくなるぞー。出発は一週間後にしよう」
「始めて聞く地方ですね。私はその地方の事を調べてきます」
「なら、必要な物資を調達しておかないとな。二か月か……かなりの食料が必要になるな」
オルトーさんは机に向かうと、必要な物を紙に書き出し始めた。それを尻目に私たちはオルトーさんの家を出て行った。
「まずはハリスとサラを確保しに行くぞ」
これは二人は絶対に断れないだろうなぁ。でも、こんな大人数で出る冒険は初めてだ。心はワクワクしていて、早く冒険に出て行きたくなった。
きっと、これからこういう冒険を繰り返し、コーバスに戻ってきては調合の日々を過ごしていくのだろう。忙しくも楽しい日々を思うと、体に自然と力が入りやる気が満ちていく。
どんな冒険が待ち受けているのか、楽しみで仕方がない!
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