錬金術師の道(3)
「「あー、美味しい」」
疲れた顔をしたリルとオルトーが緩めた笑顔で感想を言った。
「前にいつも食べていた食事じゃないか。全く、最近はどんな食生活をしていたんだ……」
この世にこんな美味しい食べ物があるなんて知らなかった、とでも言いたげな二人の顔を見て呆れた。
「そういえば、お店で食べるのは久しぶりな気がします」
「手作りの料理も久しぶりだなぁ」
「なんだと……。町に住んでいて、手作りの食事を食べていないとかありえるのか?」
「えへへ。最近は料理をする時間が勿体なくて、野菜をそのまま齧ったりしてました」
「腹が膨れれば良かったからな」
「いや、そこはパンとか売っているからそれを買えばよかっただろう!?」
「……あっ、そうでした」
「その手があったか!」
「おいおい……」
錬金術をやっているせいで、生活の質が落ちていないか? そんな簡単な事も考えられなくなるなんて……錬金術ってそんなに厳しい仕事だったか?
「お店での食事はどれくらい久しぶりなんだ?」
「えーっと……三か月くらい、でしょうか?」
「まぁ、そうだよね」
「えっ……じゃあ、それまでの食事はどうしてたんだ?」
「時間が惜しいから野菜ばかり食べてました」
「だな」
「……二人とも、本当に何をしていたんだ! 食え、今日は腹がはち切れるまで食え!」
三か月も野菜だけ生活だと? それは頬もこけて当然だ! 怒りが沸き上がった私は二人にさらなる食事を進める。
「久しぶりにまともな食事を取ったので、そんなに食べられないですよー」
「この一皿の食事で十分だ」
「これからはちゃんとした食事を取ると約束したらな」
「約束します! だから、この一皿で許してくださいー」
「私も約束しよう」
「全く……」
本当なら無理やりにでも詰め込みたいのだが、ここは私が引こう。とても美味しそうに食べる姿を見ると、怒りも段々と静まっていく。
「それで?」
「はい?」
「錬金術はどれくらい上達したんだ?」
こんなになるまでのめり込むほど錬金術を使っていたのだから、それはもう……凄く上達したのだろう。
問いかけられたリルは「うーん」と唸って考えている。
「私って上達したんでしょうか?」
「えっ、分からないのか?」
「えっ、自覚がないのか?」
「次々と新しい調合に挑戦していったのは分かるんですが、自分が上達した手ごたえっていうものが分からなくて」
困ったように笑うリル。すると、それを聞いていたオルトーが……。
「何を言っているんだ! この短期間で物凄く上達したに決まっているじゃないか! レシピの理解度は高いし、魔力操作は針に糸を通すほどの繊細さで、仕上がりがこれでもかっていう程の高品質だ! これを上達と言わずに、何と言おうか!」
突然、熱弁をかましてきた。リルにはあんまり自覚はなかったけど、それを傍で見てきたオルトーには感じるものがあったらしい。
「そ、そうなんですね。毎回、必死になって調合していたので気づきませんでした」
「何故、気づかない!?」
「オルトーが気づかないような事をしてきたんじゃないのか?」
「い、いや……毎回褒めていたし、良いところはちゃんと言っていたからそんな事は……。次々と調合を成功させるから、次々と調合を任せていただけだし……」
「私も実感のないまま、次々に調合を始めてましたね」
「二人は調合馬鹿なのか? 自分が上達した自覚がないままはどうかと思うぞ」
「「あははっ」」
いやいや、呑気に笑っている場合じゃないぞ。半年間もコーバスを離れた事を本当に悔やむ事態だ。
「これからはちゃんと食事も取る事。体を壊すのはやってはいけないことだ」
「はい、すいません。今度からはちゃんとします」
「私もセーブをさせないといけないと思った。体がこんな状態では、調合する体力もなくなるからな。適度に休むことが必要だと骨身にしみたよ。外に出て体を動かしたほうがいいのかもなぁ」
「えっ、調合は?」
「こら、リル」
「えへへ、ごめんなさい。つい」
まだ調合をしようとするリルを叱るためにデコピンをした。すると、オルトーさんは何かを思いついたように手を叩く。
「この機会にAランクの素材を取りに行こうか!」
「Aランクの素材ですか?」
「あぁ! この周辺にAランクの魔物バジリスクが出る森があるんだ。そこに行って、バジリスクを狩ってこよう。バジリスクの皮と血と爪は良い素材だし、特に血は重宝しているんだ。今回はその血を使って、上級の調合に挑戦してもらおうか」
「上級ですか!?」
オルトーの言葉にリルが心底驚いた顔をした。それってつまり、凄い調合をしようっていう事じゃないか。魔物討伐が目的だと思ったら、調合の方が本命か。
「私に上級は無理ですよ。素材の扱い方も、調合のやり方も、魔力操作も基準には届いていないと思います」
「まだリルには上級は早いとは思うが、一度経験してみるのがいい。上のやり方を知ることで、新しい視点を手に入れる事が出来る。そうなると、リルはもっともっとステップアップが出来ると思う」
「ステップアップですか……」
「まぁ、挑戦してみるのもいいんじゃないか? 何事も経験だ」
「うーん」
オルトーと私が押すと、リルは悩んでいた。こういう時は慎重になるのはリルの癖だな。もっと、遠慮なくぶつかっていけばいいのに……と思ってしまう。
しばらく俯いて考えたリルはその顔を上げた。
「挑戦してみようと思います。これもいい経験ですよね」
「あぁ、その意気だ! ふふ、まだ一年も経っていないのに上級の調合に挑戦するなんて前代未聞だよ。普通なら数年は必要だからね。やっぱり、リルには錬金術の才能があったんだ」
「何を言うか。冒険者としての経験があったからこそ、今のリルがいるんだ。私のお陰でもあるんだから、私に感謝をして欲しいな」
「くっ……元師匠の肩書は強し、か」
「元、じゃなくて今もだ」
全く、リルの師匠は私だというのにオルトーの奴め。
「それじゃあ、私とヒルデさんでその森に行ってみます」
「何を言う。私も行くよ」
「えっ、でも……オルトーさんは戦えないんじゃ」
「こう見えても、外で魔物を狩る事もあるんだ。それに錬金術師としての戦い方をすればいいしね」
「しかし、相手はAランクだぞ? 流石に一般人に近い錬金術師が一緒に戦うのは……」
「ふふふ、バジリスクを討伐するのに秘策があるんだよ」
錬金術師の秘策か……一体どんなものか気になるな。きっと、何かの道具を使うことになるのだろう。何が飛び出してくるのか、楽しみだな。
「この三人でバジリスクを討伐しよう。早速、家に帰って準備しなければ!」
「わ、私も準備します!」
「ちょーっと待った! 準備をするのはいい。だけど……そんな体では行かせられんぞ!」
「「えっ?」」
疲れた目をして隈も出来ている。しかも、野菜しか食べていないせいか頬も少しこけている。こんな状態でAランクの魔物と戦わせるわけがないだろう!
「まずは体をしっかり元に戻す事だ。そうじゃないと、連れて行かない。どうせ、私がいないと二人とも戦えないだろう」
厳しい口調でいうと二人は「えー……」ととても残念そうに顔を歪めた。こうなったら、毎日オルトーの家に行って食事を取ったり休んだりしているか確認してやる。
コーバスに帰ってきて早々、忙しくなるな。
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