錬金術師の道(2)
「久しぶりだな……」
半年振りに見る冒険者ギルドを見て、自分がいるべき場所に戻ってきた実感がした。扉を開けて中に入ると、以前と変わらない様子が広がっていた。
昼間だからか冒険者は数えるほどしかいない。そんな中、真っすぐに受付に向かうと、顔なじみの職員を見つけた。
「やぁ、アーシア」
「ヒルデじゃない! いつ戻ってきたの!?」
「ついさっきだ」
姿を見せると、アーシアはとても驚いた顔をして近寄ってきた。
「全く、遠出するって行ったっきりなんだから。半年よ、半年! 手紙ぐらい寄越すのが普通だと思わない?」
「そうか? 冒険中に手紙を送るよりも、帰ってきてから直接話したほうが盛り上がると思うが」
「何が盛り上がるよ。そんな事よりも音沙汰がない方が問題よ」
私が連絡をしなかったことにアーシアは怒っていた。……もしかして、リルも怒っているのか? これは会った時、怖いな。
「それで戻ってきたから、居住地をまたこの町にしたいんだが……」
「はいはい、手続きね。半年間もAランクの冒険者がいなくなって大変だったわ。そりゃあ、もう! 大変だったわー!」
「そんなに怒るなよ。今度、何か奢るからさ」
「そんなので絆されないんだからね! ロイヤルトトリアのスペシャルオールフルーツのパンケーキと人気のケーキ五選とロイヤルチョコレートフォンデュと」
「一体、どれだけ食うんだ……」
「それだけで絆される軽い女じゃないわよ!」
Aランクの冒険者が半年も町を空けるとなると、冒険者ギルドに報告が必要だ。居住地を一時的に他の町に移す手続きをして、戻ってきた時にはまた登録をする。
その手続きを増やしてしまって申し訳ない気持ちはあるが、まさかそんなに要求されるとは思わなかった。これは、途中で手紙を送ったほうが良かったか?
「それで、リルちゃんには会った?」
「いいや、これからさ」
「最初に冒険者ギルドに寄ったことは褒めてあげる。だけど、半年も弟子をほったらかしにするのはいかがなものかしら?」
「仕方ないだろう? 錬金術を学びたいっていうんだ。師匠としてそのための時間を取らせるのは当然だ」
「だからって、半年も冒険に出かける師匠もどうかと思うわよ」
まぁ、確かに半年は時間がかかりすぎたな。体が普通に戻ったから、つい張り切ってしまったようだ。
「さっさとリルちゃんに会いに行きなさいよ」
「あぁ。その……リルは怒っていたか?」
「怒っている様子はなかったわよ。ヒルデさんがいなくて寂しいとかは言ってたけど」
「……そうか」
「なんでそこでニヤつくのよ。気にかけてくれて嬉しいって自分の口で言いなさいよね」
呆れた様子で言われた。いや、素直に嬉しいとか言ったら悪いだろ。
「あ、でも……」
「どうした?」
「最近、リルちゃんは冒険者ギルドに来てないのよね」
「へぇ、どれくらいだ?」
「……三か月くらい?」
「三か月……それは心配だな」
「オルトーさんが来てくれて、リルちゃんの事を多弁に話してくれるから心配してなかったんだけど。やっぱり、姿は見たいわねぇ」
ということは、リルはオルトーの家に三か月も籠っていることになるのか? なんだか心配になってきた。
「落ち着かないわね」
「あぁ、早く会いたくてね。手続きは終わったか?」
「……はい、これで終わりよ」
「ありがと。じゃあ、また落ち着いたら会いに来るよ」
「はいはい。早く行ってあげなさい」
預けていた冒険者証を受け取ると、足早に受付を後にした。
◇
早歩きで町の中を歩き、オルトーの家まで辿り着いた。扉にノックをして声を上げるが、中から誰かが出てくることも、声が聞こえる事もなかった。
この中にリルがいるはずなのに、一体どういうことだ? 不審に思って、勝手に扉を開けて中に入った。家の中は静まり返っていて、物音がしない。本当にここにリルがいるのか?
不思議に思いつつも、家の中に足を踏み入れる。廊下を歩き、調合室に入る。すると、そこには机に向かっているリルの姿があった。
「なんだ、リル……いるじゃないか。久しぶりだな、戻ってきたぞ」
ホッとした気持ちになって声を掛ける。だけど、リルから何も反応がない。どうやら、リルは本を真剣に読んでいてこちらには気づいていないみたいだ。
相当集中しているらしい。そんな姿を見ていると、その顔を見て驚いた。目の周りに隈ができていて、とても疲れているように思える。心なしか頬もこけているような……あの健康的なリルの面影がなかった。
「リル、どうした!?」
思わず近寄ってその肩を揺する。だけど、リルは本から目を離さない。
「……この素材の成分が……でも、あの素材は……」
「リ、リル? 私が分からないのか?」
「処理の方法は魔力を緩く長くして……でも、あの時は処理は違うし……」
「お、おい……リル?」
肩を揺すっても、声を掛けても、リルは全く反応を示さない。普通ならこんなことはないのに、一体リルはどうしてしまったんだ?
目は疲れているようなのに、片時も本から目を外さない。今も目は文字を追って、左右に動いている。もしかして、こんな調子でずっと本を読んでいるのか?
どうして、リルはこんなにも変わってしまったんだ。私が帰らなかったから、錬金術にのめり込んでしまったのか? もしかして、寂しい思いをごまかすためにこんなに……。
リルなら大丈夫だと思って、半年も冒険に出てしまった自分の浅はかさを恨んだ。でも、恨んだとしても現状は変わらない。どうにかして、リルの意識をこちらに向けさせなければ。
そう思っていると、玄関から音が聞こえた。もしかして、オルトーが帰ってきたのか? オルトーの事を思い出すと、怒りがフツフツと沸き上がって来る。リルをこんな目に合わせて、アイツは……!
怒鳴りつけてやろうと、玄関の方を見た。すると、オルトーが姿を現した。
「……おや? もしかして、ヒルデか?」
「オルトー、お前はっ……!?」
怒鳴ろうとして、息を呑み込んだ。オルトーの目が死んでいて、隈ができていて頬がこけていたから。リルの顔も酷かったが、オルトーの顔も酷かった。
「お、お前の顔……」
「あぁ、これは……つい夢中になってしまって」
「夢中? じゃあ、このリルも?」
「あぁ、リルに付き合ったら……いつの間にかこんな風に」
あのオルトーの口数が少ない……。相当疲れているようだ。でも、リルに付き合ったらこんなことになったって……もしかして、こんな状況になったのはリルのせいだというのか?
「あれ? ……ヒルデ、さん?」
突然聞こえてきたリルの声に驚いて振り向いた。疲れた目でこちらを驚いて見るリルの顔が良く見える。
「あぁ、私だ」
戻ってきた。そういうと、驚いた顔のリルの表情が緩む。やわらかい笑顔を向けてきた。
「ヒルデさんだぁ……」
気の抜けた声を聞くと、私も脱力した。はぁ……こんなに心配しているのに、リルという奴は。
「あれ? オルトーさんも……」
「今、戻ってきたよ」
「素材はありましたか?」
「もちろんあったさ」
二人が話し合うと、リルはとても嬉しそうに声を上げた。これはまさか、素材を使って調合をする気じゃないよな?
萎んでいた怒りがまたこみ上げてきて、二人の間に割って入った。
「その前に私のおもてなしをしろ。久しぶりに帰ってきたんだぞ!」
「えっ、でも……調合……」
「素材を買ってきたのに……」
「三人で積もる話もあるだろう!? さっ、外に食事に行くぞ! 二人ともお腹が減っただろう!?」
強引に食事に誘うと、渋い顔をする二人。そんな状態でまた調合をさせるなんてとんでもない。少しでも休ませるために二人を外に連れ出さなくては!
まさか、帰ってきて早々二人の面倒を見る羽目になるとは思わなかった。
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