難民集落のその後(1)
「では、ホルトの町にある難民集落のことを頼んだぞ」
「お任せください。必ず、成し遂げてみせます」
一室で領主のトリスタンと制服を身にまとった一人の青年がいた。その青年は執事から大きな鞄を受け取ると、凛々しい顔を崩さずに部屋を出て行った。
その青年は今年の官吏試験で合格したばかりの新人官吏。国の中央には籍を置かず、故郷の土地に戻り、地方官吏として働くことになったばかりだ。
元々青年は国の下で働く気はなかった。官吏に合格したら、故郷の領主の下で働きたいと思っていた。その念願が叶って、今とてもやる気に満ち溢れている。
数か月の研修が終わって、初めて任せられた仕事。その仕事は領地内にある他の町に関することだった。故郷であるコーバスで仕事ができないのは残念だったが、初めての仕事だから落ち込んでもいられない。
今、自分にできることは与えられた仕事を完璧にこなす事だ。地方官吏としての第一歩を大きく歩み始めた。
◇
「さて、貰った資料に目を通さないとな」
ホルトの町への移動する馬車の中、青年は早速仕事に取り掛かった。貰った大きな鞄を開くと、中には沢山の資料が入っている。
「凄いな……こんなに沢山の資料が。そんなに沢山の人が携わっている事業なのか?」
与えられた仕事はホルトの町の外にある難民集落の件。増えていく難民はどの領地でも問題になっていて、その扱いにどこも四苦八苦している。
そんな中、ルーベック伯爵領内では難民を一か所に集める試みが実施されている。この集めた難民に仕事を与えて、利益を生ませようと考えていたらしい。
だけど、今回その方針が変わった。難民を町民や村民に戻らせる試みが始まったのだ。その新しい事業にこの青年は抜擢されたということだ。
この事業へのトリスタンの意気込みを感じる。これは失敗できない。改めて大変な仕事を請け負ったと思った。
「えーっと、こっちの資料は……制作者はリルか。こっちの資料は……こっちもリルだ。じゃあ、これは……リル? ん、どういうことだ?」
どれだけの人が携わっているか確認をしようとしたところ、どれも同じ名前が登場した。そんなまぐれもあるんだな、と思って他の資料の表紙を見ていく。だけど、どれも一人の名前しか書かれていない。
「ど、どういうことだ? これだけの資料を一人で作ったというのか?」
青年は戸惑った。大きな鞄に入っていた資料の制作者は全てリルという人物によって作られた物。一人でこんなに沢山の資料を作るなんて、どんな凄腕の官吏なんだ。
「いや……もしかしたら、資料の中身が軽いものばかりかもしれない。そうじゃないと、こんなに作れないぞ」
量はあるが、問題は中身だ。こんなに沢山の資料を作ったのだから、中身が軽いものになっているかもしれない。そう思って、資料を読み始めようとする。まずは資料の一番上に乗っていた一枚の紙を見た。
「これは資料の表題をまとめたものか。ふむ、表題を見た感じでは幅広い情報が載っている、と。ん? 表題の数字が小さい順番から読めば理解がしやすい? 資料を作っただけじゃなくて、読む側の事も考えて作ってくれるとはありがたいな」
まさか、資料を読む順番まで指定してくるとは思わなかった。どうして、その指定をしてきたか分からないが、そうさせてもらおう。青年は一番小さい数字が書かれた資料から読み始めた。
◇
「な、なんだ……この資料は……凄く細かく書かれてあるぞ」
資料の中身はきっと薄いだろう、と思っていたが実際にはその逆だった。難民集落の事が事細かに書かれてあって、それを読めば大体の状況を掴めるほどに精細な資料だった。
「いやいや、きっと最初の資料だったから精細に書いたのだろう。きっと、次の資料は簡単に書かれてあるはずだ。そうじゃなきゃ、これだけ多くの資料を作るのは普通ではできないぞ」
最初だけ精細だった、という場合もある。気を取り直して、次の資料の読み込みを始めた。
◇
「ど、どういうことだ……次もその次も精細な資料だったぞ。まさか、全ての資料がこんなに精細なのか?」
どの資料も精細に書かれてあって、青年は驚いた。資料には難民集落の事以外にも、そこに住む人たちの特徴も書かれてあったりする。
それだけじゃなく、接する時の注意点ややる気を出させるちょっとしたコツなども書かれている。この資料を読んで、それを実行すれば問題は出ない、そう言われているような気がした。
「まさか、これほどの資料を作るとは……。リル……一体どんな官吏なんだ?」
きっと長らく難民集落に携わってきた人なのだろう。そうじゃないと分からない事が沢山書いてあった。
でも、これで難民と接する心構えができた。どうやって、接していこうか悩んでいたから、この資料には本当に助かる。
「よし。もっと、この資料を読み込んで、不足がないようにしなくては」
青年は気合を入れて、資料を読み続けた。
◇
そして、青年はホルト町に到着した。地方官吏の寮に入寮した後、代官の所へ行き挨拶をする。その日は挨拶だけで終わり、就寝した。
その翌日、青年の仕事が始まった。この町にいる地方官吏に連れられ難民集落に行く。集落に着くと、丁度朝の食事の時間だったらしく、活気のある場面に出くわした。
難民は元気がなく、虚ろな人物が多い……それが当初の認識だった。だけど、資料を読むとその認識が間違っていたことを知る。
確か、朝食の時間にいる人たちは町で働いている人ばかりで元気な人が多いと書いてあった。資料に書いてあった通りで、自分が働きかけなくてもその内、この集落から巣立っていくだろう。
それでも、早いに越したことはない。資料には困った事があったり、問題がないか色んな人たちと話すことが重要だと書いてあった。
早速、自分がどんな人間かを認識してもらうために自己紹介から始める。
「みなさん、おはようございます。領主様から派遣された、バルトと言います。私が派遣されたのは、皆さんが町民になって頂くように力を尽くす為です。どんな小さな事でも力になりますので、どうぞよろしくお願いします」
簡単に自己紹介をすると、難民たちは呆気にとられた顔をした。これはもしかして自己紹介が悪かったのか? 不安に思っていると、一人の男性が立ち上がった。
「領主様は俺たちが町民になる事を支援してくださるという事か?」
「はい、その通りです。あまり金銭はかけられませんが、それ以外の事でしたら力を尽くす所存です。領主様はこの集落のやり方は素晴らしいと言っておりましたよ」
「……そうか、俺たちのやり方は間違っていなかったんだな」
領主様の気持ちを伝えると、難民たちは嬉しそうな顔をした。なるほど、資料に書いてあった通りだ。町で働いている人たちは集落の恩恵に感謝をしている気持ちが強い。領主様の事を口に出せば、聞く耳を持ってくれそうだ。
その後も、難民たちと話して少しずつ交流を深めていった。だけど、問題は朝じゃなくて昼にあると資料には書かれてあった。
昼食時に集まる人たちをどうにかしないと、この集落の人数は減らない。さて、昼食時に集まる人たちに会うまで、話すことをまとめておこう。
◇
そして、あっという間に昼食時が来た。昼食時に集まる人たちは、想像していた難民と似ている人たちがいた。気だるげで覇気のない、堕落した様子だった。
その雰囲気を見て、資料に書いてあったことがようやく分かった。人は働いていないと、こんなにも覇気がなくなるものだと痛感する。
これは早急にどうにかしないといけない。だけど、焦ってもいけない。ここで扱いを間違えると、一生働いてもらえなくなる。気合を入れ直して、自己紹介をする。
「みなさん、おはようございます。領主様から派遣された、バルトと言います。私が派遣されたのは、皆さんが町民になって頂くように力を尽くす為です。どんな小さな事でも力になりますので、どうぞよろしくお願いします」
そういうと、覇気のなかった人たちが騒めき立った。みんな、戸惑っているかのようだ。何かおかしい事をいっただろうか? 不思議に思っていると、近くにいた難民がボソリと言う。
「働けっていうのか? そんなの無理だ」
「そうよ……。私たちが町で住むなんて」
「できるわけない」
朝の人たちは前向きに動いていたのに、昼の人たちは動こうとすらしない。未来に希望を見ていないから、現状を良くしようと思わないらしい。
なるほど、これがこの集落の問題か。この人たちの事をどうにかしないと、未来はない。
「大丈夫です。いきなり働けとは言いません。まずは食事の量を増やすために川で漁をしたり、森で食材を取ったりしましょう。お腹が膨れれば、前向きにもなります」
無理はさせたらダメだと資料には書いてあった。すると、その言葉を受けて難民たちはホッとしたような表情になる。
「そんなことからでいいのか?」
「でも、それならできそう」
「寝てばっかりだもんな……」
「そうですよ。支給品が少なくて申し訳ないのですが、食べ物は川や森から取れます。まずはみんなで協力して食料の調達から始めましょう。お腹が満たされれば、きっと前向きになれます」
必死に説得すると、少しずつ難民たちの顔色が良くなってきた。明るく話す様子を見ると、資料のありがたみが分かる。あの資料はここまで見越して、精細に書いてくれたのか?
すると、一人の難民がしみじみと話し出す。
「なんだか、リルを思い出すな……」
「そうだな。リルちゃんは前向きに頑張っていたもんな」
「今、何をしているんだろうか?」
その名前……どこかで……あっ!
「リルって資料に書いていた、あの名前と同じ!?」
思わず口に出すと、難民たちの目の色が変わった。
「お前さん、リルを知っているのか!?」
本日、コミカライズの連載がスタートしました!
活動報告にリンクを貼っていますので、ぜひそちらから見に行ってください!
よろしくお願いします!




