その後の両親(3)
「おい、起きろ。集合の時間だぞ!」
うるさい声が小屋の中で響いた。その声にエリックとルルーはようやく起き上がる。
「なんだよ、まだ寝ていたかったのに……」
「今日は畑仕事を教える日だって言われていただろ。早く起きろ」
「こんなに朝早くから? もう少し寝かせてよ」
「いいから来い!」
愚痴を言う二人に対して、だんだんと村人の当たりが強くなっていく。二人はしぶしぶ起き上がると、村人は二人の手を引っ張って小屋の外へと出て行った。
◇
「じゃあ、これから畑の耕し方を教える」
移住者たちは一か所に集められて、村長と善意で協力してくれる村人たちと未開墾の土地へとやってきた。村長が指示をすると、村人たちは農具を一つずつ説明していく。
「これが畑を耕すクワだ。この使い方はこうやって……」
農具を説明した後は使い方を実演していく。村人がクワを使って土地を耕しているというのに、二人はその姿を見ようとはしない。それどころか、立ちながら寝始めたのだ。
「耕すときは石に気を付けて……っておい! なんで、寝ているんだ!」
「はっ? こんな朝早く起こされて、そんなの見せられてもな」
「何を言っている? やり方が分からないと、畑を耕すことはできないぞ?」
「そんなの適当にやっておけばいいわよ。種を植えれば育つんでしょ? だったら、種を植える部分だけ耕せばいいのよ」
「頭いいな! 畑全体を耕す必要なんてないな」
「いや、それだと野菜や小麦が育たないぞ?」
村人は困惑したように一つずつ説明しようとするが、二人は自分たちの都合の良いように解釈していく。その自分勝手な言動に親切に教えていた村人の表情が険しくなっていく。
「ちゃんとやらないと、作物が育たないぞ! そうなると食う物にも困るし、税とかも払えなくなるぞ!」
「はいはい。ちゃんと育てるから、気にしなくていい」
「そんなことより、小屋に帰って寝ましょうよ」
「そうだな。じゃあ、農具だけ貰って帰るわ」
「お前ら……」
二人は村人の話を適当に切って、小屋に帰ろうとする。その二人の態度に村人は唖然とした。その村人は怒りを堪え、農具と種が入った袋を乱暴に手渡す。
「もう、お前らのことは知らん! 好きにしろ!」
「はいはい、好きにさせてもらう」
「帰ろ、帰ろー」
村人は二人を突き放したが、二人はそれを深刻には受け取らず軽いノリで受け答えをする。そして、本当に農具と種を持って小屋へと帰って行ってしまった。
◇
それから数日間は惰眠を貪り、お腹が減った時に芋を茹でて食べる生活をしていた。村人と交流することはせず、ひたすらダラダラと過ごす日々だった。
二人でダラダラとしていると、ふとルルーが思い出したように言った。
「ねぇ、そろそろ畑やらないとまずいんじゃない? 育つのに時間がかかるんでしょ?」
「あー、そうだな。仕方ねぇ、やるか。お前も手伝えよ」
「えー、面倒くさいなぁ。まぁ、いいよ」
二人は重い腰を上げて農具と種を持つと、自分の畑まで行った。与えられた土地は草が生え、石がゴロゴロと転がっている、未開拓の土地。その様子を見て、二人の表情が曇る。
「なんだ、ここ。他の畑とは全然違うじゃねぇか!」
「これで、どうやって作物を育てればいいのよ!」
「まさか、草を全部抜いて、石を取る作業をしなくちゃいけないのか? なんだよそれ、面倒くせぇな!」
「そんな事をしなくても作物は育つでしょ。種さえ植えればいいのよ」
「……そうだよな。種さえ植えればいいんだ。そしたら、その辺の草みたいに勝手に育つだろ。じゃあ、種を植えるだけの土を耕せばいいな!」
農業の事を全く知らない二人はそれで作物が育つと思っているらしい。いい案を思いついたとばかりにエリックがクワを地面に突き刺して、耕さずにそのまま上に上げる。できた穴にルルーが種を植え、適当に穴の入口を塞ぐ。
「なんだ、結構簡単じゃん。この調子でどんどん種を植えていくぞ」
「とりあえず、十ぐらいでいいんじゃない?」
「いや、もうちょっと植えよう。二十くらい植えればいいんじゃないか?」
「まぁ、それくらいは必要だよね。ふー、仕事は疲れるわね」
エリックがクワを突き刺し、その穴に種を植える。その繰り返しを二十回したところで二人の手は止まった。
「あー、手がいてぇ。今日はこれくらいでいいな」
「次はまた数日後でいいんじゃない?」
「それくらいでいいよな。それはそうと、芋ばっかりは飽きた。そろそろ、違う料理を作れるようになれよ」
「えー、そんなこと言われても……あっ」
「どうした?」
「いい事、思いついちゃった」
そう言って、ルルーは不敵な笑みを浮かべた。
◇
その後、ルルーは村の中を歩いてある人たちを探した。すると、目的の人を見つけて、その人たちに近づいていった。
「すいませーん」
「ん? あんたは確か……移住者の?」
その人たちは女性たちの集まりで井戸端会議をしていた。
「実は私、料理ができなくて困っているんです。なので、私に料理を教えて欲しいんですけれど」
「料理ができない? 今までどうやって生活してきたんだい?」
「難民の集落では私は料理担当から外されて、誰も教えてくれなかったんです。だから、今困っていて」
「あー、そうなんだね。可哀想に。だったら、私が教えてあげるよ」
「本当ですか? じゃあ、これから家に来て教えてください!」
ルルーはまんまと協力してくれる、女性を見つけた。その女性を連れて小屋に戻ると、その女性は早速ルルーに料理の仕方を教えようとする。
「じゃあ、まず始めにこの野菜を切って」
「実は……包丁の使い方も分からなくて」
「そうなのかい。じゃあ、切り方から教えるね」
女性はルルーの代わりに包丁を使って野菜を切り始めた。その最中、ルルーは手元を見るふりして学んでいるように見せつける。全ての野菜が切り終わると、それを鍋に入れて水と調味料を入れて煮込む。
しばらくすると、美味しそうな匂いが立ち込めてきた。さらに時間が過ぎると、具沢山のスープができあがる。
「ほら、これがウチで作っているスープだよ」
「ありがとうございます。とても美味しそうですね。早速食べてもいいですか?」
「あぁ、いいよ。じゃあ、私はこれで失礼するよ」
「はい、ありがとうございますー」
女性は料理を作って、小屋を出て行った。これでルルーは自分の手で料理をせずに、料理を食べれる手段を手に入れる。
それから、ルルーは同じ手段を使って他の村人に自分の家で料理を作らせていった。みんな移住者に優しくて、誰もがルルーに料理を教えるために料理を作っていく。
簡単に料理が手に入る状況を二人は大いに喜んでいた。
「お前、頭いいな! 自分で作らずに他人に作ってもらうなんて」
「でしょー? 楽できて、美味しい物が食べれるのが最高だと思うのよ」
「この調子で他の奴らに料理をさせようぜ」
「そうね、難民集落よりも楽できて最高ー」
二人はいい気になって、楽しい食事時間を過ごしていく。しかし、二人は知らない。何度も料理を教えてもルルーが料理を覚えないことに、女性たちは不信に思っていたことを。
そして、その事が積もり積もって……その時が訪れた。
「えっ、料理を作れない?」
今日も他の女性に料理を作ってもらおうとしたが、女性たちは誰も頭を縦には振らなかった。それどころか、嫌悪を滲ませた視線でルルーを見てくる。
「もう十分料理を教えたでしょ。後は自分で作れるはずよ」
「で、でも……まだ包丁すら握った事なくて」
「見たからもうできるでしょ。とにかく、私たちはあなたの為に料理を作らないから」
「そ、そんなの困る! だって、料理作れないし!」
「そんなの知らないわよ」
女性たちはルルーを冷たく突き放した。突然の態度の豹変に始めは困惑したルルーだったが、次第に怒りがこみ上げてきた。
「だったら……他の人に作ってもらうわよ! あなたたちを利用するのはもう止めよ!」
「そうやって、誰かを利用していたのね。なんて、嫌な女なの」
「他の人にお願いしても無駄だから」
「そんなこと分からないじゃない! もう、あなたたちとは付き合ってられないわ!」
最後に捨て台詞を残して、ルルーは立ち去った。そして、他の女性に同じ手段で料理を作ってもらおうとした。だが、話を受けてくれる人は誰一人としていなかった。
不審に思った女性たちが、この話を村中に広めたせいだ。だから、誰もルルーの話を受けない。こうして、二人はどんどん村人たちから嫌われ、どんどん孤立していく。
「料理が無いって……これからどうするんだよ!」
「知らないわよ! 誰も作ってくれなくなっちゃったんだから、仕方ないでしょ!」
「お前、作り方見てたんだろ? だったら、作れたりしないのか?」
「わ、私が? ……もしかしたら、できるかもしれない。やってみる!」
エリックの言葉に変な自信を芽生えたルルーは自分で料理を作ろうと行動する。だけど、できあがった料理は野菜をぶつ切りにして生煮えの塩っ辛いスープだ。
当然、食べられたものではなかった。結局二人は茹でた芋の生活に逆戻りになった。
◇
それから、ひと月以上が経った頃、二人の家に村長と付き添いの村人が現れた。
「そろそろ、初収穫の日だと思ってな。畑の状況を見せてもらえるか?」
「畑? 面倒くせぇなぁ」
「そんなの勝手に見ればいいでしょ?」
「これは税の徴収でもあるから、ちゃんと来てもらう」
二人の怠惰な態度に村長と村人たちは険しい表情になった。強い口調でいうと、二人はイスから立ち上がりだるそうに家の外に出て行く。そして、二人は村長たちを畑へと連れて行った。
「な、なんじゃ……これが畑!?」
村長たちは案内された畑を見て驚愕した。生え放題の草に石が転がった地面、明らかに想像していた畑とは様子が違った。
「たぶん、この中に野菜が生えていると思う」
「この状況で種を植えたじゃと!? お、お前たちは一体何を学んだんじゃ!」
「別に種さえ植えれば勝手に育つだろ? どうせ、草の影に野菜が育っているんだ」
村長と村人が戸惑っていると、エリックはだるそうに畑を見て回った。エリックの想像では草の影に沢山の野菜が生っている、と想像している。だが、エリックがどれだけ見回っても野菜は一つも生えてなかった。
「ど、どういうことだ!? 野菜が一つもなってないぞ!?」
「……この馬鹿もん! 耕さない地面で野菜が育つわけないじゃろ!」
「はぁ!? そんな事、聞いてねぇよ!」
「お前は人の話を聞かなかっただろう!?」
エリックが戸惑って声を上げると、村長と村人も声を上げた。その場は騒々しくなり、怒声が響く。
「これでは、税の徴収どころではない。明日の食べる物もなくなるんじゃぞ!」
「移住者には次の収穫までの食料しか分け与えていないというのに、どうしてくれるんだ!」
「そういえば、食べる物が少なかったような……。えっ、ということはあれだけってこと?」
「じゃあ、今あるものしか食べる物がないっていうのかよ! なんで、それしかくれなかったんだ!?」
「この村がそんなに裕福じゃないからじゃ! みんな、明日を生きるために必死になっているのに……。移住者に向けて分け与えた食料だって、なんとか捻出した貴重な食料だというのに……」
今、家にある食料は残り僅かだ。それで、次の収穫までどうやって過ごせばいいのか分からない。困惑するエリックは村長に強い口調で訴えた。
「このままじゃ飢え死にしちまう! さっさと次の食料を渡せ!」
「そんなものはない! 収穫できなかったお前たちが悪い!」
「じゃあ、俺たちはどうするんだよ!」
「各家を回って頭を下げて食料を分け与えてもらうんだな」
「なんで、俺が頭を下げなきゃいけないんだっ……」
「いいか、今回の税金は滞納ということにしておく。次回はちゃんと支払えるように、作物をしっかりと育てるのじゃ! そうでなければ、この村から追い出すぞ!」
悔しそうにエリックに村長は厳しい言葉を投げかける。そういうと、村長は村人を連れてこの場を立ち去ってしまった。
「ど、どうするのよ! 野菜が育ってないから、食べる物がないわよ!」
「今頃は野菜が沢山育っているはずだったのに、どうしてこうなったんだよ!」
「ねぇ、食べ物は!?」
「くっ……家を回って食料を出してもらうぞ」
「な、なんでそんなことをしなきゃいけないのよ……」
「野菜が無かったんだから、仕方ないだろ! 行くぞ!」
なんで自分たちが頭を下げなきゃいけないのか理解したくなかった。二人は悔しそうな顔をして、畑を後にした。そして、食料を分けてもらうために各家を回って頭を下げた。
だが、二人が怠惰な生活をしていた事は村中に伝わっていて、誰もが二人に食料を分け与えるのに渋い顔をした。中々食料を出さない事に苛立った二人は玄関先で大騒ぎした。
頭を下げるどころか、軒先で迷惑をかける二人。関わりたくない人たちは一つや二つの野菜を恵んで扉を閉めた。
「どうして、こんなことに……」
「これからどうなるの……」
二人はなんでこんなことになったのか訳が分からなかった。こうして二人はしばらくの間、村人からの恵みで生きていくしかなかった。そうして、二人はどんどん村人から見放され孤立をしていく。




