その後の両親(2)
ガタついたテーブルに備え付けてあるイスに座り、二人は項垂れていた。座っていると空いた穴から風が吹き抜けてきて、少し肌寒く感じる。その風に揺られて、開けっ放しのドアがキィキィと音を立てて揺れていた。
村について早々、こんな扱いを受けるとは思わなかった。どうして、悪い事が起こるのか分からない。ようやく、疫病神のリルから離れられたと思ったのに……。
二人は元々貴族の生まれだった。貴族といっても下っ端……エリックは子爵家の三男、ルルーは男爵家の三女だった。エリックとルルーの住む領は隣同士にあり、二人は小さい時からの顔なじみだった。
その顔なじみがいつの間にか恋人同士になり、将来を誓いあう仲になる。だけど、三男三女同士結婚すれば、貴族を引き継げないので庶民になり下がる他なかった。
そんな二人を哀れに思った子爵家の当主は、新しく商会を作った。その商会長にエリックを据えて、その妻をルルーとした。
その商会の準備中に二人の間に子供が生まれた。二人によく似た女の子で、二人の名前の一文字を使って名前をリルとする。娘の誕生に大いに喜んだ二人は仕事を頑張ろうと決意した。
そうして迎えた商会始動の日。晴れ晴れとした気持ちで二人は新しく建った商会の建物を見ていた。
「これが俺たちの商会。沢山稼いで二人に楽をさせてあげるからな」
「あなただけには頑張らせないわよ。私もあなたを支えてみせるわ。もちろん、リルの育児も頑張るわよ」
「そうだな、この三人で頑張ってやっていこう」
きっと努力すれば、豊かな生活ができるはずだ。夢や希望を持って、新しく建った商会の建物を見た。きっと、これから頑張っていけば良い生活ができるはず……そう思っていた。
だが、そんな時にスタンピードは襲い掛かってきた。そのスタンピードは二人の領地を飲む込むほどの大規模で発生し、多くの犠牲者を出した。
元々、そんなに裕福ではなかった領だったので、自前の騎士団なんていうのは資金が足りずに創設はできていない。それに冒険者の誘致が上手くいっておらず、冒険者ギルドには魔物に対抗できる力が無かった。
だから、このスタンピードを前にして成すすべなく蹂躙された。小さな町、小さな村だったため、スタンピードは簡単にそれらを破壊しつくした。
そのスタンピードが去った後、残ったのは瓦礫の山だった。大半の人が死に絶え、生き残っている人の方が少ない。そんな中、リルたちは生き残った。
スタンピードが去った後、三人は町まで戻って来る。その町の惨状を見て愕然とした。そして、自分たちの商会の建物を見に行くと、見るも無残な瓦礫になっている。
ここから出発する筈だったのに、全てが水の泡と消えた。しばらく、落ち込んでいた二人。だけど、すぐに実家を頼ることを思いつく。きっと、また援助してくれるに違いない。
そう思った二人は住んでいる町の領主、エリックの実家である子爵家を訪れた。しかし、そこで見た状況に絶望を覚えた。立派な屋敷が瓦礫と化していたのだ。
屋敷には生き残っている人はおらず、エリックの親族は全員スタンピードに呑み込まれてしまった。折角頼ろうと思ったのに……そう思った二人に次の案が思い浮かんだ。
隣領、ルルーの実家を頼ればいいと思ったのだ。二人はすぐに隣領に向かって歩き出した。二日かけて訪れたのはルルーの実家がある村。その村に辿り着くと、二人はまた愕然とした。
この村にもスタンピードが襲い掛かっていたのだ。家は壊されて瓦礫と化し、畑は踏み荒らされている。そんな光景を見ながらルルーの実家である屋敷に向かうと……そこも瓦礫と化していた。
ルルーの実家もスタンピードに巻き込まれ壊滅状態だった。もしかしてと思い、生きている家族を探し歩いてみたが、生き残っている人は誰一人としていない。
これで完全に頼れる人は絶たれてしまった。住む場所も無く、頼る人もいない中で二人は絶望する。その時、一つの考えが頭に浮かんだ。子爵家も男爵家も継ぐ人が死んでしまった今なら、自分がその後を継げるんじゃないか?
胸の奥底に隠していた、貴族への執着が芽生えた。もしかしたら、貴族に返り咲けるかもしれない。その可能性を考えた二人だったが、それはすぐに打ち破られる。
村が壊滅している中では得るものが何もない。負債を抱えて領地経営をしなければならず、そこに貴族の優雅な暮らしはないに等しい。住民からの税収も期待できない中、今貴族に返り咲くのはあまりにも負債が大きすぎた。
もう二人には何も残されていない。絶望した二人は自分たちの領地を諦めて、他の領地へと旅立った。その行った町のスラムで散々な目に合い、二人は逃げるように違う領地へと足を向けた。
その先にあったのが、難民の集落だった。二人はその集落に身を寄せ、絶望した日々を過ごして無気力になる。それでもなんとか生きていけたのは、最低限の事はできていたからだった。
でも、長年自堕落に生きていたせいで、難民の目は厳しくなっていく。そして、厳しい言葉を向けられるようになると、その苛立ちからリルに当たるようになっていった。
そして、こう思うようになった。全てを失ったのは、リルが生まれたせいだと。きっと、リルは疫病神かなんかだと思うようになった。誰かのせいにしなければ、自分を保てないほどに弱い心になっていた。
本当はその逆でリルがいたからこそ命は助かったのに、二人にはそうは思えなかった。実の娘だというのに、段々と厳しく当たるようになっていく。
難民の集落のみんなからは何かにつけてリルの事を話題に出され、嫌な思いをした。色んな事を言われたが、それを忘れるためにリルに当たる日々。次第に脆くなっていた心が歪み始めた。
より一層周囲からの当たりが強くなると、難民集落にいることすら嫌に思えてきた。だけど、この場所しか居場所がない。そう思っていたが、一つの事を思い出した。
ひと月に一度来る役人たちが村への移住を勧めていた事。二人は嫌なことからすぐに逃げ出したいと思い、その移住に食いついた。もちろん、疫病神のはずのリルを置いて。
こうして、二人はリルを置いて移住できた。移住した先で難民集落よりも良い生活をしてやろう、そう思っていたのに……現状は散々だ。
二人がイスに座って項垂れていると、お腹が鳴った。時刻は夕方で、普通なら夕食の時間だろう。
「おい、何か作ってくれよ。材料はあるんだろう?」
「……いいけど」
エリックがルルーに声をかけると、ルルーは嫌そうな顔をして席を立った。ルルーは夕食作り、エリックはイスに座ったまま動かない。
一人で時間を潰すエリックはこう思った。そうだ、集落では一食だけだったが、ここでは自分の好きな時に食べれる。家はダメだったが、食事はきっと良いものが食べられるはずだ。
そう考えると、気分が上向いてきた。きっと、ルルーが美味しい料理を作ってきてくれるに違いない。次第に心がウキウキになってきた。
そして、ルルーが食事を持って戻ってきた。エリックは嬉しそうな顔をして視線を向けると、皿に乗っかった料理を見て感情を消した。
「なんだ……これ」
「芋を茹でたものよ」
「えっ……焼いた肉とか、ドレッシングのかかったサラダとか、パンは?」
「そんなもの置いてなかったわよ! だから、できることをしたの」
「できることって……お前、料理は?」
「これくらいしかできないわよ」
「えっ……だってお前……スープ作りはやっていたんだろう?」
「そんな面倒なことやるわけないじゃない。わたしは芋を茹でたことしかないわ」
二人は沈黙して、皿の上に置かれた茹で上がった芋を見た。ルルーは料理をしたことがほとんどない。町に住んでいた頃は料理はもっぱら家政婦の役目だったし、難民集落に来てからも芋を茹でたことぐらいしかなかった。
「お前っ……どうするんだよ! ここにはスープを作ってくれる人なんていないぞ!」
「だったら、あなたが作ればいいじゃない! 私は作り方は知らないわよ!」
「俺が? 無理だよ、無理! じゃあ、これからずっと芋を茹でたヤツしか食えないって事かよ! ど、どうするんだよ! お前、料理を習って来いよ!」
「習ってって誰から習えばいいのよ!」
茹で上がった芋を挟んで、二人は言い争いをした。だけど、それをやるとお腹が減って鳴る。その音を聞いた二人は黙り込んで、静かに席に座ると茹でた芋に手を伸ばす。そして、黙々と食べ始めた。
これだったら、スープがあった難民集落の方がまだマシだった。村に来たら、もっと美味しい物が食べられると思っていたのに……。二人は同じ思いをしながら、食べ慣れた芋を齧る。だが、その芋の中心は固かった。
「おい、生の部分があったぞ!」
「えっ、やだ、嘘……」
「食べる部分が減ったじゃねぇか!」
「そ、そんなの気にせずに食べればいいでしょ!」
芋の大きさが変わったことで、必要な茹でる時間も変わった事には気づかずにいたのだった。




