292.スタンピード(15)
時刻は昼過ぎだろう、太陽が一番高いところに昇っている。昨日から続いたスタンピードは最終局面を迎えようとしていた。
目の前から土埃を上げて走ってきている魔物がいる。その魔物はスタンピードの影響で普段はいない魔物が突如として現れたものだった。異常続きのスタンピードの象徴とも言えることだろう。
恐竜のような見た目をしているその魔物は雄たけびを上げながら、冒険者たちが待つ場所に真っすぐ向かってきている。その量と気迫に押されそうになるのをぐっとこらえ、ラプトルと対峙する。
「よし、行くぞ! これで最後だ!」
「山頂の魔物だ! こいつらを倒せば俺たちの勝利だ!」
「お前ら、最後まで生き残れよ!」
あちこちから冒険者の声が上がった。鼓舞する言葉はみんなの心に届き、目に見えない気迫が高まっているように見える。いよいよ、ラプトルと戦う時が来た。
眼前に迫ったラプトルは凶悪な牙をむき出しにして襲い掛かってくる。
「行くぞー!」
まず、魔法使いの魔法が放たれた。数えきれないほどの魔法がラプトルに向かって放たれ、あちこちから魔法の音が木霊した。その中に私もいる。
「いっけぇっ!」
空中に無数の氷の刃を生成すると、それをラプトルに向かって勢いよく放った。風魔法で射出力を高めた、氷の刃だ。どれだけ固い皮をしていても、貫く威力を持っている。
その氷の刃を雨のように降らす。威力のある氷の刃は思った通りにラプトルの体を貫いた。中には掠っただけの個体もいるが、問題ない。私の役目は無数のラプトルを討伐することだ。
「まだまだいきます!」
ラプトルが接敵するまで、私は魔法を休まない。また無数の氷の刃を生成すると、風魔法を付与して威力のある氷の刃を射出した。再びラプトルに降り注ぐ氷の刃は、数えきれないほどのラプトルを貫く。
まだ、距離がある。ということは、魔法が放てるということだ。私はぎりぎりまで氷魔法を放ち続けた。こちらに向かって駆け出してきたラプトルの数は減っているように見えるが、その後ろからまた新たなラプトルが現れる。
どんどん距離を詰められると、辺りから聞こえてきた魔法の音が少なくなってきた。そろそろ、近接武器を持つ冒険者の登場だ。だけど、その前にできることはある。できるだけラプトルを抑えることだ。
「これでっ!」
私は魔力を高めて、違う魔法を発動させる。風の魔法を最大限に発動して、竜巻を作った。ただの竜巻じゃなくて、風の刃が中で荒れ狂う特別な竜巻だ。
それを立て続けに二本生成すると、それを前からやってくるラプトルたちにぶつけた。ラプトルたちは竜巻に体を奪われ、竜巻の中に次々と入っていく。そして、入っていったラプトルは風の刃で切り刻まれた。
ラプトルの雪崩を止めるべく放った竜巻は壁となって行く手を阻んだ。それでも、脇をすり抜けていくラプトルはいる。そのラプトルがすぐ目の前まで迫ってきた。
「私の出番だな!」
「よし、出番か」
サラさんとハリスさんが前に出て抜けてきたラプトルを迎え撃つ。サラさんが前に出ると、ハリスさんが援護の弓矢を放つ。付与魔法つきの弓矢がラプトルの太ももを貫き、ラプトルは地面の上に転がった。そこを、サラさんの剣が襲う。
頭を剣で貫くと、その一撃でラプトルは絶命した。すると、剣をすぐに抜き取る。そして、すぐに違うラプトルを標的に定めて走り出した。
こちらは大丈夫そうだ、隣の援護に行ったヒルデさんはどうしているのだろう? 隣を見てみると、ラプトルの前に立ちはだかったヒルデさんが物凄い速い剣捌きを披露していた。
ラプトルに囲まれていたヒルデさんだけど、臆することなくラプトルに攻撃を仕掛ける。噛みつきの攻撃を仕掛けると次の瞬間にそのラプトルの頭が切り落とされていた。次々にラプトルの頭を切り落としていくと、ヒルデさんを囲むラプトルの姿は見えなくなる。
そのヒルデさんの後方では、抜けてきたラプトルと必死に戦う隣の冒険者がいた。みんなで協力し合って一体ずつ倒していっているようで、なんとか戦えている状況にホッとした。その時、ハリスさんが話しかけてきた。
「リル、そろそろ竜巻が切れるんじゃないか?」
「そうですね、なら私も剣で」
「いや、このまま魔法のほうがいいだろう。見てみろ、リルの魔法は効果的だ」
竜巻のほうを見てみると、押し寄せるラプトルを巻き上げて風の刃で切り刻んでいる。切り刻まれたラプトルは地上に落ちて、ピクリとも動かない。私の魔法が効いている証拠だ。
「抜けてくるラプトルは俺たちに任せろ。リルはこのまま広範囲にラプトルの討伐だ」
「はい、分かりました」
障害物のない広い場所に沢山の魔物がいる、この状況は魔法を使うのに打ってつけの状況だ。今までそれなりにしか活躍していなかった魔法が大活躍になっているのが嬉しい。
魔力が切れるまで魔法を放って、ラプトルを沢山討伐しよう。私は消えかける竜巻を見て、再び手を前に構えた。
◇
大挙として押し寄せたラプトルの集団は冒険者たちの必死の攻勢により、その数を減らしていった。魔法が有効だったみたいで、魔法使いたちは魔力切れを起こすほどに魔法を連発。
そのお陰で無数のラプトルはどんどん数を減らし、近接武器で攻撃をする冒険者の手間を減らした。そうすると、大けがをして後ろに下がる冒険者は減り、戦線の維持ができた。
近接だと強いラプトルも遠距離の魔法攻撃には勝てない。大きな被害を出さないまま、ラプトルの討伐は順調に進んだ。
「リル、魔力の残りは大丈夫か?」
「そろそろ補充したいところです」
「分かった、補充できる時間を稼ごう。サラ、リルの魔力補充の時間を作ってくれ!」
「了解した! ここから先へは、絶対に行かせない!」
竜巻が消える前に、回復ポーションを飲まないと。サラさんとハリスさんが前を守ってくれている間に、マジックバッグから魔力回復ポーションを取り出して、それを一気に読み干す。
オルトーさん作成のポーションはとても質がいい。飲んだ時から魔力が回復している感じがした。それに体の疲れも少し取れているようにも感じる。このポーションに何度助けられたか分からない。
まだ魔力は全回復していないが、時間が経てば回復するだろう。それを待っていたら、ラプトルに押されてしまう。
「魔力回復しました! 魔法、行きます!」
「助かった! リル、頼む!」
「よし、魔法をお見舞いしてやれ!」
前でラプトルの足止めをしてくれた二人、その二人に心の中で感謝をしながら再び魔法を放つ。竜巻を放つと、密集していたラプトルが強風に巻き上げられ、風の刃で切り刻まれる。
ラプトルの数は確実に減っている、終わりが見えてきていた。あともう少し、その思いでラプトルを次々に討伐していく。周囲の冒険者も終わりが見えてきたことで、俄然やる気が出てきたみたいだ。
「あと、もう少しだぞ!」
「もうひと踏ん張りだ、耐えるぞ!」
「焦らずに確実に倒していけ!」
終わりが見えたことで冒険者たちはここ一番の力を出した。なだれ込んでくるラプトルを食い止め、次々に討伐していく。誰もがスタンピードの終わりを考えていた、その時だ。
「見ろ、何か飛んでくるぞ!」
空を見た。こちらに向かって飛んでくる大きな魔物が見える。その魔物は降下してきて、私たちの前に現れた。
「グオォォッ!!」
山頂にいるはずのドラゴンが地上に降りてきた。その瞬間、空気が一変した。高まっていた気運は落ち、重苦しい空気になる。とうとう、Aランクの魔物が姿を現した。




