291.スタンピード(14)
四本腕のオーガを倒すと、周りにいた冒険者が沸き立った。
「よくやったぞ、嬢ちゃん!」
「よし、よーし!」
「やりやがったな!」
わっ、と集まってくると揉みくちゃにされた。そんなに頭を強く撫でないで……
「よくやったぞ、リル! お前は領主クエストの時から本当に持っているな!」
ラミードさんもその輪に加わって、ぐわんぐわんと頭が揺れるほどに撫でられる。しばらく揉みくちゃにされると、ようやく解放してくれた。
「一瞬の身体超化に奴はついてこれなかったみたいだ。いいタイミングで身体超化をしたな、リル」
ヒルデさんは頭をポンポンと軽く叩いて褒めてくれた。なんだかホッとするやりとりで癒されてしまった。すると、ラミードさんがこの場を取り仕切る。
「よし、ボスも倒したことだし、次は残ったオーガたちを倒すぞ。俺たちはまずはハイオーガの討伐をして、その後に普通のオーガを討伐だ」
「そうだな、ハイオーガと戦えない奴らもいるからそれがいい」
「じゃあ、ハイオーガを討伐しますか」
ラミードさんの言葉を受けて、冒険者たちがそれぞれ動き出す。バラバラに動き出してハイオーガに向かっていくと、この場に残ったのはラミードさんとヒルデさんと私だけになった。
すると、ラミードさんがヒルデさんに話しかけた。
「あんた、強いんだな。そんなに強けりゃ顔を知っているはずなんだが……」
「普段は大人しく暮しているだけだからな」
「そうなのか。そんだけ強ければ、名を上げることだってできるのにな。まぁ、ここで言っても仕方ないか。じゃあ、お前らももうひと踏ん張り頑張れよ」
そう言ってラミードさんはハイオーガに向かっていった。
「なんだかヒルデさんが認められたみたいで嬉しいです」
「これでも王都では有名だったんだがな。ここじゃあ、無名同然なのは仕方がないことだ」
ヒルデさんはコーバスでは日銭を稼ぐくらいしか動いていなかったので、実力を知る人はほとんどいない。だから、今回のスタンピードで大々的にその実力を示すことができたみたい。もっと、ヒルデさんの実力を知って欲しいと思う。
「よし、私たちもハイオーガの討伐に行くぞ。私は足が疲れたから、ここはリルが頑張ってくれ」
「そんなこと言ってもダメですよ。しっかり働いてください」
「動くようになったらこれだ。弟子は厳しいな」
そう言いながらもヒルデさんは進んでくれた。私はヒルデさんと一緒にハイオーガの討伐を再開する。まだオーガたちは沢山いる、これを終わらせないといけない。気合を入れ直した私はヒルデさんと駆け出していった。
◇
四本腕のオーガを倒すと、オーガたちは統率が取れなくなった。その隙を突き、冒険者たちはオーガに攻勢を仕掛ける。そのお陰で押され気味だった戦線を維持することができ、オーガをせん滅することができた。
第五波のオーガの群れのせん滅、これを成し遂げた時冒険者たちから歓声が上がった。厳しい戦いを勝ち抜いた喜びが爆発して、誰もが声を上げて喜んだ。
だが、これは最後の戦いではない。喜ぶ冒険者に対して、ギルド職員は厳しい現実を突きつける。
「山頂付近の魔物がこれからくるでしょう。みなさん、次がまだあります。準備をしてください」
その言葉を聞き、冒険者たちは喜ぶのを止めた。そして、黙って戦線を下げて戦場を整えると、つかの間の休息を取る。次で最後だと誰もが期待をしていた。
「山頂付近にはどんな魔物がいるんですか?」
「色んな魔物がいるが、今回の目玉は新しく出現したトカゲ系の魔物だろう」
休みながら魔物のことを聞くと、ハリスさんが答えてくれる。
「体長二メートルの二足歩行で走るトカゲらしい。名前は……確かラプトルと言ったかな。鋭い牙と爪、強靭な尻尾で攻撃してくるタイプらしい。ランクはBランクだ」
その話を聞いて一番に思い浮かんだのは恐竜だ。私たちよりも大きな体をした恐竜と戦うことになる、そう考えるとしっくりきた。
「次の相手はラプトルというトカゲの魔物なんですね」
「……いや、もう一つ山頂にいる存在がいるだろう」
サラさんが神妙な顔をしていった。もう一つ、山頂に絶対的な存在がいる。その存在を思い出して、みなが神妙な顔をした。すると、ヒルデさんがそれを口にする。
「ドラゴンか……」
その名を聞くだけで場が重苦しくなる。
「ドラゴンなんて、私たちには無理だわ。それにラプトルとかいった魔物と戦うのも……」
「俺もだ、とてもじゃないが相手にできない」
「今回も後方にいることしかできないだろうな」
隣の冒険者たちが口を揃えて戦えないと言った。無理に戦って命を落とすよりはいいが、スタンピードに参加したのだから勝手な逃亡は許されない。だから、後方で漏れ出た魔物と戦う程度しかできないのだろう。
「俺たちはどうする? ラプトルとは戦えるが、ドラゴンとなると……」
「先ほどのハイオーガでなんとかギリギリ戦えたが、ドラゴンはAランクだ。とてもじゃないが、戦える相手ではない」
ハリスさんとサラさんは口を揃えて戦えないと言った。それだけ、Aランクの魔物は強いということだ。一人では簡単には倒せないから、他の冒険者と協力して倒すことになるだろう。そうなったとしても、戦いたいと思える相手じゃない。
「ハイオーガと戦えるのなら、ドラゴンとも戦えると思うぞ。一人で戦う訳じゃない、ここにいる冒険者たちが協力して戦えばなんとかなるもんだ」
そんな中、ヒルデさんはドラゴンと積極的に戦うべきだと言った。
「それに、リルはAランクのゴーレムと戦って勝ったことがある。Aランクの魔物だとしても、やりようはある。だから、戦うことに前向きになってもいいんじゃないか?」
「やりようか……俺の弓矢がどこまで通じるか分からんが」
「私の剣は通じるのだろうか」
ハリスさんとサラさんはヒルデさんの言葉を受けても、戦えるイメージが沸かなかったみたいだ。いきなりAランクの魔物と戦うこと考えるなんて無理な話だろう。私の場合は必要に迫られて、そうなってしまったけれど。
「リルはどう思う? 自分はドラゴンと戦えるか?」
「私は……」
巨大なドラゴンと戦える? そう思った時、身震いがした。どれだけ巨大か分からない、どんな攻撃を仕掛けてくるのか分からない。分からないだらけのAランクの魔物のことを考えると恐怖した。
だけど、ゴーレムの時はそんなことを考えている暇はなかった。やるかやられるか、その選択肢を迫られてやる選択をしただけだ。初めて戦うAランクの魔物だったけど、なんとか倒すことができた。それを思い出すと、やれるような気がしてくる。
「現れたら戦うと思います。逃げないで立ち向かって、ドラゴンを倒します。そうじゃなきゃ、このスタンピードは終わりません」
このスタンピードが終わらなければ、平和は訪れない。町には大勢の人がいて、スタンピードが終わることを祈っているはずだ。その人たちのためにも、ここで逃げるのはかっこわるい。
「私はスタンピードを止めるために来ました。だから、その為の努力は惜しみません」
どれだけのことができるか分からないけれど、諦めたら何も解決しない。だったら、私は戦うことを選択する。
真剣な表情でいうと、ヒルデさんが笑った。
「いい覚悟だ、流石はリルだな。そんなリルだから、私はここまでくることができた。リルが引っ張ってくれたお陰だ」
私の言葉にそんな力があるなんて思わなかったけど、それがヒルデさんのためになってよかった。すると、他の人たちも笑顔になる。
「リルにそんなことを言われたら、熱くなるじゃないか」
「そうだよな、俺たちはスタンピードを止めに来たんだ」
サラさんとハリスさんの目に力が籠った気がした。
「そんなこと言われちゃったら、引き下がれないじゃないの……バカ」
「俺たちもできることをしよう」
「あぁ、スタンピードを止めるんだ!」
隣にいた冒険者たちは力強い言葉を口にした。私の言葉でこんなにも前向きになってくれる人がいる、本当に驚きだ。でも、一緒に戦うことを決めてくれて本当に良かったと思う。
その時、声が聞こえた。
「第六波が来たぞ!」
最後の戦いが始まる。




