290.スタンピード(13)
「あれは……初めてみるオーガの特別な個体だ」
雄たけびを上げる四本腕のオーガを見たヒルデさんはそう言った。
「じゃあ、今までにない例ということなんですね」
「そうだな。だから、どんなことをしてくるかは分からない」
「あれを倒さないといけないんですね」
何をしてくるか分からないオーガを倒さないといけない、ハードルが高すぎるんじゃないか? そう思っていると、ヒルデさんが薄く笑った。
「なんだ、怖いのか? 勇猛果敢にスタンピードに挑んでいたリルが」
「それとこれとは話が別ですよ」
「ふふっ、そうか」
これは信じていない顔をしている。私だって怖気づくことがあるんだから。
「おお、もうあのオーガに向かっている冒険者がいるな。あれを倒せば、状況が好転すると思っているんだろう」
「あれと同じ個体は他にはいないようですし、あれがこの群れのボスということになりますからね」
「リルはどうする? ハイオーガを討伐を続けるか、それともあのボスを倒しに行くかだ」
どれだけ強いか分からないけれど、ここは他の冒険者と協力して倒しに行ったほうがいいだろう。怖いけど、ここは勇気を出す。
「行きましょう。あれを倒せば、きっと状況は良くなります」
「その意気だ」
「ヒルデさんはどうするんですか?」
「リルと一緒に行こう。そのほうが怖くないしな」
「無理してませんか?」
「リルがいるから大丈夫だ」
私は安定剤か何かなんだろうか? でも、それがヒルデさんにとっていい結果を生むのであれば、私は何も言わない。
「あそこに辿り着くまで、ハイオーガが二体いますね」
「まずはそいつを倒そう」
そういったヒルデさんは先に動き出した。その後を身体強化をして追う。片足が棒でできているヒルデさんの歩みはそんなに速くない。すぐに追いつき並走した。
「先に行ってもいいぞ」
「なら、一体目は私がいただきます」
ヒルデさんを追い越して、目の前にいるハイオーガに向かっていく。近づいていくとハイオーガはこちらに気づき、手を前に構えて魔法を放ってくる。尖った石が飛んでくるが、軌道が読みやすいため簡単に避けていく。
そして、私からも魔法をお見舞いする。手を前に構え、雷魔法を放つ。雷は一瞬でハイオーガに辿り着き、ハイオーガは感電して激しく震え出した。その隙に距離を縮めて、大きくジャンプをする。
「はぁぁっ!」
感電して体を震わすオーガの首目掛けて剣を振るった。防御もできないオーガは簡単に首を刎ねられ、一瞬で絶命した。そのハイオーガを倒しているウチにヒルデさんが私を追い抜き、その先にいたハイオーガを標的にした。
そのハイオーガはヒルデさんに向かって尖った石を放つが、最小限の動きで全てを避け切る。それを見たオーガはすぐに武器に持ち替えて、近づくヒルデさんに向かって武器を振り下ろした。
その瞬間、武器を持っていた腕が切り落とされる。ハイオーガがそれに気づくと同時にヒルデさんはその首を刎ねた。流れるような動きで簡単にハイオーガを仕留める姿を見ると、この人はAランクの特別な冒険者なんだなと改めて思った。
「ほら、置いていくぞ」
「待ってください」
ヒルデさんを追って走った。そして四本腕のオーガを目前にし、その威圧感を感じた。二本の腕で剣を持ち、二本の腕で魔法を操っている……明らかに異質な雰囲気だ。
その四本腕のオーガに対して、冒険者たちは苦戦を強いられているみたいだった。
「リル、魔法を放ってみろ」
「はい」
手を前に構えると、特大の火球を作り放った。真っすぐに飛んでいき直撃する、というところで四本腕のオーガはこちらを見ずに同じ火球を放った。そして、火球同士がぶつかり消滅する。
「しっかりと周りは見えているみたいだな」
「どうします?」
「二人同時に身体強化で攪乱しながら、首を刎ねる」
「分かりました」
今できる最大の身体強化をして、私たちは四本腕のオーガに向かっていった。素早い速度で距離を詰め、まずは足に向かって剣を振るう。だが、動きを見極められて避けられてしまった。
避けたと同時にヒルデさんは首を狙う。目にも止まらない速さの一撃だったのに、それは武器によって防がれてしまった。良く見えていて、良く動けるみたいだ。
「リル、止まらず動き続けるんだ!」
「はい!」
ヒルデさんの言葉通りに私は動き続けた。胴体を狙い、手首を狙い、腕を狙う。だけど、どれも防がれたり、避けられたりして一撃を加えられずにいた。ヒルデさんの攻撃も同じように一撃も加えられない。
激しい剣戟が繰り返される中、どうにか突破口を見つけようと頭を働かせる。武器がダメなら今度は魔法だ。四本腕のオーガの周囲を動き回り、手を向けて雷魔法を放った。
「グッ!」
一瞬、体の動きが止まった、チャンスだ。首を狙って剣を振りにいったが、感電しているのにも拘わらず四本腕のオーガはその一撃を武器で受け止めた。同時に一撃を食らわせようとしたヒルデさんの一撃もだ。
そこで私たちは一旦距離を取った。
「強いな」
「はい」
同時に身体強化をして攻撃を与えたのに、四本腕のオーガは全てを防いでみせた。まだ、手数が足りないのか? そう思っていると、先に戦っていた冒険者たちが近づいてきた。よく見ると、そこにラミードさんがいた。
「よお、リルか」
「ラミードさんもいたんですね」
「あぁ、奴は強いだろう」
「はい。でも戦えます」
「だな、お前たちの動きを見てそう思った。ということで、ここは協力して戦おう。一斉に攻撃を開始するんだ」
四本腕のオーガが対応できなくなるくらいの攻撃を繰り出す、それが手っ取り早いだろう。その提案にその場にいた人たちは頷いた。
「よし、ならもう一度行くぞ」
「はい」
ヒルデさんが再び駆け出していくと、私がそれを追い、その後ろから他の冒険者が行く。再びやってきた私たちを見て四本腕のオーガは雄たけびを上げて、迎え撃つ。
数人で四本腕のオーガと戦うと、オーガの手数が足りなくなった。一撃、二撃とこちらの攻撃が体に当たるようになる。だが、その傷は負った瞬間からどんどん癒えていく。
「ダメだ、傷が癒えていくぞ!」
「切り落とさないと、攻撃が無駄になる!」
「切り落とし以外は無効だ!」
体を切り落とすには深く入り込まないと武器が届かない。だが、それを許すほど四本腕のオーガは優しくない。誰もが決め手となる一撃を加えられないまま、時間だけが過ぎていった。
「このままじゃ、埒が明かない! もっと踏み込んで攻撃しろ!」
ラミードさんが叫んだ。そうだ、そうしないとこの四本腕のオーガは倒せない。みんな覚悟を決めたように、攻撃スタイルを変えていった。
「ぐあっ!」
深く踏み込むと、四本腕のオーガの一撃が冒険者に入り吹き飛ばされた。
「人数が減るのはまずい!」
「こいつの攻撃を受けるな!」
「くそっ!」
手数が減るのはまずい。だが、深く入り込まないと体を切り落とせない。この状況を変えるのは、身体超化しかない。
「リル、あれを使え!」
「私もそう思ってました!」
「なら、一撃でこいつの首を刎ねてやれ!」
私は魔力を高めて膜を二重に作った、身体超化だ。攻撃する隙を窺い、その時を待った。今だ! 私は全力で飛び出していき、四本腕のオーガの首を狙った。
目にもとまらぬ早業で深く入り込み、剣を振る。そして、振り切った瞬間、四本腕のオーガの首が宙を舞った。取った!
宙を飛んだ首は地面の上へと転がり、四本腕のオーガの体は後ろ向きに倒れていった。
「倒しました!」
その瞬間、一緒に戦っていたみんなが一斉に沸いた。




