289.スタンピード(12)
「くそっ、ハイオーガだ!」
「こんな時に!」
「対応できるわけないだろう!」
冒険者たちから悲鳴のような声が上がった。大量のオーガに加えて、特別な個体であるハイオーガが現れたせいだ。オーガで手一杯だったのに、ハイオーガの登場は望んでいない展開だ。
その現れたハイオーガたちは手を前に構え、魔力を高めだした。まずい、魔法が来る。
「魔法が来ます、後ろに下がってください!」
声を張り上げて注意を促すと、急いで魔法の壁を作り出した。すると、ハイオーガから魔法が放たれた。尖った石を何個も射出して攻撃を始めた。冒険者たちはその石から逃れようと必死に走っている。
私はその攻撃を魔法の壁で防いでみせた。今の魔法攻撃で最前線にいた冒険者たちは後ろに下がるしかなく、オーガによって戦線が押し上げられてしまう。
ハイオーガは休むことなく、次の魔法を準備した。空中に浮かぶ尖った尖った石、それを見ていた冒険者たちは戦慄する。そして、再び射出されると冒険者たちは逃げ惑った。
中には魔法で対抗しようとしている冒険者もいて、あちこちから魔法を唱える声が聞こえた。私はもっぱら魔法の壁でハイオーガの魔法を弾き飛ばしている。
その魔法の壁の後ろにはハリスさん、サラさん、隣の冒険者たちがいた。
「ハイオーガの魔法が厄介だな。このまま防いでいても状況は好転しない」
「なら、前に出て倒すか? この魔法の中、それも危ないんじゃないか?」
「私たちにはハイオーガは無理だわ。後ろに下がって、ハイオーガが倒れるのを待つしかない」
「それしか、俺たちの道はないな」
「オーガで手一杯だったのに、ハイオーガなんて……」
色々と話はしているが、分かるのはこのままではいけないことだ。この状況を好転させるには、ハイオーガを倒して魔法の連射を止めさせること。でも、それをするにはこの魔法の雨の中を出ていかないといけない。
私たちは魔法の壁にこもっている時、ヒルデさんは一人で魔法の雨を掻い潜っていた。まるでハイオーガを目指しているかのような歩みを見て驚いた。あんなにスタンピードが怖いと言っていたのに、ヒルデさんは危険を冒している。
本当に大丈夫なのか? と心配しながら見守っていると、とうとうヒルデさんはハイオーガの前に辿り着いた。そのハイオーガと武器で打ち合いを始めた。ハイオーガが優勢のように見えたが、ヒルデさんの素早い剣裁きにハイオーガが押される。
そして、一瞬の隙を付き、ハイオーガの頭を切り落とした。
「すごい、あのハイオーガを簡単に倒したぞ」
「あの人は何者なんだ」
ハリスさんとサラさんは驚いて目を丸くした。そう、あのハイオーガは倒せる。ヒルデさんみたいに簡単には倒せないとは思うけれど、倒せないということはない。
「私たちもハイオーガを倒しましょう」
「それしかないか」
「覚悟を決めないとな」
このままここにいたんじゃ、状況は好転しない。
「申し訳ないけど、私たちは下がるわ」
「ハイオーガと戦える力はない」
「あとは頼んだぞ」
隣にいた冒険者たちは後ろに下がることを決めた。無理に戦って大けがを負うよりはいいと思う、私たちは頷いた。
「私たちはハイオーガを目指しましょう」
「なら、その間にいるオーガはとりあえずは放置だな」
「私は一直線にハイオーガとの距離を詰める」
「じゃあ、魔法の壁を解きますので、すぐに動いてください。三、二、一……」
パッと魔法の壁を消すと、それぞれが動き出す。隣にいた冒険者たちは後ろへと下がり、残った私たちはハイオーガを目指して駆け出した。私は身体強化をしてハイオーガを目指す。
オーガとハイオーガはこの機を逃すまいと、魔法を連射してきた。火の魔法と土の魔法の乱れうちが冒険者を襲う。その中を進むのはとても怖いが、そうでもしなきゃ距離は縮まらない。
オーガがいる場所を越え、後方にいるハイオーガを目指す。するとハイオーガがこちらの存在に気づき、手をかざしてきた。いくつかの尖った石を生成すると、それを放ってくる。
一直線に飛んでくる魔法の軌道は読みやすい。飛んでくる尖った石を避けつつハイオーガとの距離を詰めた。すると、ハイオーガは武器の剣を片手に襲い掛かってくる。
素早い身のこなしで剣を振るってきた。その剣裁きは乱暴で複雑な動きをしている。その攻撃を剣で受け流し、避け、攻撃するチャンスを伺う。
その時、弓矢が飛んできてハイオーガの顔面でつけていた袋が破裂した。破裂した中から出てきたのはトリモチ、ハイオーガの顔面がトリモチで埋め尽くされた。
「ガァッ!? グギャァッ!」
目の前が見えなくなったハイオーガは乱暴に剣を振った。視界が奪われた今がチャンス。私は高くジャンプをすると、宙がえりをしてハイオーガの背後に回る。そして、落ちる瞬間にハイオーガの首を切り落とした。
「よし、まずは一体!」
ハリスさんの援護のお陰でなんとか無傷でハイオーガを倒すことができた。だけど、これで止まるわけにはいかない。すぐに顔をあげて、次のハイオーガを探す。
すると五十メートル先に魔法を放っているハイオーガを見つけることができた。身体強化をしたまま猛ダッシュをして、距離を詰める。だが、すぐに気づかれてしまった。ハイオーガがこちらに向けて魔法を放ってくる。
真っすぐ飛んでくる尖った石を避けつつ、距離を詰めた。前に向けて伸ばしていた手に渾身の一撃を叩きこみ、腕を切り落とす。
「グギャァッ!」
一瞬で腕を切り落とされたハイオーガは怒りの形相で、ハンマーを振り下ろしてきた。それを後ろにジャンプして避ける。だが、ハイオーガはそれだけでは止まらない。ハンマーを乱暴に振ってきた。
掠っただけでも重傷になる一撃をなんとかかわす。どうやって、首を落とそうか……そう思っていると付与魔法つきの弓矢が飛んできた。威力のある弓矢はハンマーを持つ腕に大きな穴を開ける。その衝撃でハイオーガはハンマーを落とした。
今がチャンスだ。高くジャンプをして、ハイオーガの首を刎ねる。スパッと切れたハイオーガの頭は地面に転がり、そのハイオーガは絶命した。これで二体目だ。
次のハイオーガを探していると、見つけたハイオーガの首が何者かに刎ねられた光景を見た。他にも一緒に戦ってくれる人がいる。心強く思っていると、その人が倒れたハイオーガの向こう側に見えた、ヒルデさんだ。
「ヒルデさん!」
嬉しくなった私は駆けつけた。
「リルもハイオーガ狩りに加わったか、心強いぞ」
「怖くないんですか?」
「リルが近くにいてくれると落ち着いてくれる。一人で戦っている訳じゃない、ということを知っているのが大きいと思う」
私がいるお陰でスタンピードの恐怖を乗り越えたということ? 以前は一人で戦って負傷したから、誰かが一緒に戦うことで孤独の恐怖が消えたのかもしれない。ヒルデさんの恐怖がなくなるんなら、傍で戦うのもいいかも。
「思う通りに体が動くんだ。不思議だな、誰かと一緒に戦うことがこんなにも力をくれるなんてな」
「そうですよ、一人で戦うよりも誰かと一緒に戦うと凄い力が発揮できるんです」
「一人で戦っていた時とは大違いだ。初めからこうすれば良かったんだな」
良かった、一緒に戦うことで恐怖が消えたんだ。もう怯えたヒルデさんはいない、ここにいるのは前向きにスタンピードに立ち向かう冒険者だ。
「よし、私たちはハイオーガを討伐していくぞ。そうすれば、ハイオーガと戦えない冒険者は普通のオーガと存分に戦うことができるだろう」
「はい。他の人もハイオーガと戦っているみたいですし、なんとか討伐できそうですね」
手ごわいハイオーガを倒していけば、力の足りない冒険者はオーガとの戦いに集中できる。今はできることをしよう、そう思った時。
「グギャーーッ!」
ひときわ大きな雄たけびが聞こえて、その方向を見た。すると、そこにいたのはあの時みた四本腕の特殊なオーガだった。




