288.スタンピード(11)
第四波のワイバーン戦は戦線を崩されながらも、なんとか凌ぐことができた。Bランクの魔物ということもあり、実力のない冒険者たちは苦戦を強いられたところもある。
ここにきて大けがを負う冒険者が増え、戦意がなくなった冒険者たちは一度後方に下がることになってしまった。それでも、多くの冒険者が戦線に留まり戦う意志を見せている。
だけど、そんな意志を砕くように第五波がやってきた。Bランクのオーガの群れだ。無数にいるオーガがこちらに向かってくる光景は恐怖で、冒険者の心を折りにきていた。
無数のオーガと戦うことになる現実に表情が暗くなる冒険者がいる。そんな中、ヒルデさんは少し笑っていた。
「この恐怖……懐かしいな」
「ヒルデさんも怖いですか?」
「もちろんだ。以前もあんな無数の魔物と戦ったんだからな。あの頃は怖いものなんてないと、一人で突貫していた」
今のヒルデさんからは想像できない戦い方だ。無数の魔物に一人で突貫するほど無謀者には見えない。いや、ワイバーンと戦っていた時は一人で突貫していたようにもみえる。
「もう一人で突貫したらダメですよ。ワイバーンの時は焦ったんですからね」
「はははっ、すまないな。恐怖でいてもたってもいられなくなったんだ。心配するならリルも来て良かったんだぞ」
「流石にあんな無謀なことはできませんよ。ヒルデさんがスタンピードが怖くて戦うのを躊躇したのが、嘘のように思えます」
「いやいや、嘘じゃない。今も隣にリルがいてくれるから、立っていられるんだ」
「本当ですかー?」
信じられなくてジトーッとヒルデさんを見る。すると、困ったように笑って頭をかいた。すると、ハリスさんとサラさんが話に入ってくる。
「リルのいう通り、ヒルデがスタンピードに怯えていたなんて想像がつかないな」
「私もそう思う。一人であんなに倒したんだ、むしろ喜んで戦っていたように見える」
「なんだ、リルのパーティーメンバーも信じてくれないとはな」
ヒルデさんは肩をすくめてちょっと呆れ気味だ。
「ちょっと、あなたたち。あのオーガたちを見て、なんで普通に話していられるの?」
その時、隣で戦っていた魔法使いが話しかけてきた。振り向くと、隣で戦っていた冒険者たちは無数のオーガを見て顔色を悪くしている。状況は悪いのに、普通に話している光景が異常に見えたらしい。
その冒険者にヒルデさんが話しかける。
「普通の話をして恐怖を紛らわしているんだ」
「そんな風には見えないが……」
「ほら、よく見てみろ。私の手が震えているだろう? 怖い証拠だ」
「でも、あんた……ワイバーンの背を移動しながら戦っていたよな。今更、怖いとかあるのか?」
ヒルデさんの言葉はその冒険者たちには届かなかった。まぁ、あれだけ大暴れすればそう思うのも仕方がないか。一体この人は何者なんだ、そんな目でヒルデさんは見られていた。
「あんなにオーガがいたら、正気を保てないわ。今だって、この状況をどうやって乗り越えようかと考えているんだから」
「オーガの倒し方で困っているのか? オーガは軽傷なら自己再生で回復してしまうのが厄介だが、一撃で仕留めれば厄介ごともないぞ」
「それができたら苦労はしない」
「あんな無数のオーガと戦うことになるなんて……」
隣の冒険者たちは絶望していた。Cランクまではなんとかなったが、Bランクになると戦いは厳しくなってきたのだろう。どうやって生き残ろうか考えているようだった。
「なら安心しろ。お前たちの前に私が立ちはだかってやる。その数が減るとお前たちも安心して戦えるだろう?」
「でも、大丈夫なんですか? その……まだ怖いと思っているのに、前に出てしまって」
「怖いのは変わりないが、何もしていないほうがもっと怖い。それに、隣でリルたちが戦ってくれているんだ、それだけで私の恐怖は和らいでくれるよ」
隣でヒルデさんがオーガの討伐をしてくれるなら安心だ。でも、心配なのは恐怖を感じているのに普段通りの力が出せるかどうかだ。そのことを心配するが、隣に私たちがいるだけでどうにかなるみたいだ。
「じゃあ、隣をお願いします。もし、怖くて動けなくなったら言ってください。助けに入ります」
「心強い言葉だ。リルがその場にいるだけで、私は戦えそうだ」
何かあった時は私が飛んでこよう。そう伝えるとヒルデさんはとても安心した表情を見せてくれた。そんな風に話している間にオーガの群れが目の前まで迫ってきた。
「じゃあ、リル。そっちは頼んだぞ」
「任せてください。助けて欲しい時はすぐに行きますから」
「頼もしいかぎりだ」
隣をヒルデさんに任せ、私は迫ってくるオーガに向けて剣を抜いた。第五波の戦いが始まろうとしている。
◇
真っすぐに弓矢が飛んでいく。弓矢はオーガの顔面に向かって破裂した。すると、トリモチがオーガの顔面に広がってくっ付く。
「グッ、ガァッ!」
視界を奪われたオーガがトリモチを外そうとするが、ねばついて離れない。それどころか、手がくっ付いてしまった。その状態になったオーガは無防備だ。
身体強化を使った体でオーガとの距離を縮め、首を剣で刎ね飛ばした。無防備だったオーガは抵抗できずに一瞬で絶命した。
「ガァァッ!!」
そこへ、隣にいたオーガが鈍器を振るってきた。それを間一髪避けると、攻撃を仕掛ける。剣を振るうが、それは鈍器で受け止められた。つばぜり合いをしていると、目の前を弓矢が通過した。
付与魔法がついた弓矢はオーガの頭に突き刺さり、突破した。頭をやられたオーガはその場に崩れ去る。流石はハリスさんだ、よく見ている。
すぐに違う敵に標的を定めて立ち向かっていく。オーガは無数にいるが、確実に倒していけば終わりは見えてくる。その時が来ることを願い、剣は止まらない。
サラさんも休むことなくオーガと戦っている。ハリスさんの援護を受けて、オーガの首を切り飛ばしていた。私とサラさんが前で戦い、ハリスさんが後方から援護する。この戦い方でなんとか戦線を維持できていた。
一方、ヒルデさんはというと。
「ガァッ」
「グアッ」
一度に二体ものオーガの首を刎ねていた。恐怖を感じていたヒルデさんはどこにいったのか聞きたくなるほどの活躍。普通なら複数人で維持できる戦線をほとんど一人で維持していた。
片足は棒になっているので、激しい動きはできない。それでも、ヒルデさんの見事な剣捌きで次々とオーガを討伐していった。
「ヒルデさん、大丈夫ですか!?」
「今のところは大丈夫だ。隣でリルが戦ってくれているから心強いからだな」
「そう言われると嬉しいです。ヒルデさんが怖くなくなるように、もっと頑張ります!」
時々ヒルデさんに声をかけていた。怖くて動けなくなることがないように、細心の注意を払った。そのお陰なのか、恐怖を感じていながらもヒルデさんは自分の力を発揮していた。
流石Aランクの冒険者だ、他の冒険者に比べられないほどに強い。ヒルデさんに向かっていくオーガは次々と倒されていき、ヒルデさんの周りにはオーガの死体が高く積まれていった。
このまま順調にオーガを倒せれば、そう思っていた時だ。
「リル、見ろ! ハイオーガだ!」
サラさんの声にハッとしてそっちを向いた。そこには普通のオーガよりも高い背をしたハイオーガがいる。とうとう、特別な個体が出た。とうとう出てきた特別な個体に気合を入れ直した。




