287.スタンピード(10)
襲い掛かってきたワイバーンを一撃で倒してくれたのは、駆けつけてくれたヒルデさんだった。思いもよらない人物の登場に私はいてもたってもいられず、駆けつける。
「来てくれたんですね!」
「あれだけのことを言われたんだ、こもってなんかいられなかったさ。ちょっと遅くなったが、力になりにきた」
「立ち直ってくれたみたいで、嬉しいです」
「ふっ、そうでもないさ。ほら見ろ、手がちょっと震えているだろう? まだ怖いと思っている、情けない奴さ」
見せてきた手は微かに震えていた。まだスタンピードに恐怖を感じているみたいだが、そんな状態でも飛行してきたワイバーンを一撃で倒すことができている。恐怖を感じていてもこの強さは驚異的だ。
「情けなくないです。怖くたって、ワイバーンを一撃で倒せたじゃないですか。しっかりと戦える証拠です」
「リルに言われると、そう思えるようになるから不思議だな」
表情だって少し笑っていられている。だから、ヒルデさんはもう大丈夫だと思う。
「リル、この人は?」
「見ない人だな」
その時、ハリスさんとサラさんが近寄ってきた。そういえば、紹介をしていなかったね。
「この人はヒルデさん。前に話していた、私を鍛えてくれた人だよ」
「そうなのか。はじめまして、今リルと組ませてもらっているハリスという」
「私はサラだ。いつもリルには世話になっている」
「ヒルデだ」
三人は短い挨拶を交わして握手をした。
「さて、のんびり話している暇はないぞ。空には無数のワイバーンが飛び交っている」
「あぁ、そうなんだ。隣の冒険者が上手くワイバーンを倒せなくてな、ワイバーンが溜まる一方なんだ」
「一体ずつ倒さなくてはならないから、時間もかかっている」
「どんな風に倒していたんだ?」
ヒルデさんの問いに私たちは今までの戦い方を話した。
「それは時間がかかるな。直接攻撃したほうがいいだろう」
「だが、それだとワイバーンの飛行の攻撃を受けなくてはいけない」
「あいつら、攻撃する時しか降りてこないからな」
「なら、やつらのところに私が行こう」
「ワイバーンのところにですか?」
そんなことどうやってやるんだ? そう思っていると、ヒルデさんは空を見上げた。次の瞬間、物凄い勢いで空高くジャンプする。
「なっ!?」
「そんなバカな!」
そのことに二人はとても驚いた。きっと身体超化を使ったに違いない。空高くジャンプしたヒルデさんは、あろうことかワイバーンの背に降り立った。
「ワイバーンの背に下りたぞ」
「一体何を……あぁっ!」
ワイバーンの背に降り立ったヒルデさんがしたこと……それは無防備なワイバーンの頭を切り落とすことだった。そして、切り落とすと同時にジャンプして、また違うワイバーンの背に降り立った。
「ワイバーンの頭を切り落としながら移動している?」
「そんなことが……信じられない」
「でも、実際に起きています」
常人にはできないことをヒルデさんはやっている。ワイバーンは頭を切り落とされ、次々と墜落して地面に叩きつけられている。ヒルデさんのやり方はとても早くワイバーンを処理していた。
ワイバーン一体を倒すのにかかる時間は一分くらいじゃないだろうか? そんな早業で次々とワイバーンを倒しているから、一部だけ空にぽっかりと穴が空いているみたいになった。
「リルはできそうか?」
「……やろうと思えば、やれるかもしれません」
「あれをやれと言われて、できてしまえばリルは超人だな」
積極的にやろうとは思わないけれど、やろうと思えばできそうだ。身体超化を使ってあの位置までジャンプし、頭を切り落としてまた次にジャンプをする。頭では理解しているのに、体が動くかどうか心配だ。
「とにかく、あのヒルデさんが来たからこの辺のワイバーンは数が少なくなります。戦いやすくなるでしょう」
「そうだな、このチャンスをみすみす逃すわけにもいかない」
「俺たちもワイバーンを仕留めていくぞ」
大量のワイバーンの処理はヒルデさんに任せて、私たちは自分たちでできることをやっていこう。戦う準備をしようとした時、ワイバーンが近づく気配がした。
「ギャァァッ!」
「双頭のワイバーンだ!」
ワイバーンの特別な個体が現れた。二つの頭を持ち、火を吹く力を手に入れたワイバーンだ。そのワイバーンは私たちに向かって火を放ってきた。
「任せてください!」
私は二人の前に出ると、魔法の壁を作り出した。魔法の壁は吹いてきた火から私たちを守ってくれる。
「そのまま防いでいてくれ!」
ハリスさんが弓を番えて、魔法の壁から出るように横に飛んで弓矢を射る。放たれた二本の弓矢はワイバーンの頭に向かい、爆発した。その瞬間、ワイバーンからの火が止まった。
「今だ!」
それを見計らったサラさんが剣を構えワイバーンに切りかかる。正面から剣で切りつけると、ワイバーンの体は切り裂かれる。
「ギャァァッ!」
体を切り裂かれたワイバーンは堪らずに空へと逃げていくが、見逃さない。すぐに魔法の壁を外し、ワイバーンの翼に向かって氷魔法を唱えた。
「凍れ!」
バサバサと動いていた翼が氷に覆われ、ワイバーンは飛べなくなり地上へと落ちる。そこへサラさんの剣の一撃で片方の頭を切り落とされ、ハリスさんの付与魔法つきの弓矢で頭を打ち抜かれた。
二つの頭を失ったワイバーンは沈黙し動かなくなる。特別な個体、なんとか討伐完了だ。そう思っていた時、空からワイバーンが落ちてきた。それは双頭のワイバーンだった。
まさか、特別の個体である双頭のワイバーンも同じやり方でヒルデさんが倒したというの? 驚いて空を見上げてみると、ヒルデさんが他の双頭のワイバーンを倒しているところだった。
「凄い人だな。特別な個体だとしても、同じように討伐している」
「ワイバーンも双頭のワイバーンも同じ程度、ということなのか?」
「いや、そうじゃないと思いますが……」
ともかく、ヒルデさんは規格外だ。戦いを教わっていた時はヒルデさんの強さが良く分からなかったが、異常な現状をあんなに簡単に打破しているとその規格外さが良く分かる。
「リルもあんな風にワイバーンを討伐してきてもいいんだぞ」
「えっ……ちょっと怖いです」
「まぁ、そうだよな。普通はそうだと思うんだが」
スタンピードをあんなに怖がっていた面影はどこにもない。それはいいことなんだろうけど、それにしては変化しすぎじゃないかな?
「あの人がワイバーンを沢山討伐してくれるお陰でやりやすくなった。俺たちは俺たちのやり方で数を減らしていくぞ」
「そうだな。できないことを言っても仕方がない。できることをやろう」
「はい、今まで通りワイバーンを倒していきましょう」
私たちは気を取り直して、ワイバーンと向き合った。
「次の標的はあれだ」
「分かりました」
「いつでも来い。トドメは私が確実に刺してやる」
次の標的を定めると、私たちは再び討伐を開始した。




